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ある日ある時、スバルとティアが揃って本局出向となり、そこにイクスヴェリアもついてきた。
そんな管理局での一日。

「ティーアっ」
「ひゃぁっ!?」

朝も早よから盛んなこと。スバルは朝食後にティアへと抱きついていた。
六課時代にはあまりにもいつもの光景だったから、二人を知る者は微笑ましい目で通り過ぎて行く。
ティアの叫びは、空しく吸い込まれた。
「や、ちょ、ちょっと離しなさいよバカスバル!」
「よいではないか、よいではないか〜」
ティアの柔らかい膨らみは、ちょうど手に収まるサイズで、面白いほど揉み応えがある。
服の上からでも、吸い付くようなきめの細かさと、張りのある弾力がふにふにと伝わってくる。
顔を真っ赤にしながら叫ぶティアを、スバルは悪ふざけ気味に弄っていた。
「あぁ、ティアのここやーらかい。クセになるぅ」
「ちょ、ちょっと、やめなさ……あふ」
「あ、ティア色っぽい溜め息。もしかして感じちゃった?」
「そ、そんなことない! っふぅ、いい、加減、離しなさい!」
ティアが身をよじって逃げようとするが、
スバルは持ち前の馬鹿力でしっかりと少女の肢体をがっちりと押さえ付け、身動きを封じる。
と、そこにもう一人の影。低血圧なのか、物凄く朝の弱い娘だ。
「おふぁようございます……」
「あ、イクス。おはようございます」

ふあぁ、と大あくびをしながらイクスヴェリアは起きだしてきた。眠そうな目を擦り、スバルへと目を向ける。
その刹那、周囲に殺気が走った。スバルの指は止まり、ティアも一瞬抵抗をやめた。
「時にスバルさん、少々『お話』したいことが──」
なんでもない風を装った、イクスの声。
オーラの漂う方向を見ると、そこには髪を逆立てんばかりの少女がいた。
しかし、その顔をいつもの表情に戻すと、スバルの裾をくいくいと引っ張って、その向こうにある会議室を指差した。
鍵は掛かっていない。
「スバル、ちょっとあっちへ……」
首を傾げるティアに、「ちょっと待っていて下さい」と頭をペコリと下げる。
「少しの間、『お話』してくるだけです」

その一言でティアが硬直したように立ち尽くしたのは言うまでもない。
イクスヴェリアは、「ちょ、ちょっとどうしたんですかイクス?」と驚いているスバルの手を引いてその場を後にした。

フェルトの床に、靴を脱いで上がる二人。
パイプ椅子とホワイトボードが並ぶ、どこにでもある普通の会議室だ。
「まずはそこに座って下さい」
ぷりぷりと、イクスヴェリアは子供らしい怒りを露にしながら指を差した。
もちろん、そこは椅子ではない。リノリウムではないとはいえ床である。
スバルは何かを察知しながらも、意味の分からない顔でぺたんと正座した。
「おほん」
イクスヴェリアは軽い咳払いを一つすると、仁王立ちになってスバルの前に構えた。
この期に及んでも、まだスバルは自分がこれから怒られるということに気付いていないようだ。
とにかく、イクスヴェリアは長い長いお説教を始めた。
「えっちなのはいけないと思います!」

顔が紅くなってきた。なんでこんな下らないことで友達を説教しないといけないんだろう。
怒りのメーターが逆向きに動いて、むしろ哀しくなってきた。
それとも、この感情は何と呼べばいいんだろう?
「いいですかスバルさん、女性の胸というのは、
赤ちゃんに食べ物を与えるための大切な器官であって、決してスバルさんのいやらしい目に晒していいものではありません!」
イクスヴェリアの説教は小一時間続いた。スバルは事態を悟りきれていないのか、キョトンとしている。
それでますます気合いが入り、さっきティアにしたことが如何に不徳な行為であるかをきちんと説いた。
古代のベルカでそんなことをした者は古今東西見たことも聞いたこともないということ。
人類の英知と新化についてとくとくと説教していると、スバルの頭がコクリと落ちた。
スバルが毎日忙しそうにしているのは分かるし、実際忙しい立場にいてあちこち飛び回っているのも知っている。
ちょっとムッとしたが、そんな時のためにとっておきの魔法を用意している。
「それと、スバルさんのベッドの下から……」
「わーっ、わーっ!」
わたわたと、水を掛けられたように飛び上がって騒ぎ出すスバル。
だけど、もう許してあげない。無言で部屋を出て、しばらくして紙袋を携えて戻る。
紙袋自体はどこにでもある普通のものだが、その中に入っているものは、ちょっと普通ではなかった。
「スバルさんもお母様からそのように育てて頂いたはずです。
その女性の胸を、スバルさんはえっちな本によって、えっちな目で見ているのです!」
「スバルさんの集められている本の傾向は大体把握致しましたが、胸の大きな女性というのは、
それはそれで苦労も多く、肩こりなどに悩まされていると聞きます。
大体ですね、胸の大小によって母としての機能に変わるところなど全くないのです!!」
「あ、あのですね、イクス、実はそれお父さんの趣味で、
んでもってギン姉に見つかるといけないからって無理矢理押し付けられて……」
「言い訳無用です。というか吐くならもっとマシな嘘を吐いて下さい」
「ふえぇーん」
更に、説教は小一時間延長された。

***

そして、気がつけば昼。
「いいですか、スバル、反省しましたか?」
お互い、もうげっそりしていた。
スバルは見た目に違わず頭より先に身体が動くタイプだから、完全受身の姿勢で正座し続けるというのは、
まさしく苦行以外の何物でもなかった。
但し、それはイクスヴェリアにとっても同じこと。怒っているうち、かなりどうでもいいことに気がつき始めたが、
哀しいことにそれで説教を止められるような状態ではもはやなくなっていた。
負のスパイラルに陥った二人は、どちらともなく話を畳みにかかった。
「はい、イクス。反省しました……もう他人の胸は揉みません」
「どうしてですか?」
「女性にとって大切な器官でそれをえっちな目で見ちゃいけなくて……それと人に迷惑がかかるからです」
「よろしい」
ようやく解放されたスバルは、身体のあちこちを伸ばし、深く息を吸い込んだ。
血の滞っていた場所が温かくなっていく感触が心地良く、生き返ってみたいだ。
「……スバル、まさかとは思いますが本当にやりませんよね?」
下から、イクスヴェリアの疑惑に満ちたジト目が見上げてくる。
子供の純真な目は、それ故に厳しい。じーっ、と見つめてくるまん丸の瞳に、スバルは根負けした。
「えっと、正直に言うと、自信ない……かも」
イクスヴェリアの目が細められた。「や・く・そ・く・し・て・く・だ・さ・い」と言っている顔だ。
「うぅ、そんな顔されたら約束するしかないじゃないですかぁ」
「ええ、約束です」
スバルは目を閉じたり、頭を掻き毟ったり、とにかく色々悶えてから、しゃがみこんで小指を差し出した。
イクスヴェリアがその小指を絡ませようとした時、「一つだけ、いいですか?」と聞いた。
「はい、何でしょう?」
頭に疑問符を浮かべっぱなしになっているイクスヴェリアへ、スバルはぼそりと言った。
「えっとですね、その、つまり……えっと、困ったらイクスの胸で我慢するというのはどうでしょう?」
「えっ……? な、な、な……えっちなのはいけないと思います!」
イクスヴェリアの顔は真っ赤だ。
もう小一時間、大切な時間を潰すことになってしまいそうだが、もうこれは癖みたいなものなのだ。
理解者は唯一はやてくらいだが、ある程度の付き合いを持った女性とのコミュニケーションというか、
スキンシップにはこれが一番だと思っている。裸の付き合いというか、きっとそんなもの。
それをやるなというのは、スバルに女性と交流することを禁止しているようなものだ。
生きていける訳がない。
説教されている間、ずっと一言も言えなかったことを、つらつらと吐露していく。
イクスヴェリアは相変わらずジト目のままだったが、やがてぷいとそっぽを向いた。
「そういうことでしたか」
どうしてそっぽを向くのか、スバルには最初分からなかった。
でも、その顔が不思議に真っ赤なことだけは、その横顔から見て取れた。
すぅ、と息を吸い込み、次は何を言い出すのかと思えば、それは思いもかけない一言だった。
「わ……私の胸に限ってなら、別に構いません」

「イ、イクスぅ〜っ!!」
「わ、離しなさいスバル! 暑いです、暑苦しいです!」
小動物を見るような目と、ティアを見る時のような目が相の子になって、スバルが抱きついてきた。
泣いているんだか、喜んでいるんだか、良く分からない。
一つだけいえることは、スバルの相手は金輪際イクスヴェリア以外にはありえないということ。
早速といわんばかりに胸の辺りをまさぐってくるスバルを見上げて、イクスヴェリアは小さな溜め息を吐いた。
「もう、ちょっとだけですよ?」

時に、胸は揉めば大きくなるという。
人並みより小さい胸というのは、乙女の悩みなのだ。

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