高町なのは戦技指導官が前線に立っていたのは過去の話である。現在は選ばれたメンバーを鍛え抜く仕事が主で、外に駆り出されるのは有事の際が精々だった。
 捜索隊が結成されたのは、「事故」の翌日。先発隊によって大きな危険がないと判断されたため、比較的大規模に作られた──何せ、有能な指揮官・執務官はいつの時代だって希少なのだから──彼らは、交代で休憩を取りつつ、昼も夜も問わずフェイトを捜し続けた。
 だが、見つからず更に数日が過ぎ、現在に至っている。

 ティアナ・ランスターが執務官失踪事件を臨時に担当することになったのは、管理局がこれを「事故」という建前を「事件」に変更してからすぐのことだった。
 一時的に部下となった先週までの同輩を引き連れて、実況見分に向かう。
「そもそも、フェイ……テスタロッサ執務官はどういう案件であの鏡と出遭うことになったの?」
 確認がてら、現場付近まで到着した頃に聞く。ここでなら、机上よりも百倍、千倍も具体的な話が分かり易い。
 鬱蒼と茂った森。遠くには山脈。行方不明になるには絶好すぎるくらい絶好のスポットだ。
「テスタロッサ執務官は、未知のロストロギアを捜査している最中事故に巻き込まれた……という大まかな話は分かるわよね? そこを詳しく」
「分かりました──十日前、ミッド西方の街で妙な光を見たという通報があり、武装局員が駆けつけたところ、何もありませんでした。しかし高濃度の魔力残滓が認められましたので夜明けを待って再調査したところ、見たこともない魔力パターンであることが判明しましたので管理局はこれを未確認ロストロギアと認定、テスタロッサ執務官を捜査指揮官に任命し回収命令が出されていたのですが、その最中執務官が単独行動をしていた時に、例の鏡と遭遇したようです」
「なるほどね。ってことは、私たちも一人じゃ迂闊に動けないわ。何と言っても局一番の機動力があるあのテスタロッサ執務官だもの。この辺を通ったりする時に必ず二人以上で行動するように勧告する通達を管理局から出させて。それと、捜索隊にも」
「了解しました」
 丁度、映像で見た場所と同じ地点に到達した。着陸して、付近の様子を探る。当然というか、人の影はなかった。
「ここで起こった経緯をできるだけ詳しくちょうだい」
「はい。当初は二人で捜査していたようですが、ロストロギアらしき反応を発見、追跡を開始したようなのですが、相手が思いの他速かったらしく、執務官一人で負っていました。射撃の射程に入った頃、この近辺で戦闘、そのまま行方不明になりました」
 確かに、何となくだが十分有り得る話だ。機動六課の隊長陣は──いや、むしろ全員がまっすぐで、ひたむきだから、名前すら分からない古代遺物の危険性へ部下を安易に晒すようなことはないだろう。
「それにしても気になるわね。あの人がそう簡単に負けるはずが……」
 すると、『人を捜索する』際には見落とされていたものを見つけた。
「何これ?」
 あちこちに妙な傷跡がある。どう見ても、動物の縄張り示しとは思えない。鋭利な刃物か何かで表面を削った痕跡が、無作為に散らばっている。
「ちょっと来て。これ、何だか分かるかしら?」
「うーん……何でしょう。鑑識を連れてきます」
 そしてすぐに連れてこられた老練の鑑識は、首をかしげながらこれまた妙なことを呟いた。
「まさかなあ。だが、だとするとこれは一体……?」
 ティアに向きなった鑑識は言う。
「こいつは、魔力で付けられた跡じゃない。質量性の高い武器で作ったようなモンだ。しかもこうあっちこっちにあるなると……イタズラとは思えんな。傷は全て上から下に向かっている。範囲から考えて上空で何かあったんだろうが、こんなのをミッドで見るのは初めてだな」
 鑑識の意味深な発言に、思わずティアは聞き返す。
「ってことは、他の次元世界ならあったってことですか?」
「ああ。爺さんの若い頃は、まだ質量兵器があちこちで使われててな。『闇の書事件』で退任したグレアム提督の世界でも、七十年ほど前に何度か使われて相当の人数が死んだらしい」
 ティアは、闇の書事件のことを教科書でしか知らない。身近な事実といえば、隊長陣がそれで知り合ったことくらいだ。まだ学校にも行っていない頃のこととはいえ、それはティアの心に圧し掛かってきた。
「質量兵器……ですか」
「断定はできないし、単に『その性質が高い』可能性の方がよっぽど現実的だな。管理局のお膝元にそんなモンを持ち込もうなんて酔狂な輩はいくらなんでもいないだろう……恐らくな」
 質量兵器。純粋な魔力──特になのはやフェイトのバスターだ──を練って作られたような代物ではなく、大質量の物体をぶつける、極めて原始的なようで最も殺傷力の高い武力手段。それが断ち切られたからこその新暦であり、現代の幸福な社会に繋がっている。はずである。
 ティアは、それがどうした訳か脅かされ始めているのだと直感した。数ある次元世界のいくつかは、未だそういったものを持ち続けているし、或いはこれから配備しようとしている。
 質量性兵器。魔力のエネルギーを質量に変換することで物性的な攻撃力に変換する、即ちバスターを投げナイフやライフル弾にする技術で以って作られた武器群。座学でやった記憶は確かに残っているが、まさかそんなものが本気で目の前に現れてくるなんて、ティアは夢にさえも思っていなかった。
「まさか、『教科書の勉強』がこんなところで役に立つなんてね」
 実践投入の経験から、学校でやった勉強は、その殆どが机上の話、或いは上に登るための腰掛け、踏み台程度の意味しかないということを嫌というほど身体で学んできた。確かに学校でやることはそれはそれで重要なのかもしれないが、結局それは社会に出てからの土台にしかならない──困ったことに、それを知るのは社会に出た後になってから『土台』があることに安心するか、或いはないことに愕然とした時だけなのだが──。
「これはユーノ司書長に聞いてみないといけないわね、質量兵器そのものの資料はとっくに無限書庫に押し込められて誇りを被ってるはずだし」
 バリアジャケットの切れ端が発見されたのを除けば、他に見るべきものは現状特に見当たらなかった。謎の傷跡が最重要案件と認識したティアは、一刻も早く無限書庫へと赴くべく、速度を上げて帰路を急いだ。

「──なるほどね、質量性デバイスの疑いか。そんな可能性があることすら思い浮かばなかったよ。ちょっと調べてみよう」
「お願いします、ユーノ司書長」
 ティアが退室した後、ユーノは誰にともなく独り言を漏らす。
「この十年でこの書庫も大分検索しやすくなったからなぁ……ま、その十年で入ってきた資料も尋常な数じゃないんだけど」
 無限書庫の整理に着手した頃は、自分の世界にあった全ての本を、ページをバラバラにして山積にしたようなくらいの異常な乱雑さだった。そのままでは役に立たないどころか、無駄にスペースを使うだけのお荷物と化してしまっていた。
 だから、最初にやったことといえば、どの次元世界にあった書物なのかをはっきりさせることだった。その次に自然科学、社会科学、人文科学、魔道書、言語書、手記、芸術書……と分類していく。科学と魔法が共栄している次元世界の本を分類するのには、複雑性が高くそれだけで一年以上かかったりもした。
 まったく、自分が入局する前にはどんな検索法を使っていたのか、さっぱり分からない。
 その上、時々『異常な』本に出遭うこともある。毒電波を撒き散らしているだけのオカルト本なぞというのは初歩の初歩、下の下。
 時空管理局が把握できているどの世界の言語でもない何かによって書かれているもの、ジュエルシードや闇の書レベルのロストロギアを製造したり応用したりする方法論の書かれたもの。
 そして本そのものが次元世界となっているもの──これが最も性質が悪い。小説とは違い、本を開けば「本物の」世界がある。但し、内部がどんな構造になっているか、とてもではないが知ることはできないし、そこに入り込んで出られる保証もない。物理法則だって、もしかしたら違うかもしれない。
 そして、本の中に広がっている次元世界が作者の手を離れて独自の進化を遂げたとなれば、それはもう最悪の事態だ。入れ子のように、中の世界で『次元世界を内包した本』があったら、恐らくどこまでも深く迷い込んでしまって二度と出られないだろう。
 そういった危険な本の整理はまともに進まず、結局無限書庫の一般職員だけでは、現在議論の的になっている質量性兵器や、ましてその性質を調べるのは、並大抵のことではない──が、スクライアー族の豊富な検索能力を最大限に生かすとなれば、話は別になってくる。
 数年前から積極的に登用を試み、スカウトしたりして、数人の職員を獲得することに成功した。彼らの力を併せれば、お茶の子さいさいとまでは言わずとも、天文学的な時間を掛けずに済む。
「それに、その為に予算はある」とは、クロノの弁。有り余る無限書庫を整理整頓し有事の検索能力を向上させるために、専門の技術者を雇用するように働きかけがなされている。
 現在では、資料調査の依頼から提出までの時間が指数関数的な減少傾向にある。いずれ、そうユーノが退職するまでには、資料の増加速度が整理能力に追いつくだろう。
「で、質量兵器の資料と、魔力デバイスに物理的攻撃力を付加する技術、か。一週間で終るといいけど……」
 レイジングハートやバルディッシュといったミッド式のデバイスでは、当然ながら広範囲の攻撃が中心となり、必然的に魔力に頼ることになる。質量の大きいものを持ち歩くのは、常識的に考えてそんなに得な手段ではないからだ。一方魔力なら身体の中に負荷なく溜め込める。
 そしてこれらデバイスから発動される魔法射撃の類は、制御が稚拙な者から出された場合質量性を帯びる、即ちバリアジャケットの破損、それに伴う怪我、近隣への被害、最悪の場合死亡という可能性がある。しかし通常これらは「下手」だからこそ成せる業であり、ティアから聞いた話と合致しない。巧者ならばそれなりの扱いようというものがある。
「ベルカ式への切り替え、それが一番効率的だ」
 しかしこれでも『あちこちに傷跡があった』ということへの説明がつかない。近接戦闘中心のベルカ式では、広範に及ぶ攻撃を繰り出すことが原理的にほぼできない。
 カートリッジ式は魔力の瞬間的な放出がメインであって、攻撃範囲を拡大するものではない。
「どっちでもない、それが今回の事件で一番不思議なこと、か。これは相当時間がかかるだろうな」
 十日で終るといいが……と、ユーノは遠い目で空を見上げた。もちろん書庫に強い光は差さない。あるのは遥か高くで申し訳程度にぽっかりと空いている天窓だけだ。
「みんな、集まって。今、執務官失踪事件に関して資料請求があった。案件は、『質量性デバイス』──」


次へ   戻る
←面白かったらポチッとお願いします♪
小説ページへ

inserted by FC2 system