「真琴」
「なによぅ、改まって藪から棒に」
俺は今、真琴の部屋にいる。
後ろに抱えているのは、小さな包み。店員に言って、無理に包装させたものだ。
ちらちらと目を泳がせて、挙動不審に振る舞う。
真琴もそれを変に思ったのか、疑問符を頭に浮かべたまま、こそこそと俺の背中を気にしているようだった。
「実はな、俺はどうしても今日、お前に伝えたいことがあるんだ」
にわかに、真琴の顔が明るくなった。と同時に表情に朱が差し、もじもじと膝を揺らし始めた。
期待と羞恥が入り交じった、複雑な赤面。
俺はこほんと一度咳払いをし、神妙な面持ちで言った。
「実はな」
「うん……」
「実は明日は、あゆの誕生日なんだ。よければ一緒に祝ってくれないか」
アッパーカットが炸裂した。脳内にスパークが炸裂し、上下の別が付かなくなって崩れ落ちる。
「バカ、バカバカ、ばかーっ!! アンタなんか死んじゃえ、べーっだ!!」
すっくと立ち上がった真琴は、そのまま部屋を出ていこうとした。
その足を何とか掴んで、引き止める。
まだひよこがピヨピヨ頭上を旋回していたが、真琴の下着が白だということだけは脳裏にしっかり焼き付けた。
「なによっ、このっ、アンタはあゆみたいなのがお似合いよ!!」
どうやら触れてはいけないラインを超えてしまったらしく、かなり本気で蹴り始める真琴。
が、俺にそんな趣味はない。
「冗談、冗談だ……」
何とか不屈の精神を発揮して立ち上がると、真琴に包みを渡した。
緑色の小さな、そう真琴くらいの拳が二つ入るくらいの小さなプレゼント。
真琴は爆発物にでも触れるかのように恐々と持っていたが、やがてその包装を破った。
「……なに、これ?」
ツーサイドアップを揺らして、真琴が二度目の疑問を口ずさむ。
でも、多分真琴だって分かっていたはずだ。
包みが温かいこと、ほんのりと香りがすること。
そう、その中身は──
「肉まん?」
ただの肉まんだと思ったら、大間違い。
ワンコインで買えるような代物なら、流石にこんな馬鹿げた祭りは打ち上げない。
というか、危うく血祭りになるところだった。
「どうだ……米沢牛に東南アジア直輸入のスパイス、入れてる野菜だってオーガニックの国産だ……っ、
それだけじゃない、真琴……その肉まんの頭、良く見てみろ」
今さらのように痛みと衝撃が脳髄に回ってきて、目の前が霞んできた。
フラフラと今にも昏倒してしまいそうな意識と戦って、俺は真琴の肩を叩いた。
「金箔だ。俺の友人に頼んで、全国の職人を結集させた」
佐祐理さんに後でしっかりお礼を言っておかないといけない。
彼女がいなかったら、こんなサプライズはありえなかったのだから。
そして、金箔は頭に散りばめられているだけではない。
くるりと肉まんをひっくり返した真琴は、ハッと息を飲んだ。
『HAPPY BIRTHDAY DEAR MAKOTO!』
呆然と立ち尽くす真琴。
俺はその顔を見ると満足を覚え、同時に霞んだ景色がブラックアウトしていった。
真琴が何かを言っていたような気もするが、もう分からない。
どさりと身体が地面に投げ出されて、力が入らなくなった。
だが、我が人生に一片の悔いなし。
──と言いたいところだったが、「愛してる」だけは言えなかったな。
残念だ……
***
真琴は温もりの残る肉まんと、目の前で気絶した男を交互に眺めながら、溜息を吐いた。
「バカじゃないのぉ……」
膝を突いて彼の顔をまじまじと見る。
このまま蹴り飛ばすのは、ちょっと申し訳なかった。
だから、
「ごめんなさい。あと、ありがと」
唇をちょっとだけ重ねると、彼の身体を起こして膝枕をしてやり、肉まんを食べ始めた。
冷めかけていたけれど、却ってそれが美味しかった。
一口、一口ごとに涙が出てきたけれど、どうしても止めることができなかった。
(了)