鋭い風が波のように枯れ葉を巻き上げ、散らしていく。
その風は不意に激しくなり、三人の進む足を滞らせる。
「……寒くなってきたなぁ」
その言葉に合わせるように、はやての口から白い息が漏れる。
風が落ち着くと、車椅子はキィ、と軋む音をたてて動き出す。
すずかが車椅子を押しながら、はやてに語りかける。
はやては笑いながらそれに応じる。
ヴィータの耳には、二人の楽しそうな会話は届いていなかった。
シグナム達は今頃どこかで魔道師を狩っているのだろう。
何も知らない主はやての笑顔を直視すること、それすらも今のヴィータには叶わなかった。

主との契りを破りリンカーコアを蒐集する。
ヴィータにとっては、はやてに対して隠し事をするのが何よりも後ろめたかった。
それに闇の書が完成したとして、はやては呪いから解放されるのか、
主の願いに背くことで主を救うことが果たして可能なのか?
ヴィータは枯葉が風に流される様をただ眺めていた。
ザッと音をたてて枯葉は舞い上がり、渦を巻き、解放されてひらひらと落ち、
地面に達したかと思えば再び舞い上がる。
風という見えない呪いに翻弄される枯葉は、どことなくはやてに似ていた。
そして、自分たちヴォルケンリッターにも通じるものがあった。

「ヴィータちゃん?」「ヴィータ、どうしたん?」
すずかとはやてが同時に声をかける。
ヴィータがふとすずかを見上げると、すずかはにっこりと微笑んだ。
その笑顔が、ヴィータには許せなかった。
どうしてすずかはこんなにも笑っていられるんだろう。
はやての唯一の親友として、悲しさや悔しさはないのだろうか、
もしこの世界からはやてが居なくなってしまったら──

***

「ただいまー」「おじゃましまーす」
はやてとすずかの声を聞きつけ、エプロン姿のシャマルが駆けてくる。
「お帰りなさいはやてちゃん、ヴィータ。すずかちゃん、どうぞ上がって」
「シャマルがエプロンつけとる……嫌な予感がするわっ!」
そう言い残し、はやてはパラリンピックアスリート並みの速さでキッチンへ駆け込む。
「まだ何もしていないのに」と落ち込むシャマルに、ヴィータは小さく声を掛けた。
「今日はどうだった?」
「うん、シグナムとザフィーラが大分ページを稼いでくれたわ。二人とももうすぐ帰るそうよ」

シグナム達が帰宅し、闇の書の完成など忘れさせてくれる団欒の時が近づく。
と、ヴィータはすずかに庭へと招かれた。
夕食の支度をはやてに任せ、すずかを追う。
すっかり日は暮れ、遥か頭上には星屑が煌めく。
その星明りの下、すずかが微笑みながら語りかける。
「綺麗な星空だね、ヴィータちゃん」
以前の主の許にいた頃は、星空を美しいと思ったことは無かった。
だから比較対象をヴィータは知らない。それでもこの世界の星空は、本当に綺麗だった。
確かはやてはこう言っていた。
「両親はお星様になってしまった」、と。
青白く輝く一際明るい星だろうか、あるいはその隣の赤く煌めく星だろうか。
いつかはやてもこの空の中に加わってしまうのか。
ヴィータの目に涙が滲んだとき、すずかの手が頬に差し伸べられた。
すずかは、まるでヴィータの心を見透かすかのように微笑む。
『大丈夫、はやてちゃんはきっと良くなるから』
すずかの目はそんな風に語っていた。
自分が何も出来ないことを知っている、だからこそすずかは笑っていられるのだ。
すずかは魔道師でも医者でもないし、闇の書──魔法が原因であることすら知らないのだ。
そもそも、魔法を使えない者が八神家にいないことにさえ、気付いていない。
はやての病を止めることも治すこともできないことを分かっている、
その意味ではヴィータも似たようなものだ。
闇の書を完成させることではやてを解放できる『可能性がある』というだけのこと。
この方法ではやてが救われる保証などどこにもない。

冬の冷たい風が二人を襲う。
星空は一瞬だけ煌めき、再び輝きを取り戻す。
その輝きは、どんな風にもかき消されることはない。
いかなる呪いにも屈しない絶対的な輝きが、その空にはあった。

守護騎士としての今の使命は「主はやてと一緒に、楽しく生活すること」。
ヴィータ自身、その使命をまっとうしたかった。
純粋に家族として、はやてと幸せな今を過ごしたいと願っていた。
もう悲しい顔は見せない、はやての前では笑っていたい。
だからこそヴィータは、すずかと同じ願いを胸に刻む。
それがどれだけ儚い希望であろうと構わなかった。
既にヴィータの表情から影は消えていた。
笑顔を作る努力などせずとも、自然と笑みがこぼれていた。
「そうだな。はやてはきっと良くなるよな!」
それだけ答えると、ヴィータは思い切り星空に手を伸ばした。
届かないと知っていても、空に輝く淡い光を掴みたくなったのだ。

ヴィータとすずかの願いを乗せた風が、星空へと舞い上がる。
──いつの日か必ず、はやてを救う天使が現れますように。



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