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「雨、降ってきちゃったっスね」
「そうだな……あるのはこの折りたたみ一つか」

買い物帰りのウェンディとノーヴェ。天気予報は大外れ、スーパーから出たらザーザー降りの雨だった。
家計一の、そうスバルをも超える大食いのギンガがいる以上、一回に買い出す食材の量は半端ではない。
二人で運ぶのがそもそも間違いである物量だった。
「あ、あたしが傘持つっスよ。あたしの荷物はちょっと軽いし、片手でなんとかなるっス」
「そうか? 悪いな、それじゃ頼む」
「はいっス」

二つのバッグを片手にまとめ、山と食材の入ったリュックを背負い直すと、ウェンディは傘を開いた。
気軽に持ち運べる反面、二人が入る空間は足りなすぎる。
「胸は濡れるっスね、やっぱり。流石に頭を守るだけで限界っスね」
「……ウェンディ、喧嘩売ってんのか」
たわわに実った二つのメロンに、雨は容赦無く降りつける。
一方ノーヴェは、この時ばかりは自分のスタイルを複雑に感じた。
「まぁいいじゃないっスか。チンク姉よりは大分大っきいっスよ?」
「それは慰めてるのかおちょくってんのかどっちだ!?」
怒鳴られたウェンディは縮こまって、すぐに顔を申し訳なさそうにした。
誰かが怒った顔を見るのは好きではないウェンディ。それに、ノーヴェは笑っている方が可愛いのだ。
「ごめんっス……」
「あ、いや、そんなに畏まることねーよ。もういいから」

雨はますますその足を強めた。ぴちぴちちゃぷちゃぷと、足元の水が跳ねる。
あれきり無言になってしまった二人だが、 もう互いにどうでもよくなってきた。
既に靴は水の侵入を許し、歩きづらいことこの上ない。
「そろそろ半分っスね」
「ああ、まだ半分だな」
普段は歩いてそれほどかかる距離ではないが、雨が行く手を阻む。
傘を差しながらだとますます遅くなる。
「ウェンディ、もっとこっちに傘寄越してくれよ。全然かかってないぞ」
「はいっス」
傘をノーヴェの方へとちょっと傾けた。
よく見ると、反対側の肩が結構濡れていた。
「冷たかったすか? ごめんなさいっス」
「いいよ、別に。ありがとな」
公園の側を通りかかると、すっかり土砂降りになってしまったというのに、子供たちが遊んでいた。
むしろ雨をも撥ね退けるパワーではしゃぎまわり、彼らの服は泥だらけだ。
ふと、ウェンディは足を止めた。一言も言わなかったからノーヴェだけ先に進んでしまい、ぷんぷんと怒りながら戻ってくる。
「おい、何やってんだよ。早く帰ろうって時に──」
「いや、楽しそうっスねえ、って。あれ」
「あ?」
ノーヴェは訳が分からず、ウェンディの指差す方向を見た。
学校に入ったか入らないかくらいの子供たちが、公園の広場を所狭しと駆け回っている。
一瞬でゲンナリしたノーヴェは、さっさと帰ろうとウェンディの腕を引いた。
「無邪気で、ホントに楽しそうっスね……」
「おいおい、混ぜてもらおうとか言い出すんじゃないだろうな」
「それはないっスよ。それじゃ行きましょう」
再びの家路に着きながら、ウェンディはずっと傘を傾け続けていた。

「ただいまー」
「ただいまっスー」
がらんとした部屋。オンシフトの面々は誰も帰ってきていないらしい。
頭と肩以外の全部が濡れてしまった。これは早く着替えないとカゼを引いてしまう──こんな身体でもだろうか?
先に飛んでいったノーヴェがタオルを持ってきてくれた。
だが、いざタオルを貰おうという時に、その手は止まってしまった。
首を傾げてノーヴェの顔を見ると、まるで未発見の生き物を見つけたみたいに震えていた。
「お前……その肩……」
「え? ああ、ノーヴェが濡れないようにって張り切ってたらつい自分のはお留守になってたみたいっス」
屈託なく笑ってみせるウェンディ。ノーヴェは呆れ顔になり、次に半信半疑な顔になった。
くるくると表情が変わる赤毛の女の子は見ていて面白かった。
やがて口を開いた時、ノーヴェの声は優しいものになっていた。
「あの時、あたしが『傘寄越せ』なんて言ったからだったのか。ごめん、ウェンディ」
「別にいいっスよ? あたしは別に、濡れるのとか気にしてないっスから」
ぼけっとしているノーヴェの手からバスタオルを受け取り、髪だけでも軽く水を拭き取る。
残りは、シャワーでも浴びてじっくりと身体を暖めるとしよう。
「先、風呂入ってろよ。その荷物はあたしが持って行って……なぁっ!?」
そう、顔色一つ変えずにスーパーからここまで運んでくるのは、ちょっと大変だったのだ。
多分、背中の荷物も合わせると、ウェンディの方が倍くらい重かったのではないだろうか。
「これ物凄く重いじゃねーか! なんであたしに少しは持たせなかった!?」
「あはは、それは雨が降ってるのにノーヴェに重いもの持たせられないかなーって思ったっスけど……」
言い終る前に、ノーヴェの顔が迫ってきた。ギロリと睨まれて、足が竦む。
金色の相貌が鋭く細められて──思い切りデコピンを喰らった。
「いったぁーっ!?」
「不平等にした罰だ。お前は他人のことばっかり考えてないで、自分もちゃんと労わってやれ」
「ノーヴェ……」
ぷいと横を向いたノーヴェ。「ありがとう」と小さくお礼を言って靴を脱ぎ、床が汚れないように足を拭く。
すると、後ろから腕が回ってきた。久しぶりに触れた人肌の温かさに、ウェンディは軽く身体を震わせた。
「ありがとうはこっちの台詞だ、バカ。お礼に背中でも流してやるよ」
「はは、それはありがたいっスね。それじゃ、洗いっこするっス!」
「そうだな、それもいいな」
雨に匂いがあると、ウェンディは初めて知った。
自分の汗と、ノーヴェの汗が溶け込んで、どこか懐かしい。
そう、泥だらけになってはしゃいでいた子供時代のような──そんな思い出を持たぬまま生まれてきたのに、不思議な話だ。
「ところで、ノーヴェ」
「なんだ?」
「その、凄く言い辛いっスけど……」
「なんだよ?」
クエスチョンマークを浮かべたノーヴェに、ウェンディは申し訳なさそうに呟く。
一応、素直な感想のつもりだ。
「胸、当たってないっスよ?」
「うるせー畜生!」
小突きあって、笑いあって、じゃれあって、二人は意味もなく玄関で遊んでいた。
やがてウェンディがくしゃみを一つしたのをきっかけに、揃って風呂場に行った。

途中でギンガが帰ってきて浴室で鉢合わせ、何を勘違いしたのか、
「若気の至りっていいわねえ、あはは、それじゃ、また、ごゆっくりー」と言いながら退散されたのだが、それはまた別の話。

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