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「ん、また?」
「うん、ごめんなぁ、いっつも心配かけて」
「まったくよ。ま、今日はラッキーだったわね、放課後で。それじゃいってらっしゃい」
「行ってきます、アリサちゃん」
「行ってくるよ、アリサ」

もう、慣れた会話だ。中学に入ってからこの方、ずっと似たようなことが繰り返されている。
ロストロギアが見つかったとか何とか、なのは達には週に一度は出動命令が出る。
ただ、今回に限っては大したものではないらしく、三人がかりで行くのも大げさな話、だそうだ。
アリサは現物を見ていないから、何ともいえないのだが。
帰りのホームルームが終り次第、三人は出かけていった。アリサとすずかもまた、今日はバイオリンの日だ。
夕闇が辺りを包んで、そろそろ一番星が見えようとしている。
下駄箱で靴を取り出していると、開け放された昇降口の向こう側に、小さな光点がみっつ。
飛行魔法で飛んで行ったのだろう、遠見の方に勇ましく出発していった。
「アリサちゃん、行こう? 鮫島さん、待ってるよ」
「え、ええ。そうね」
すずかに言われ、慌てて昇降口を出る。
先で待っていてくれたすずかにアリサは礼を言い、今度はアリサが先になって歩き出した。
ぼけっとしていた理由なんて、ちょっと言い辛いものがあった。

空を飛べる三人が、ちょっと羨ましかっただなんて。

三人の天使が、空から祝福を撒いてくれるような気がした。
それだけ、魔法の光というものは幻想に満ちていて、本当に、もう少しだけ暗かったら良かったのにと思った。
駐車場のいつもの場所で、鮫島は待機していた。来たことを手を挙げて合図すると、執事は恭しく頭を下げた。
「いつもありがとね、鮫島」
何となく、お礼を言いたくなった。にっこりと笑って鮫島を見上げると、彼はまた一礼をする。
そういえば、まともにお礼を言ったことは、多分まだ一度もなかった。
「光栄にございます、お嬢様。さ、お稽古が始まってしまいます、すずかお嬢様もどうぞお乗り下さい」
ドアを開けて二人を入れ、車を出す。
アリサは、三人の姿が見えないかと遠くに眼を凝らしてみたが、もう見えなくなってしまったか、高度を下げてしまったのか、
魔法使い達を認めることはなかった。
「アリサお嬢様」
口調こそ穏やかだったが、隠し切れない嬉しさをどこかに秘めて、鮫島がぽつりと言った。
半分独り言のようだったが、かなり珍しい。
「どうしたの?」
まるですずかにでも聞くように、明後日の方角を向いて聞いた。
さっきの礼をまた言われるのかと思いきや、全然違っていた。
「わたくし、先ほど天使を見たのでございます」
「……えっ?」

アリサは思わず鮫島を振り向いた。もしかしなくても、さっき出立したばかりの三人に違いない。
彼が語ってくれた内容もまた、屋上の方から見えただの、一人は金髪だっただの、
明らかになのは達であることを示唆していた。
「四大天使──ミカエル、ラファエル、ウリエルが現世に降りて来たのかもしれません。
もちろん、わたくしの錯覚かもしれません。
でも、いずれにしろ、光の翼を身に纏った、人間のかたちをした者がいたことだけは確かです」
いつになく、断言された口調。
鮫島は宗教に関してそこまで敬虔だったという話は聞いたことはないが、意外に涙脆いのかもしれない。
ただ、執事は執事らしく、教養に満ちている。多分、感動はその意味からだろう。
「って、四大天使なのに三人しかいないことになってるじゃない。どういうことよ?」
当たり前の算数に、アリサは首を傾げる。どうしてそんな例えをしたのか、アリサには分からなかった。
だが、鮫島は少々間を置いてから、至極真面目に言った。
「最後の天使、ガブリエルは、かの聖母マリアに百合を──幸福の花を携えて受胎を告知した天使です。
それがアリサお嬢様の元へ降りてくるには、それはまだ早いでしょう?」

何となく、からかわれている気がした。プライドがそう勝手に勘違いさせたのかもしれない。
どっちにしろ、アリサは顔を真っ赤にして執事を怒鳴りつけた。
「うっ、うるさいうるさいうるさい!! さっきお礼の一つや二つ言ったからって、調子に乗らないで!!」
宥めるすずか。謝る鮫島。いつもの光景に見えて、ちょっと違う何かは、これからの未来を予見させた。
そう、高校に上がる頃には、みんながそれぞれの道を行くのだという、不安と期待。
高校入試まであと一年、そう遠くないところまで来ている。
ゆっくりとここまで歩いてきたけれど、振り返ってみれば轍は確かに続いている。
「あたしのボーイミーツガールは一体どこにいっちゃったのかしら……」
身近なところでは、恭也と忍が入籍目前だし、クロノとエイミィも、ほとんど結婚生活同然だ。
窓の外を見上げながら、ぼそっと喋ったつもりだったが、すずかにはしっかり聞こえてしまっていたようだった。
「ガールミーツガールでも、いいじゃない?」
少女もまた、反対側の窓向こうへと視線を逸らしながら呟いていただけだった。
ただ、その一言でアリサの顔はボッと紅くなり、そのまま明後日の方向を見つめているしかなくなった。
「ちょっ、すずか、ふざけないでよ!」
上ずった声が空回りして、全然説得力がない。
すずかはクスクス笑って、それきり何にも言わなくなってしまいました。
「……ま、アンタと一緒でも、悪かないかもしれないわね」
やがて見えてくる、バイオリン教室の看板。
むず痒くてこそばゆい二人の空気がなくなってしまうことに胸を撫で下ろすと共に、少しばかりの寂しさを覚える。

いつも通りの執事に戻った鮫島へ、また帰りには迎えに来て貰うように言いつけてから、アリサは教室へと入っていった。
その隣では、去年より色っぽくなった少女が物腰柔らかくバイオリンケースの留め金に手を伸ばしていた。


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