失踪事件から早いもので二週間が経過した。だが、未だフェイトは発見されていなかった。
「でも、あの鏡、『オールドミラー』については大分分かってきたんだよね? ありがとう、ユーノ君」
「いいや。みんなの協力もあったからね。じゃあ、これから説明させてもらうよ」
 週末、第九十七管理世界はハラオウン家。
 夕食後、なのは、ティア、ユーノ、アコース、ハラオウン家の皆。それに通信からスバル以外の全員。彼女はまたもや当直らしく、報告会議には出られなかった。
「ま、実は微妙に越権行為があるんだけどね。でも、これから話すことはフェイトを知る全ての人間が共有していなければならない事実だから」
 前置きして、ユーノは説明を始めた。
「まず、執務官失踪事件に先立って、先日発見され、正式にロストロギアに指定された謎の物体、『オールドミラー』について説明させてもらうよ」
 パネルを操作して、モニターに件の鏡を映し出す。
「オールドミラーと呼ばれていたらしいあの鏡は、ミッドチルダの術式が現代のものになるずっと前、そもそもミッド式とベルカ式が分離し始める過渡期の頃に造られたらしい。輻射が丸見えになるほど魔力制御は稚拙だったし、自動運用されてもいなかった──そういう記述だけど、誰かに改良された疑いがある。失踪後二日目から捜索は続けられてるけど、みんなも知っての通りだ」
 一同に、静かすぎる沈黙が流れる。ユーノは咳払いを一つすると、モニターの画面を切り替えた。そこで、『鏡』の詳細な構造が表示されていく。
「次は、こっちの映像を見てほしい。これについては、後にクロノから補足の説明がある」
 第二のモニターに映し出されたのは、遠い昔の出来事だった。八ミリフィルムで撮ったようなカタカタの白黒映像で、音声もなかったが、内容はハッキリと分かる。
 一人の男が『鏡』と対峙していた。杖は現在のような機械的にデザインされたデバイスなどはなく、むしろ金属と木材を組み合わせた細工物のように見える。そして実際、二者がコミュニケーションを取って連動している様子はなく、完全に術者の道具として使われていた。
 彼が杖に魔力を集中させ、バスター──現代では考えられないほど巨大な代物──を発射させると、『鏡』にぶつかり、
 そしてそのまま反射してきた。
「あっ!」
 キャロが叫び声を上げる暇もなく、魔力の塊といえるほど大きなバスターが、発射した本人に帰ってきて直撃し、大爆発を起こした。
「昔の魔道師は、力を保つために純血交配を繰り返してきた歴史がある。なのはは非魔法世界の出身でAAA+クラスだが、それは古代に於いて『平凡』な出来らしい。今でも、管理局に知られていないだけで、このレベルの手合いはいくらでもいるだろう──この次元世界全てを把握してる訳でもないしな。
 さて本題だが、『オールドミラー』は自分に飛び込んできた魔力を丸ごと反射する能力がある。あれだけ強大なバスターを放っても、だ。今の技術では到底不可能な職人技で、アルハザードの遺物だという説を唱える者もいる……が、これ以上の詳細は不明だ。無限書庫の情報をもってしても、起源がよく分かっていない。恐らく、危険すぎて歴史から抹消されたのだろう。再び歴史に出てきたのは、つい先日だ」
 アルハザードと聞いて、なのははぞくりと身体を震わせた。フェイトには今になって尚、現存しているかどうかも分からない廃都の影がつきまとっているなんて。
「さて、今のことを踏まえてこれを観て欲しい。ここからが本題だ」
 クロノが指示をして、ユーノがまた映像を切り替える。
 そこには、ありえないはずのものがあった。
「これは、例の?」
 はやてが聞くと、クロノは重々しく頷いた。
「そうだ。皆、これが真実だ」
 映し出されたモニターの中で、フェイトはバスターを発射していた。事件当日の夜、バルディッシュが送信してきた映像だ。
「え、まさか、これって……」と、ティアがうめく。
 他の全員が疑問に思っていたことが、ここに至って一瞬で氷解した。
 放ったはずのバスターが、まっすぐこちらへ向かってきたのだ──しかも、微妙に色を変えて。
「如何に機動に優れとっても、相手と『自分の』バスター、二連射されたら誰だって避け切れへん。立ち止まっての殴り合い、ベタ足インファイトに縺れ込んで、あれは予想予測の完全な範囲外や」
 しかも、とユーノは付け加える。
「バスターの色が短波長シフトしている。通常、バリアに弾かれたエネルギー波は非弾性散乱を起こして長波長シフトを起こすんだけど……これはいいよね?」
 エリオとキャロが微妙な顔で頷き、また首を傾げた。座学が得意なスバルがここにいないのが、かなり残念だ。ティアも何となく分かったような、分からないような顔をしている。
「要するに、バリアがエネルギーを吸収してる証拠が『色』という形で目に見えて現れるってこと。ところが今回は元の色どころか『エネルギーが追加された』方向に色が変わってる。何が、そして何種類が追加されたのかはよく分かっていない。だけど、もし単なるバインド以上の力があるのだとしたら、それはちょっとどころじゃなく厄介なことになる」
 そこで、ティアが言った。
「現場付近にあった妙な傷跡と、このフィルム。まだ詳しく調べていないから確かなことは言えないけれど、恐らく射撃がバリアに当たった時に、その『追加効果』として物理的な攻撃力を帯びてしまったんだと考えられるの
 証拠の写真を並べていくティアと、それらを固唾を呑んで見守るなのは。
「闇の書事件のように、元の名前が分からなくなるほどゴチャゴチャに改造されていたら、無限書庫の情報もひょっとするとそれほど有用とは限らなくなるわ」
 現場に立てないことがかくもこれほど苦しいものなのかと、なのはは唇を噛んだ。
 更に、クロノも言う。
「この戦闘シーンは当初、どこにも見当たらなかった。どこに問い合わせても、知らぬ存ぜぬだった。管理局の上層部が、どうやら隠していたらしい。フェイト捜索の重要なファクターになるにも関わらず、だ。最初に見せた白黒の方も、明らかに見つかりにくい場所に置いてあったそうだ。恐らく、武装派──質量兵器の復活配備を望んでいるメンバーの仕業だろう。今、裏づけの証拠を探しているが……まぁ、揉み消されるだろうな。アコース査察官にも頑張ってもらっているが、残念ながらこれ以上は機密保持の関係上話すことはできない」
 肝心なところで、とティアが不満そうな顔をした。
「申し訳ありません、僕から言えるのはもう少しだけ先になりそうです。何せ、この話が万が一でもどこからか誰かに漏れるかも知れませんから」
 はぁ、と溜息が漏れたところで、
「おい、八神、そこにいるか?」
 ゲンヤからの通信が入ってきた。
「はい、ここにいます。何か新しい情報が来はったんですか?」
 しかし、ゲンヤからの連絡はそんなものではなかった。
「あぁ……フェイトが見つかった」

 情報的に封鎖されていた一室に飛び込んできた思わぬ朗報に、なのはを初め全員が感嘆の声を上げた。
 アルフなど、今までの説明では訳が分からずぽかんとしてるだけだったのが、急に生き生きとして雄叫びを上げていた。無理もない、唯一無二の主人が生きていたと分かって、誰よりも喜ぶのはアルフ以外の何者でもない。
「ホントに、ホントですか、ナカジマ三佐?」
 興奮した声でなのはは聞くが、ゲンヤはそれほど嬉しくなさそうな声で応えた。
「慌てるな、慌てるな。お前らが思ってるほど、事はそうトントン拍子に進んじゃいねぇ」
 苦虫を噛み潰したような顔で、彼は言った。大事なことを先延ばしするように、状況を説明する。
「場所は、無人世界。ミッド中探しても発見できなかったらしくてな、有人世界の支部に片っ端から捜索願を出して、中央の連中は無人世界を当たってたんだが──見つかったには見つかったんだが、発見当初から昏睡状態だ。医療班が全力振り絞ってるが、いつ目覚めるかまでは……最悪、そのままってことも」
「え? ……そんなっ!」
 一瞬の喜びから突き落とされたなのはは、悲痛な叫び声を上げた。親友が見つかったというのに、何もできないまま時間だけが過ぎて行くなんて、そんな惨いことがあっていいはずがない。
 だが、ゲンヤは怒鳴り返した。なのはにも負けないほど辛さを露にした声で。
「バッキャロー、俺は事実以上にコトを歪曲していねぇ。お前も上官としての自覚があるなら、目の前にある現実を見据えるところから始めやがれ!」
 なのはは涙目になって俯いた。それを見たゲンヤは慌てて謝る。
「悪い、俺も言い過ぎた。だがな、そこにいる全員は知っておかなくちゃいけねぇ。受け止めておかにゃあならん。フェイトは生きている。だが峠はこれからだ」
 もう何度目のことだろうか、全員が押し黙る。たっぷり三分も経ってから、ゲンヤが再び口を開いた。
「さて、伝えたいことはそれだけだ。また何かあったら連絡する」
 だが、ゲンヤが通信を切った後も、誰も何も話せず、またピクリとも動かなかった。
 時が、止まったかのようだった。

「さて、会議自体はこれで終りやけど、みんな、何か質問とかある?」
 はやてが聞くと、エリオがおずおずと切り出した。
「さっきの『鏡』──オールドミラーは、フェイトさんに何かをしたってことは、やっぱり目的があったんですよね。相手は、その、一体何を思ってそんなことをしたんでしょうか?」
「それは難しい質問やね」
 まず、相手が正確に誰なのかがきちんと判別できていない。それに、『鏡』に付加された能力も、現状一つしかはっきりと分かっているものがない。第一、管理局を敵に回すことでいいことがあるかといえば、ほぼ絶対にノーだ。もしそうでない何かがあるとすれば……
「反体制、政府転覆。これが今のところ考えられる敵方の目的で、一番有り得るものや。政治的な思惑があっちこっちで渦巻いてて、それがスカリエッティの一件で少しずつ明るみに出つつある。フィルムの隠匿がその証拠──そしてその中で、今回事件を起こしたのが武装派と目されている。今日までのことで、状況証拠を総合したことから言えるのはここまでやね」
 但し、と続けるはやて。
「直接的なことやない、推論に推論を重ねたおぼろげな議論でもかまへん、って言うんやったら、もうちょっと先に展開が待ってるで。どこまでが本当でどこからが嘘なのかは自分で判断せんとあかん。これから私が喋ることは一切合財に責任を持たへん──それでもええんやったら」
「構いません!」
 警告を、エリオは遮る。
「フェイトさんは僕、いや皆にとって大切な人のはずです。どんなに小さなことでも、どんなに曖昧でも、藁を掴むような話でも……聞きたいんです、全部」
 悲しみを堪え、しかし強い意志を秘めた瞳で、エリオは頭を下げる。
 同じように、キャロも懇願した。
「私たちにとって、フェイトさんはお母さん同然なんです。聞ける話は全部聞かせて下さい、お願いします」
「分かった……ただ、何を聞いても鵜呑みにせんといてな。これだけは約束や」
 はやては全ての機器類を落とし、通信回路も限界まで絞って話を始めた。
 とても、とても長い話が始まった。


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