その日、八神家は険悪な雰囲気に包まれていた。
「お前が名前を書いておかないのが悪いんだろ!」
「自分のものかどうかも分からんのか?」
きっかけは些細なこと。
ヴィータがシグナムのアイスを食べてしまった、それだけのこと。
「一々覚えてねーよ。大体、いつまでも大事に取っておくなよ!」
「お前と違って食い意地が張らないからな」
子供なヴィータもヴィータだが、たかがワンコインで買えるアイスで怒るシグナムもシグナム。
議論は平行線を辿り、いつしか夕方になった。
「……まず、私はアイスの一つや二つで怒っている訳ではない。
お前が素直に非を認めないので怒っているのだ」
「あたしだって予防策が張ってありゃ食わなかったんだよ!!」
「はい、はい。そこまでや」
剣呑な二人をなだめすかしたのは、主たるはやて。
「そんなに喧嘩ばっかりしてると、おしおきするで?」
『おしおき?』と、ヴォルケンリッターの二人は口を揃えてきょとんとした。
「せや」、とはやてが言い、指を二人の背後に向けて差した。
その向こうでは、陽気に台所へ入っていくシャマルの姿があった。
「私はここからテコでも動かへん。それがおしおきや」
「はやてっ! あたしが悪かったんだ!! 頼むから許してくれ!!!」
「主はやて、悪いのは私です。何とぞ、何とぞ王の情けを……」
「断る」
頭を下げ、懇願するヴィータとシグナム。
はやてはしかし、どっかりと床に座り込んだ。
「お願いだよ、はやて……助けてくれよ……」
「先程の非礼、命を賭してでも詫びます。どうかどうか、シャマルに料理を作らせるのだけは……」
土下座をする二人を知らん振りで、腕を固く組んだまま、頑なにはやては座り続けた。
「っていうかあなたたち、随分失礼なことを言ってるわね……」
いつの間にか、エプロン姿のシャマルが二人の頭上でこめかみをピクピクさせていた。
「私の料理ではやてちゃんが言う『おしおき』になるなら、丁度いいわ。たっぷりフルコースで味わいなさい」
その後聞こえた悲鳴と慟哭は、ただ一人ザフィーラだけが同情した。
(了)