ブログ
「ごめんなのは、はやてから緊急の資料請求があって、『どうしても明日までに』って……

だから、今日は……その、帰れない」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

定時間際の時空管理局。
なのはの絶叫が三つ隣の部屋まで轟き、部屋の中にいたクロノ他局員一同は危うく失神しかけた。
「あのな、なのは。僕の要件を聞くどころか、ノロケ話に精を出すっていうのは流石に公私混同じゃないのか?」
「ご、ごめんなさい……」
やたらと露骨に溜め息を吐かれたのは、まったくもって嫌味ではない。
しゅんと小さくなっているなのはを、局員達は驚愕の眼差しで見つめていた。
「で、要件って何だったっけ?」
「おいおい、今度ウチの艦に乗り込む連中の基礎的訓練を頼みたいと言ったんだ。
君なら充分任せられる……時々旦那のことになるとどうしようもないみたいだけどな」
「ふぇぇ……」
割とハッキリ言われる。しかしぐうの音も出ない。
しょげていても仕方ないので、話を聞いて予定を確認する。
再来週以降は予定がみっちり詰まっているが、それ以前であればローテーションを回せそうだ。
「来週までなら大丈夫だよ。でも、人事部にお話しした方がいいかも。
一人くらいは新しく採らないと、このままじゃ管理局の人を全員教育することになっちゃうよ」
仕事だから仕方ない、と言い聞かせる。そうしなければ精神的に参ってしまう。
休みの予定が丸々潰れそうだ……でも、どうせユーノと一緒にいられないのなら、同じことだ。
ヴィヴィオには少し淋しい思いをさせてしまうだろうから、今度休暇を『取らされ』たら、どこかに出かけるとしよう。
「ふむ。ではレティ提督へ掛けあっておこう。いつも済まないな、なのは」
「それは言わない約束でしょう。わたし達──フェイトちゃんもはやてちゃんも、ユーノ君も……お互いに遠慮なんてしないって。
予定が決まったら連絡するから、ちょっと待っててね」
時代劇めいたセリフを交わして、二人は別れた。
クロノが出て行ったことを確認すると、なのはははやてに短いメールを出した。
「今日の夜、ちょっと付き合って」

***

本当は割り勘の予定だったが、はやてはなのはのただならぬ様子に多少残っていた良心が痛み、
気が済むまでおごることにした。仕事が押されるのは覚悟の上である。
「ユーノ君のばかあああああああああぁぁぁぁぁぁ……クロノ君のばかああああああああああああぁぁぁぁ……
はやてちゃんのひとでなしぃぃぃぃ……」
「ごめんなぁ、なのはちゃん、よしよし。もう一件行こか?」
「いくぅ……」
なのはは盛大に泣き上戸でワイングラスを空にした。
既にボトルで二本入れているが、今日はいくらでも入りそうな気配がする。
一方のはやても、日本酒で徳利五本は消費している。
酒を口にする度にはやてを罵ったが、本気で恨んでいる訳ではないのは、今までの付き合いから明らかだった。
これは仕事、どうしようもないことだってある。
しかしそのどうしようもないことが、今のなのはには一番大事なことだった。
ちなみに今晩のヴィヴィオは聖王教会にお泊りである。家庭内のことは一安心とのこと。
「ふぇぇぇん……ユーノくぅぅぅん!!」
「よしよし、大丈夫やからね」
こうなったなのはを止める手段は、誰も持ちあわせてはいない。
しかも、はやてはこの期に及んでまだ秘密を隠し持っていた。
「アカン、資料請求は今日だけやない、三日掛かりや……なのはちゃんにバレたら『お話』される……!」
そのことに思い当たってから、ジョッキに切り替えた手はまったく動かなかった。
かといって、今手元には切れるカードがない。
唸っていると、なのはは胸倉を掴みながらぐわんぐわん揺さぶってきた。
「ちょっとぉ、はやてちゃぁん、聞いてるのぉ?」
「だ、大丈夫やなのはちゃん……ちゃんと聞いとるから安心してぇな」
なだめすかしながら、これからの算段について考える。
要は、なのはとユーノがいちゃらぶして過ごせる時間を確保すればいいのだ。
となれば。
「せや! なのはちゃんの新人教導、私が手伝ったる」
「ひぐっ、えぐっ、ぐすっ……ホント?」
「ホンマやホンマ、このはやてちゃんが嘘を吐く訳ないやろ?」
嘘は吐いていないのだ。ただ、本当のことを多少言わなかっただけで。
なのはの泣いている顔は、できるなら見ていたくない。
それに、同世代で子供がいるのはなのはだけ。エリオとキャロは──フェイトにとっては弟と妹みたいなものだ。
家族水入らずで過ごして欲しいというのも、偽らざる本音だった。
ヴィヴィオだって、パパとママと一緒にいた方がいいだろう。

何と言っても、なのはとユーノほど最高の夫婦なんて、この世で他にはいないのだから。

「そろそろ帰ろか? なのはちゃん、立てる?」
「うん、大丈夫ぅ……」
そうしてはやては、千鳥足のなのはを連れて家まで送っていった。
一方自分自身はといえば、恒例と化した二日酔いでリインフォースに頭痛止めを買いに行かせていた。

***

翌日の昼過ぎ、クロノは少し上の空だった。なのはとユーノのことを考えると、気が重くなるのだ。
確かにここのところ、あちこちに出ていてデスクワークの量が減っていた。
だから、管理局にいるうちに調べておきたいことは全て調べておきたかった。
「新人達の教導も、地上にいるうちに一通りこなして欲しいんだよな。次戻って来るのは二月も先だぞ」
……最も効率的で合理的な方法のはずだ。ただ一つ、二人の時間が消えてしまったことを除いては。
はぁ、と溜め息を一つ、クロノは新人達を呼び寄せた。
唯一この事態を解決手段を思いついたのだが、何となく卑怯な気もしたのだ。
ところが、全員でクロノのいたデスクに押し掛けられたのは、それから幾ばくかもしない後だった。
部下の目は若干血走っている。早速なのはにしごかれたのかと思いきや、違った。
「提督! 残業させて下さい!!」
「は、はぁ?」
彼らは、エリート候補生ばかりであった。
だから、一通りの教育は受けていて、無限書庫の仕事も例外ではなかった。
後ろでぼそぼそ言っている声が、かすかに耳へと入ってくる。
「なぁ……イっちまってるスクライア教導官の噂って聞いたことあるよな?」
「ああ、何でも訓練生にスターライトブレイカーを放ったって。俺らでも耐え切れないよ」
若干物騒だが、嘘でもないのが怖いところである。
話をよくよく聞いてみると、実にクロノと思考回路が一致していた。
初日の訓練は、想像以上に『過酷』で、既に過労で一名、SLBの直撃で三名が医務室に運び込まれている。
そこで皆々は考え込んだ。もしかすると、毎日犠牲者が出るかもしれない。
そもそもの理由を考えてみると、旦那の線が一番怪しかった。
無限書庫の司書長。それ故に早く帰れることはなく、時には徹夜とか。
その予定を上司のクロノが潰してしまったのだとあれば、とばっちりの可能性は随分と高まるのは当然の道理。
常に最悪を考えながら行動する、若き新人達は、一つの合理的な結論に至ったのだった。

話から察するに、最初に会ったときからなのはの雰囲気が剣呑だった。
考えるまでもなく、原因は他ならぬクロノ。さりとてユーノに頼んだ仕事も外す訳にはいかない。
この可能性には思い至っていたものの、やはりと苦悶を隠せない。
なのはと来たら、時々ユーノ以外何も見えなくなっているのだ。
あのバカップル、局員に知らぬ者はいないだろう。
あのバカップル、局員に知らぬ者はいないだろう。
大事なことなので心の中で二回繰り返しつつ、話を更に聞いた。
状況改善のために彼らができること――それは、無限書庫の手伝い。
願ってもいない事態だった。なのはに教導を頼んだのも自分である。予定を押させたのも自分である。
これでは、比喩としてもいつ刺されるか分かったものではない。
あのバカップル、局員に知らぬ者はいないだろう。
三回目を心の中で呟いた後、クロノはきっぱりと宣言した。
「君達の望み通りにすればいい。但し残業代は直接責任者と掛け合ってくれ」
但し、一つだけクロノは付け加えた。古馴染みに会いに行く、と。

***

「スクライア司書長をお願いします」
なのははショッキングな出来事を吹き飛ばすかのように、業務後無限書庫へと赴いた。
厨房を間借りして――割と無茶を通して貰ったが――作った夜食の包みを持って、受け付けに掛け合う。
ヴィヴィオも家で待っているから、早く帰らないといけない。
今日は遅いと伝えているし、娘が手料理を作っているだろう。
ユーノ分をちょっぴり……いや、できればたっぷり摂取してから帰ろうと意気込んだなのはだった。
「あーなーた♪」
出てきた夫の姿に、なのははチラチラ周囲を見てから抱きついた。
付近には馴染みの司書を除いて誰もいないし、その彼女も見て見ぬ振りをしてくれる。
素晴らしい司書だった。
「お夜食作ったの」
「あ、ありがとう。お腹減ってたんだ。ヴィヴィオにはごめんねって伝えておいて」
そして包みを受け取ろうとしたユーノの手を、なのははさらりとかわした。
人差し指を唇に当てて、いたずらっぽく微笑む。
「それはもちろんだけど、わたしに対する『おわび』がないと思わない?」
それを聞くと、ユーノは苦笑して従った。
司書長室に入り、二人で落ち着く。ユーノがお茶を淹れてくれて、それをくぴくぴ飲んでいる間、彼の腹はくぅくぅ鳴っていた。
「ごめんね、ティーパックで。なのはみたいに美味しいお茶が作れたらいいんだけど」
「ダメだよ、あなた。わたしが淹れてあげるんだから!」
さて、となのはは包みを広げた。数個のおにぎりと玉子焼き、それに鶏肉のソテー。
食堂の余り材料というのは乙女の特秘事項である。
「わぁ、美味しそう。ありがとう、なのは!」
「そそそそんなお礼なんて……わたしはただあなたのために頑張っただけだよ。あ・な・たのために」
耳元で甘く甘く囁く。ユーノの顔がポッと赤くなって、信じられないくらい可愛く見えた。
ほっぺたをつんつんしながら、なのははマイ箸を取りあげた。もちろんユーノの箸はない。
左手で箸を持ったまま、彼の右手を封じる。つまりは隣に座って手を繋いだ訳で、なのはは幸せ絶頂だった。
「ねぇ、まさかなのは、ここでやるの?」
「うん、そうだよ」
今日はなのはがさらりと言ってのけた。わたわたする姿が少年みたいで可愛い。
箸で卵焼きを摘むと、あーをと自分の唇に挟んだ。えっ、とユーノが憮然とするところまでは想定済だ。
そのまま、なのははついと口をつき出した。
「ふぁい、くちうふひ」
「や、やめてよこんなところで!?」
「なんへ? あれもいないよ」
ずっとくわえているのも辛いものである。
そういえばポッキーゲームとかやったことないなぁと思っているうちに、ユーノの顔が目まぐるしく変わった。
黙ってみていると、じたばたしたり頭を抱えたりしていたが、やがて諦めたらしく口を開けた。
「よろひい♪」
「じゃ、じゃあ……頂きます」
あむ、と噛んだ位置は、まだまだ玉子の端っこ。全然物足りなくて、もっと食べてと目線で訴える。
んんん、と恥ずかしそうに唸ると、ユーノは目を瞑って食べ進める。
最後まで来て唇が触れ合うと……なのはは口移しで玉子焼きをユーノの口に送った。
「んんっ、んむっ、ぁふ……」
艶やかな声が漏れて、唾液がユーノの膝に滴る。
そのままディープキスにもつれ込んだ二人を止めたのは、刻を告げる柱時計だった。
ようやく玉子焼きを一つ食べ終っただけで、既にご飯を一杯食べられるだけの時間が経過していた。
「むぅ……」
それだけ言って、押し黙るユーノ。次に鶏肉を口にくわえて差し出すと、箸を奪われて一人で食べられた。
反則だよぉ、と拗ねようとした矢先、ユーノの顔が迫ってきた。
「今度は僕が食べさせてあげる」
「そ、そんないいよ……んむ」
逆に口移しをされる。二人分の鶏肉が口の中で踊って、どっちがどっちだか分からなくなった。
舌が絡まって、ソテーの味に唾液が混じる。
ユーノはいつだって意地悪だ。ゆらゆら優柔不断に見えて、油断した頃に心を全部持って行ってしまう。
毎日大好きなのに、もっともっと好きになっちゃう。もう、止まりそうにない。
「ねね、あなた」
「何、なのは?」
時間がゆっくりと過ぎていく。なのはは上目遣いに見上げながら、好奇心半分で聞いてみた。
もう半分は──本気だ。
「オフィスラブって、興味ない?」
そのまま二人は、司書長室の扉に鍵をかけ、端末をフックした。
翌日、結局お泊りしてしまい朝帰りと相なったなのはは、ユーノの歓声によって目が覚めた。
制服も身体もベトベトである。秘密裏に帰らないと始末書では済まされない。
そんな中で、彼の顔はやたらと輝いていた。
「無限書庫の妖精伝説は本当だったんだ! 今日、今すぐ帰れるよ、なのは!!」
「ふぇ? え、え、え?」
生来のお寝坊気質はこの年でも直ってはいない。ユーノどころかヴィヴィオにまで起こされる始末である。
寝ぼけなまこで話を聞いていても、何がなんだかさっぱり分からなかった。
「あぁ、ごめん。話が飛んじゃったね。この無限書庫には、『寝て起きたらいつの間にか作業が終っている』という、
不思議な妖精の伝説があるんだ。今日、僕に舞い降りてくれたらしい……仕事が終ってた!!」
「凄いねぇ……むにゃ、あなた、大好きぃ」
ぽてっとソファに寝転び、再び夢の中へ。ゆさゆさ揺り動かされるのが心地良くて、ますます深く眠りに落ちていく。
もう一度起こされて目覚めのキスを受けた後、もう一度説明を受けて、妖精の正体について一緒に不思議がった。
「でも」
「でも?」
なのははユーノに思い切り抱きついた。ほんのり昨日の匂いが残っているが、それもまた大好きな人の香り。
無限書庫にどんな魔法がかけられたにせよ、結果は一つだけ。
「あなたが幸せなら、わたしも幸せぇ!」
今日という一日がどんな種類の奇跡でも、絶対に変わることのない魔法がある。
──永遠に愛し続ける、そんな恋の魔法に、なのははかかりっぱなしなのだ。

***

時を遡ること数時間。
「クロノさん、私凄く眠たいです……」
「もうちょっとだけ我慢してくれ、すぐに終るから」
ヴィヴィオはクロノに連れられて、無限書庫に来ていた。ユーノの仕事が全然終らないから、手伝ってくれと頼まれたのである。
他の、クロノの部下という人達も一緒である。
もちろん、大好きなパパの役に立てるなら、それに越したことはない。
「でも、クロノさん。またパパに無理な仕事を押し付けたんでしょう?」
「いや、今回はママにだ。申し訳ない……」
よくよく話を聞いてみれば、なのはに用事を作ったのははやてらしい。
同時に二人へ知り合いが仕事を作るなんて、苦笑いを隠せないヴィヴィオであった。
なのははあれでまだ多感なお年頃らしいとは、娘でなくたって誰でも気づく。
暴れてみたり呑んだくれてみたりむすーっと拗ねてみたり、どう考えても「お子様」だ。
でも、そんなお子様のママが、大好きだから、お手伝いしたかった。
「借りを一つ作ってしまったな」
「いえいえ、私はパパとママのために頑張るんです。だから、気にしないで下さい」
ついでに、一つだけ付け加えてみる。
ママにだけとはいえ、仕事を無茶に増やしてしまった上に、夜中までこうして司書をやらされているのだから、
多少のわがままは認めてくれてもいいだろう。
「今度、『サジタリウス』のいちごパフェ、ご馳走して下さいね♪」
無邪気に笑って、また検索魔法を隣の棚に飛ばす。苦笑いのクロノだったが、どうやらOKしてくれたようだ。
ルンルン気分で棚から棚へ飛び回ると、検索にヒットした本が見つかった。
「やったぁ!」
「お、凄いじゃないヴィヴィオちゃん! やっぱり俺らより専門の人に任せた方がよかったのかもね」
「いえいえ、皆さんのお陰です! これでパパもお休みが取れるんで、よかったです!」
笑顔いっぱいで、見つかった本を抱きしめる。
そうしてそのまま、むにゃむにゃと疲れて眠ってしまった。
「パパ……ママ……ヴィヴィオ、頑張ったよ……」

小説ページへ

inserted by FC2 system