冬。
「あったかいねぇ〜」
「そうだねぇ」
こたつ。
「ミカンがあるとうれしいねぇ〜」
「さっき食べ尽くしちゃったね……」
週末。
「戸棚に入ってるけど……誰か取ってきてくれないかな、ユーノ君?」
「それはちょっと難しい相談だね、なのは」

特に誰といわずとも、三種の神器が揃ってしまえば、のんびりゆったりこたつむりと化す。
それが日本の素晴らしい伝統であるということを、高町なのはは恋人のユーノ・スクライアと共に身体で感じていた。
「あ」
そういえば、となのはは思い出す。
「どうしたの?」
「今日、アリサちゃんたちが来ることになってたんだ」
「……そういえば」

久々に予定が合って、ミッドへの出向生活から休暇を取って戻ってきた海鳴。
ユーノもお邪魔して、徹底的にまったりと高町家で過ごしていた。
そしてその二日目、久方ぶりに友人であるアリサやすずかと一緒に遊ぶことになっていたのだった。
「フェイトちゃんもはやてちゃんも、もう向かってるだろうね」
時刻は既に十時前。
ハト時計がきっかり鳴き始めた瞬間、アリサがやって来るだろう。
「早くシャワー、浴びてこないと。ユーノ君も一緒に行く?」
安寧の地を出でて、なのはは下着を取りにクローゼットへ向かう。
後ろでは、ユーノもこたつのスイッチを切って立ち上がる気配がした。
再び聖地に帰るのは、夜になるだろう。

階段を一つ降りる度に、ルンルン気分が高まっていく。
「どこに行こうかな、こっちは今どんな映画やってるんだろ?」
まったくのノー・プラン。
何もいらない。ただ、皆で集まって騒ぎたいだけ。
久しぶりに集まった仲間。
アリサがベルを鳴らす前に、急いでシャワーを浴びよう。

***

ユーノは思う。
「いっしょにお風呂はいろ」というなのはの言葉。
いつもならそんなことは断固拒否――だった。
今は違う。一分一秒でも、なのはの傍にいたい。
そんな想いが、苦しいくらいに甘く心を締め付けてくる。

お互いの気持ちを確かめあった日。
きっかけは些細なこと。
長く辛い書庫の仕事を一段落させ、なのはと夕食を共にした時。
理由は、誘った瞬間にはなかった。
けれど、気付いたら夜景の綺麗なレストランに誘っていた。

そして、なのはの横顔を見ていたら、
「好きだ」
思わず、言ってしまった。
「……え?」
入念な準備をして、むしろキザな台詞を吐こうとしたのではない。
その場の乗りと勢いで、つい言ってしまった訳でも、ない。
本当に、心の中で思っていたことが、何かの拍子に口から出てしまった。
そんな感じだった。
「僕は、なのはが好きだ。つ……付きあってくれないか」
なのはが好きだ――それだけだった。他にゴテゴテと言葉を継ぎ足したくない。

言った瞬間に、顔が熱くなるのが分かった。ドキドキと心臓が鼓動を刻んで、息が苦しくなる。
時間が何倍にも引き伸ばされるのを感じた。
一分か、一時間か。
答えを予想するには頭が沸騰しすぎていて、何も考えられなかった。

だから。

「……はい、喜んで。ありがとう、ユーノ君」
なのはが、応えてくれた。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
想いが、届いた。
「え、えと、その……」
『ありがとう』、その一言を飲み込むのに、しばらく茫然としていた。

その日からだ。
気まずく、恥ずかしいだけのひとときは、こそばゆくも大切な瞬間になったのは。
周りに何度小突かれただろうか、もう覚えていない。
クロノなど、顔を合わせる度に皮肉を言われた。
しかし、それが却って心地よかった。
誰も彼も口が笑っていたから、祝福していてくれているのが分かった。
「僕は、なのはを幸せにするよ」
力強く宣言した一言がまた、大いなる皮肉へと繋がっていったのは、また別のお話。

***

なのはは思う。
「あの時、魔法に、ユーノ君に出会わなかったら……」
どうなっていたのだろう。
普通に小学校、中学校、高校と出て、大学にも行って、翠屋を継いでいたり……か。
魔法を目の当たりにして、PT事件や闇の書事件に関わって。
そして気付いたら、隣にはいつもユーノがいた。
単なる巻き込まれ、ではなかったと思う。
こうなる運命を待ち望んでいたから、神様が叶えてくれたんだと信じている。

傍にいるのが当たり前になってから、しばらく経ったある日。
管理局に外部の手伝いとしながらも、週に三度も四度も通いつめていた時。
ユーノに、食事へ誘われた。
「あの、ほら、ちょうど君も仕事が終ったみたいだし、僕も今の仕事が一段落ついたから、その……」
混乱したように歯切れの悪い言葉。
「その、今夜、一緒に食事でもどうかな、って」
時は二人を離れ離れにせず、いつものユーノであり続けてくれた。
「うん、いいよ」
それが嬉しくて、なのはは思い切り強く頷いた。

いつかは自分から言おう、想いの丈をぶつけよう。
そう何となく思っていたら、突然向こうから言われてしまった。
「好きだ」
ユーノから、告白された。
たった、それだけの言葉。でも、それだけに何よりも強く、なのはの心に響いた。

「ごめん」って言われたらどうしよう。
好きって気持ちが迷惑だったら、どうしよう。
自分の気持ちを伝えるのに、少し臆病になっていた。
友達のままでいてくれるならまだいい。
もし告白してしまったことで、お互いが話しづらくなってしまうのなら……
そんな不安が心を埋めていて、中々「一歩」が踏み出せなかった。

だから。
ユーノの言葉を受け取った時、たまらなく嬉しくなった。
同じ気持ちだったと知ったから。
「……はい、喜んで」
男の子がリードしてくれる、それは小さな夢だった。
「ありがとう、ユーノ君」
けれど、今叶った。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
一緒に、歩いていこう。
この手を、離さないでいよう。

***

「ユーノ君、背中流してあげるね」
高町家の風呂場は、一軒家だけにそれなりの広さがある。
「ありがとう、なのは」
だから、そこで二人が一緒にいることくらい、大したことではなかった。
「ユーノ君……大きくなったよね。初めて出会った時はわたしと同じくらいだったのに」
なのはが改まってまじまじと見る。
「僕も男だからね」
「にゃはは。いつの間に追い越されちゃったんだろうね」
「それだけ、僕らがずっと一緒にいた、ってことさ」

ユーノと運命の出会いを果たしてから、もう何年も経つ。
今はもう、お互いの望む道へと踏み出そうとしている。
けれど、それはどこかで絡まっているから、見失うことはないだろう。

温かいお湯をかけて、泡をキレイさっぱり洗い落とす。
「ありがとう、なのは。代りに僕もなのはの背中、流すよ」
「ええっ、いいよ、そんな……」
「いいから、いいから」
ユーノは立ち上がってなのはと入れ替わり、ボディソープを背中に広げていく。
「なのはの背中は、丸いね。僕とは大違いだ」
「わたしも、女の子だから」
はにかんだように笑いながら、なのはが言う。
「そういえば、こうやって二人でお風呂に入るの、久しぶりだよね」
「そうだね。昨日も、なんだかんだで一緒じゃなかったし」
昨夜は仕事帰りに軽く着替えをまとめてこっちに来ただけ。
休暇前日とあって、あちこちからよこされた仕事はいつもの倍はあった。
「今日からは、しばらくなのはと一緒にいられるね」
「……うん。ちょっとでも、離れていたくないよ、ユーノ君」
「僕もだよ、なのは」

なのはもユーノも、どちらともなくキスを交わした。
小鳥がついばむような、軽い軽いキス。
ふんわりとせっけんの匂いが漂ってきて、身体がぞくり、と反応する。
「これ以上はダメだよ? アリサちゃんたちがなんて言うか……」
銀色の架け橋を唇に作って、弱気に注意する。
「分かってる……分かってる」
大丈夫、大丈夫と、ユーノは鋼の精神を奮い立たせているようだった。
「──うん、もう大丈夫」
振り切るようにシャワーを全開にしてなのはに浴びせると、ユーノはさっさと湯船に飛び込んだ。
「さ、先に髪、洗ってていいよ」
なのははそれが何だかおかしくて、クスリと笑ってしまった。
ユーノがちょっとふくれっ面になって、それからお互いに忍び笑いを漏らした。

***

「で、説明してもらおうじゃないの」
十時を回ることたっぷり十分。
否、普通はたっぷりと言わないのだろうが、アリサにはたっぷりだった。
「二人揃って風呂に入った。そのせいで遅れた。それはまぁ、いいでしょう」
「ア、アリサちゃん……」
「すずかは黙ってて」
「はい」
一言で全てを封じると、アリサは詰問を始めた。
「でもねぇ、なんでそれで幸せそうなのよ!? 普通逆でしょ!」
「あのね、アリサちゃん、お昼はおごるから、ごめんねって……」
「あぁっ、もうっ、そうじゃない! もう遅刻なんてどうでもいいの!!」
アリサは、八つ当たりしたい気持ちだけが無性に心の中を暴れ回っていた。
だが、それを直接的に言うのも何だか気が引ける。
「大体アンタたちはねぇ、どうして四六時中いちゃいちゃいちゃいちゃベタベタベタベタ……」
「えっと、それは関係ないんじゃ……」
「大有りよ! じゃあそれは何よそれは?」
アリサの指差す先には、ユーノの腕──となのはの腕。
まるでツタか何かみたいに絡まっているようで、ナイフでもない限りは引き裂けないだろう。
「きぃーっ! なのは、ユーノ、アンタらにはもう限界までおごらせるからね! 覚悟しときなさい!!」
行くわよ、と肩をいからせて、のしのしと先頭に立ってアリサは歩き始めた。

「……あれはアリサちゃんじゃなくても怒るわな。フェイトちゃんは何とも思わないの?」
「私は、二人を祝福してるから。二人の幸せを見守るのが、私の幸せだよ」
「フェイトちゃんも大人やなー。『幸せ』っちゅうか、ただのバカップルにしか見えへんわ」
親友のすずかにも止められなかったアリサ。
フェイトとはやては、空気のごとくその場に突っ立って事態を見守るしかなかったのだった。


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