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「スバルをよろしく」と一言残し、ティアとキャロは去っていく。
「うーん、よろしくされても、どうしたらいいのか……」
「まあ固いことは考えないで、トレーニング入ろっか」
頭を捻るエリオにスバルの助け船が出る。ここは年上に任せるのが一番だ。
「そうですね、行きましょう」
一部ミッド式を織り交ぜたベルカ式同士といえ、エリオとスバルでは戦闘スタイルが全く異なる。
エリオ自身もシグナム副隊長直伝の剣術とフェイト隊長から学んだ機動や電撃魔法を組み合わせているが、
スバルに至っては変則を究めている。
先天系魔法ウィングロードに加えてディバインバスターのオリジナルアレンジ、さらに──
「行くよー、振動拳!」
スバルの瞳の色が変わる。
その足元に描き出されたのは、ベルカ式魔法陣ではない。
交差する機械的な二つの円形──戦闘機人のテンプレートだ。
リボルバーナックルを突き出された岩にミシ、とヒビが入り、次の瞬間には砕け散る。
「あちゃー、威力下げたつもりだったんだけどなぁ」
唖然とするしかなかった。
こんな一撃を食らったら、生身の人間では生きて帰れないだろう。
「もうちょっと加減できれば、対人戦でも使えると思うんだけど」
「え、対人……?」
言葉が続かなくなったエリオに向け、スバルは説明を始める。
「ほら、バリアブレイクと同じ要領でやれば、なのはさんみたいに強い防御魔法も貫けるかなって」

いつもと変わらない微笑みを浮かべるスバルに、エリオは漠然とした疑問を憶えた。
どうしてこの人は、こんなにも『強い』んだろう。
無意識のうちにエリオは、自分とスバルとを比較してしまっていた。
『本物のエリオ・モンディアル』のクローンとして生み出された自分と、戦闘機人として生み出されたスバル。
同じ『造られたもの』同士なのに、どうしてスバルさんは強い心を持っているんだろう……
「どしたのエリオ、暗い顔しちゃって」
「スバルさんは、その、自分の体が人と違っても前向きなんですね」
戦闘機人として生まれたハンデすらも、彼女はプラスにしてしまっている。
そう思うと、そんな言葉しか口にできなかった。
「あたしは体力と明るさだけが取り柄だからね。あと、なのはさんへの憧れも強いし」
そう言ってスバルは少し遠い目になる。
その瞳は既に恩師を凌駕することをも見据えているのだ。
「僕もスバルさんみたいに強い心を持てるのかな……」
「今すぐってわけには行かないだろうけど」
スバルの眼差しがエリオに向けられる。
「いつかエリオはあたしなんて追い越してフェイトさんみたいに強くなれるよ」
その吸い込まれそうな緑の瞳が、さらに説得力を増す。
「消えない過去があっても癒えない傷があっても、少なくともあたしたちは独りじゃない」
スバルの視線はエリオから離れ、再び空を見上げた。
「あたし達二人とも、同じ境遇の人が居るんだからさ。エリオにはフェイトさんがいる。あたしにはギン姉がいる」
「……それに、六課のみんなが側にいてくれる。それで強くなれないわけがないですよね」
エリオは自分なりの結論を、スバルの言葉に添える。
スバルは笑みを大きく綻ばせ、力強く頷いた。

訓練メニューを一回り終え、撤収準備をしていた時。
不意に待機モードのマッハキャリバーが光る。
「ティアから通信だ。はいはいーこちらスバル」
『スバル? あたしとキャロは少しだけコンビ続投するわ』
「それはいいけど……?」
『そういうわけだから今日一日、あんたもエリオと上手くやりなさい』
急いでいるのか、ティアは返事を待たずに通信を終了させた。
「突然一日ぽっかり空いちゃったね」
困った、と言わんばかりのスバルの微妙な笑顔に、エリオも「そうですね」と苦笑いを返すしかなかった。
「そうだ、エリオ」
スバルがすくっと立ち上がる。
「ナンバーズの子たちに会いに行かない? もちろんルーテシアにも」
その表情の中心には、どこかをはっきりと見据えた確かな意志の宿る瞳。
「あそこならみんな大勢いるし、ユウウツなんて吹き飛んじゃうよ」
「実は僕も、ルー達に会えば元気を分けてもらえるかも、なんて思ってました」
「決まりだね。さっそく準備しようか」

***

「やっほーみんな、遊びに来たよー!」
「あっ、てめぇハチマキ!」
ナンバーズの一人がスバルに飛び掛かる。
「こらやめろ、ノーヴェ」
チンクの制止も聞かず、スバルに向かってパンチやらキックやらを繰り出すノーヴェ。
「おぉやるじゃん」
スバルもすっかりその気になり、全ての攻撃を防いでは時々攻勢に出る。
他のメンバーも観戦を始める。お互いに本気を出していないとはいえ、すっかり見世物と化していた。
「まーあれもノーヴェなりのスキンシップなんだろうねぇ」
「気楽だなセイン……あいつとやりあうなんてぞっとする」
「スバルにやられちゃったのがそんなにトラウマ?」
背後からの突然の声にナンバーズ一同が飛び上がる。
「ギンガか、まったく驚かせるな」
「これがきっかけでスバルと打ち解けられるのなら、悪いことじゃないわ。いい気分転換にもなるでしょうし」
あ、と何かを思いついたようにギンガが声を上げる。
「これもプログラムに組み込もうかしら。スバルのシューティングアーツの師匠は私だし、いくらでも相手できるわ」
「じゃー今度お手合せ願うッス!」
ウェンディが勢いよく手を上げる。
「……先が思いやられる」
チンクだけが溜め息をついていた。

スバルとノーヴェの対戦を観戦する更生メンバーの中に一人、一際小さい姿を見つける。
「ルー!」
その名前を呼び、エリオは駆け寄った。
「……エリオ。会いに来てくれて、嬉しい」
ルーテシアは小さく微笑むと、誰かを待っているように辺りを見回した。
「キャロは?」
「うん、今日は僕とスバルさんだけで来たんだ……キャロがいないと寂しい?」
エリオの戸惑いに、ルーテシアは首を振って応える。
「そんなことない。でも」
「……でも?」
小さな眼差しは一度だけ瞼に閉ざされ、再び開いた時には強さを宿していた。
「エリオにはキャロと一緒に居てほしい。エリオとキャロが楽しそうにしてると、私も楽しいから」
その言葉の後に、ルーテシアは俯いて小さな呟きを漏らす。
辺りの喧騒にかき消されそうになっても、エリオには確かにこう聞こえた。
『独りじゃないって、思えるから』
人造魔道師──ルーテシアも、僕やスバルさんと同じなんだ。
「ルールーを悲しませたりしたら……こうだっ!」
ルーテシアの背中から高い声が聞こえたその瞬間、
「うわっ!」
目の前で小さな花火が弾け、エリオは思わず仰け反った。
その声の主がルーテシアの肩の影からひょっこり顔を出す。
「アギトさん、居たんですか」
「おまえらが居るからルールーは笑ってられるんだ。ルールーが笑ってると、あたしも嬉しい。だから」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら、何かを言おうとする口はなかなか声にならない。
ルーテシアがフォローしようと口を開きかけたとき、
「……おまえもキャロも、もっと遊びに来い!」
しばらく呆気に取られたあと、エリオとルーテシアは顔を見合せて笑った。

ノーヴェとの『模擬戦』を終えたスバルは、ナンバーズ達からの拍手喝采を浴びていた。
「エリオ、プログラムの邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行こっか」
「あ、はい。でもひとつだけ」
エリオは立ち上がりかけたあと、もう一度ルーテシアの前に屈み込んだ。
「ルー、これだけ約束して」
首を傾げて続きを待つルーテシアに、エリオは自分なりの結論を告げた。
「独りじゃないって思える、なんて悲しいこと言わないで。ルーは本当に独りじゃないんだから」
「エリオもいいこと言うようになったねー、感動しちゃった」
スバルが両手でエリオの髪をぐしゃぐしゃにする。
「わ、やめてくださいよスバルさん」
口ではそう言いながらも、悪い気はしなかった。
ルーテシアが楽しそうに笑っていたからだ。
ナンバーズやギンガ達も同じように笑っていた。
僕らには、こうして笑い合える『仲間』がいるんだ──

***

隔離施設からの帰り道、二人で歩いていると背後からバイクの音と、
「エリオくーん、スバルさーん!」
キャロの声だ。
「ティア、キャロ、おかえりー。二人で出掛けてたんだ」
ティアの運転するバイクが完全に停止すると、キャロがひょこっと地面に降り立つ。
「あんたといつも行ってたとこをキャロに紹介しただけよ。そっちはどうだった?」
「あたしたちは隔離施設のほうに行ってきたよ」
スバルに告げられた行先を聞いたティアは安堵の溜め息を漏らし、クスッと笑った。
「なんだかんだ言って、お互いにコンビが変わっただけで行先は同じみたいね」
「でもまぁ、エリオも何か得るものがあったみたいだし」
「それを言うならあたし達だって同じよ?」
ティアとスバルはライトニングの二人に目を向けた。
「エリオ君、えっと、その……今度のお休みの日に、二人で出掛けませんかっ」
キャロが早速アプローチを始めていた。
「わっ、ティア、キャロに何教えたの?」
「別に、あたしはただ背中を押してあげただけよ」
一方、キャロにデートのお誘いを受けたエリオは、
「じゃあまずルーに会いに行こう、キャロにも会いたがってたから。それから……」
「エリオもちゃんとエスコートしてるじゃない。スバル、あんたもなかなかやるわね」
肘で脇腹を突かれ、スバルは苦笑いを浮かべる。
「さて、行くわよスバル。二人にしてあげましょ」
スバルが後部座席に乗ったことを確認すると、バイクのエンジン音が響く。
「ティアさーん、今日はありがとうございましたー」
「スバルさんもありがとうございましたー!」
スバルと共に手を振り、ティアは一気にバイクを急発進させた。
「……いいカップルね。あの子たちも、あたしたちも」
「ティア、何か言ったー?」
風切り音のせいか、スバルには聞こえていないようだった。
「もっとしっかり掴まってなさいって言ったの、行くわよ!」
ティアとスバルを乗せたバイクは、風になって走り去った。

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