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「おつかれさまー、ユーノ君」
「お疲れ、なのは。どうしたの、こんな時間に?」
なのはが無限書庫をチラリとのぞくと、そこにはもう帰り支度をしていたユーノがいた。
今日はなのはも早めに引けて、ご飯でもどうかと誘いに来たのだった。
とはいえ、行き先は局の食堂である。あと一時間もすれば外に繰り出していたかもしれないが。
はやてもフェイトも忙しくて、かといって一人飯というのも寂しかったから、ユーノを誘いにここまで来た。
「なのは、よくそれだけで持つね。いつも新人以上に動き回ってるのに」
「うーん、何でだろうね。栄養の効率がいいからなのかな」
定食を注文したユーノに対し、なのははうどんだけ。
一本ずつちゅるちゅる啜っているなのはに、ユーノは聞く。
「実はダイエット?」
「ちっ違うよ! 確かに最近体重増え気味だけど……ごにょごにょ」
脂肪ではなく筋肉というのが救いといえば救いだが。
だがそれが教導官には必要なのだから仕方ない。要らないところの筋肉はそっくりユーノにあげたいくらいだった。
そのことを話すと、ユーノはクスリと笑った。
「胸を支えるのには筋肉が必要だって言うしね」

ビシッとチョップを決める。ツボに入ったのか、ユーノは頭を抱えて悶えていた。

「もう、乙女の悩みなんですからね!」
「ごめんごめん。でも、何ていうんだろうな……出るとこは出てるっていうか、凹んでるとこは凹んでるっていうか……
とにかく、なのははプロポーションいい方だと思うよ」
カラン。うどんを挟んでいた箸がポロリと落ちて、床に落ちた。
真っ赤に染まった顔を隠しながら、慌てて箸を拾って流しに置いてくる。
新しいのを持ってきて席に座っても、心臓のバクバクは収まってくれなかった。
「どうしたのさ、なのは。そんな慌てたりして」
「何でもない、何でもないの!」
さっきとは打って変わって猛烈なスピードでうどんを平らげ、ササッと片付けてしまった。
その間、ユーノはポカンと見られていたが、まだその方が気楽だった。
「プロポーションいいだなんて……恥ずかしいよぅ」
誰にも聞こえないように小さな声で呟くと、青年の方をチラリと見た。
それはもちろん、悪いといわれるよりは良いに決まってるが、ユーノに直接言われるのは全然別問題なのだ。
ああもうダメ、顔を見てたらもっと赤くなっちゃう──
「ゆ、ユーノ君! 肩揉みしたげるよ」
「どうしたの、突然? ……あぁでも、ちょっと凝ってるかもね。それじゃ、お願いしようかな」
ちょうど、ユーノも食べ終ったようで、腕を下ろして楽な格好になる。
なのははその肩に手を当てて、ゆっくりと手のひら全体で揺すった。
「お風呂に入るのと同じでね、暖めるだけでも気持ち良いんだよ」
「へぇ……あ、確かに軽くなってきたよ」
彼は気持ち良さそうに喉を鳴らしながら、首を回している。
なのはは微笑んで、首のツボを何箇所か押した。
「あ、そこそこ! うーん、キくねぇ」
「あははっ、ユーノ君それじゃオジサンみたいだよ」
実は、ツボの効能とかは知らない。兄や姉に言われるがままに指圧していたらいつの間にか覚えただけだ。
両親で仲睦まじく肩を揉みあっていた光景を思い出して、なのははまた顔を赤くした。
背骨の両側をギュッと押して、コリをほぐしていると、次第に顔だけではなくて全身が熱くなってきた。
「あ、あのね、ユーノ君」
「なに?」
「わ、わ、わたし……ううん、何でもない!」
振り返って自分を見上げたユーノに、ぶんぶんと首を振る。
その拍子にかなり強くツボを押してしまったらしく、ユーノは痛がって身を捩った。
「ごめんなさい! 大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ──それより、なのはも肩凝ってるんじゃない? お礼に僕も揉むよ」
思わぬ申し出に、なのははパッと手を離して目の前で何度も振った。
──だって、そんなことされたら、我慢できなくなっちゃうから。
「べ、別にいいよ! 疲れてるのはユーノ君の方だよ!?」
「そんな断言しなくても。ほら、恥ずかしがらないで座って」
優しいあの笑顔で、流れるままに座らされる。
改めて肩に触れられると、意味もなく嬌声が漏れ出た。
「大丈夫、なのは? 触っただけだったけど、痛かった?」
「痛くないよ、大丈夫……そのまま続けて……」
とはいえ、揉まれるのは少し痛いくらいで丁度いい。
なのはがやったように肩を揺すって、そして適当に首筋を押し始める。
「首には沢山ツボが集まってるから、適当に押してるだけでも気持ちいいところに当たるんだよ」
「へぇ、詳しいね、なのは」
「お兄ちゃんとかお姉ちゃんに鍛えられたからね」
よし、何とか普通の流れに持っていけた。
あとはごくごく普通のマッサージをするだけ……

「あ、ユーノ君、もうちょっと上」
「はい」
「あぁー行きすぎ」
「ここかな?」
「そこそこ! 気持ちいいー」
揉む方は把握していても、普段人を揉むのに慣れていない人は押し所が分からない。
指示して微妙に指先の位置を変えさせると、ユーノは段々理解し始めた。
「コリコリしてるところがあるね。これがツボ?」
「そうそう、優しくしてね……」
肩甲骨の内側へと親指が沈み込んでいくと、なのははふにゃりと蕩けた。
自分では絶対指圧できないポジションなだけに、気持ちよさもひとしお。
実は、親指を支えるために脇腹に手を当てているが、そこもちょっと良かったりする。
どうせなら胸も揉んで欲しいと一瞬考えたが、流石に諦めた。
「それにしてもなのは、凝ってるね。結構硬くなってるよ」
「ずっと刺激を与えちゃってるからねー……」
ふにゃふにゃ呆けた顔で受け答える。
頭しか見えてないからいいものの、これで横顔を見られたら今度こそ赤面爆発だ。
「これでいい、なのは?」
「いやー、もっとー」
気持ちよすぎて、ずっとこのままでいたい。
おねだりは大成功で、ユーノは「仕方ないなあ」と苦笑いしながら、また揉み始めてくれた。
この優しさに、今はちょっとだけ甘えていたい。
「なのは、いい匂いするね。新しい香水かな」
「えっ、今日は何もつけてないよ?」
「そうだよね、教導官だし……ってことは、これはなのはの匂い?」

ボンッ! なのはは爆発した。
誰かこのドキドキを何とかして……
ただでさえ、隣で息を吸う度にユーノの匂いが鼻をくすぐっておかしくなりそうだっていうのに、
この上自分の匂いまで嗅がれたら……
「やめてよぉ……」
「いいじゃない、減るもんでもないしさ? なのはの肩を揉むのって、思ったよりも役得なんだね」
「うぅ、ユーノ君のばかぁ……」
後ろにいるため、ぽかぽかと叩くこともできない。
代りに、ユーノに一言だけ言う。
「そこ、凄く強く押して。親の仇みたいに」
「え? わ、分かった」
グイッと強く背筋を押され、なのはは喘いだ。でも、これくらい強くてちょうどいい。
ドキドキした気持ちも、ユーノの匂いも、忘れられるから。
「も、もういいよ、ユーノ君。凄く、気持ちよかったよ」
ふざけて腕を振り払う真似をしたら、ユーノの身体に当たって彼がバランスを崩した。
悲鳴を上げる暇もなく、揃ってガタンと椅子から落ちる。
その様子を、何人かの局員が生暖かく見守っていた。
「きゃっ」
大きな音。絶妙のタイミングでユーノが下に入ってくれたから、衝撃は少なかった。
でも、思い切り体重をかけてしまったことには変わりない。
大丈夫かと問いかけたら、何とか大丈夫と返って来た。
「思ったより軽かったね、なのは」
「も、もぅ……バカぁ! バカ、バカ、バカ……」
服を払うユーノに、耳どころか喉まで真紅に染めて叫ぶ。
胸をぽこぽこ叩いたが、もちろん威力は全然ない。
「あはは、痛いよなのは」
「ユーノ君ってば、いじわるなんだから……」
マッサージは何だか中途半端に終ったけれど、なのははどこた満ち足りた気持ちで身体ごとユーノに拳を預けていた。
ユーノが盆を下げている間、ヘソの下辺りがきゅんきゅん疼いていた。
「ユーノ君……」
流石に何か変なことに気付いたのか、ユーノも顔を赤くして黙り込んだ。
そのまま、二人は食堂の出口で見つめあったまま固まってしまった。

***

「●REC、と」
一部始終を録画していた者がいた。具体的にはユーノがなのはを肩を揉み始めた辺りから。
思ったより早く仕事が終ったはやてである。リインにはジュースへ睡眠薬を仕込んでおいた。
死角を縫うように移動して、慎重にカメラだけをテーブルの上に出して撮影する。
周りの者はいないでもなかったが、誰も彼も面白がって止めに入らなかった。
「いやー、眼福やわー。あとはこれをその筋の人たちに売れば小遣いも稼げる、と」
盗撮技術は一流のはやてだったが、盗撮を見抜くことに関してはこれまた一流の執務官がいた。
ぽん、と肩口を叩かれて振り向いたはやてが見たのは、ニコニコ笑顔のフェイトだった。
「あ、フェイトちゃん……」
「お仕事ご苦労様、はやて。何だかなのはとユーノ、いい雰囲気だね」
「そ、そうやね……」
フェイトといえば『なのは×ユーノ応援隊』の急先鋒である。
もしどちらかが浮気すれば、それこそ「お話」が始まる大惨事に発展する。
「ところではやて、何をしてたのかな?」
「え、あ、いや……ちょう靴紐を直そうとな」
「その割には随分長い間しゃがんでたみたいだね?」
「あ、うん、その、両方解けちゃって、はい」
冷たい汗が一筋流れていく。フェイトは笑っているのに笑っていない。
肩を万力で締め上げられる気がした。
フェイトが指を中庭に向けている。はっきり言って夜間は誰もいない場所だ。
「そう。まぁどっちでもいいけど、取り敢えず表に出て『お話』しようか」
「いや、止めて、出来心やったんやって……助けてええええええええええええええええええええええぇぇぇ!!」

断末魔の叫びが食堂の片隅で響いたが、もじもじしたまま固まっている二人には無関係だった。
二人の隙間を抜けていった職員は、片端から全員砂糖を吐いて医務室に運ばれたという。


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