地球は、第97管理『外』世界の名が表す通りに、ミッドチルダ市民と何の関係もない。
従って、クリスマスもない。

「なのはちゃん、おつかれー」
「おつかれさまですー……」

天皇誕生日の夜、街の片隅で、高町なのはは盛大な溜息を吐く。
「あーあ、ユーノ君、今頃どうしてるんだろう?」
今日もまた仕事だった。明日も、仕事が待っている。
休暇申請が通らなかったせいで、愛しき海鳴に帰れるのは正月が終りかけている時だ。
だが、なのははまだましな方だった。
年末のゴタゴタで、いつ無限書庫に赴いても、ユーノの姿を見かけることはなかった。
それどころか、12月に入ってからずっと。師走とはまさにこのことだ。
「……よし」
こうなれば、やることは一つである。
『フェイトちゃん、今時間ある?』
『え、うん、あるけど。どうしたの突然?』
『ちょっと付き合って欲しい所があって──』
なのははフェイトを誘って、夜の世界に繰り出した。

「なーによぉー、ユーノ君、わたしのことキライになっちゃったのぉー!?」
「なのは、落ち着いてよ……」
「んぐ、んぐ、んぐ……もう一杯! このお店で一番高いの持ってきてー!」
そしてフェイトは自棄酒に巻き込まれたのだった。
「うぐっ、フェイトちゃあん……わたし、嫌われちゃったのかなぁ?」
「そ、そんなことないよ。ユーノだって忙しいだろうし、それに」
「ウソッ!! だってユーノ君、連絡一つ取ってくれないし、それにそれに、クリスマスだって近いのにぃ」
こうなればもはや『管理局の白い○○』という二つ名は全部お釈迦。
精々『白い飲んだくれ』か。
「な、なのは、そんなに飲んだら」
「知るかー! もっと飲ませろー!!」
グラスを高く掲げて、一気飲みを繰り返す。
「ほーら、わたしがこんなにアルコール漬けなのに、ユーノ君ったら助けに来てくれないし」
酔っ払いの戯言に、フェイトは別な意味で頭が痛くなってくる。
大体、明日も仕事のはずであって、遅くまで飲みまくるほどの度胸がない。
ほとんどシラフのフェイトはなのはをなだめすかせようと奮闘したが、効果はなかった。
「っていうかなのは、これ以上はホントに──」
「もうフェイトちゃんに乗り換えよっかなー。ユーノ君なんてだいっきらーい……ん?」
なのはが、フェイトへとしなだれかかってきた。
「ど、どうしたの、なのは?」
「あはは〜……ちょうちょが飛んでる〜。ほら、ユーノ君が迎えに来たよ〜。えへへ、ユーノ君大好きー……」
「なっ、なのは!?」

あわや救急車を呼ぶところだった。
なのはは、バタリと倒れてそのままスースー寝息を立て始めていた。

翌朝、朝食の場にて。
「……うー、頭痛いよぉ。フェイトちゃん、わたし昨日転んだりしたの?」
「ううん、そうじゃないけど」
なのはは、強烈な二日酔いに悩まされていた。
「なんか、仕事が終ってフェイトちゃんと食事に行ったのまでは覚えてるんだけど、そこから先が分からなくて……」
「あー、うん、そうだろうね」
「ただ、ユーノ君が迎えに来てくれた気がするんだ」
「違う! それは違うよなのは!!」
それが閻魔大王からのお迎えだと知ったのは、その日の夕方になってからのこと。

「それじゃ皆、始めるよー」
今頃、海鳴ではクリスマス・イブ。
「まずは……ここにいる皆でスターライトブレイカーを受け止める練習から始めようか」
なのはは、あらゆる意味で最悪だった。
フェイトから貰った酔い覚ましは、未だ効能を発揮する気配がない。
ひょっとすると足りないんじゃないかと、思い始めていた。
『お、おい、教導官に何があったんだ!?』
『わかんねー、わかんねーけど、今日はいつも以上に大人しくしてようぜ』
「そこ」
念話でヒソヒソやっていたはずの二人を、なのははあざとく見つけ出す。
「ちょうどいいや。君たち今度Bランク昇級試験だよね? 大出力砲撃の能動的防御、今から実践してみよう」
「は、はいぃっ!」
何となく、虫の居所が悪かった。
「じゃ、行くよ」
こんなクリスマスイブを、望んでいなかった。
「じゃ、って、ここには皆が──」
「敵は待ってもくれないし場所も選ばないよ」
だから、生贄が欲しかった。
「わたしの言ってること、間違ってるかな?」
「いえっ、決して教導官殿は間違っておりません、しかし」
「問答無用」

『白い悪魔の再来』、そんな記念日が訓練生たちの間でまことしやかに語り継がれた。
乾いた笑いを浮かべている時と、ローテンションの時。
絶対に、高町教導官に逆らうべからず。
合言葉は、「Sir, yes, sir!」

「うぅーっ、午後の訓練も辛かったよ」
昼食時に酔い覚ましをたらふく飲んで、やっと何とか立ち直れた。
「あはは……多分、訓練生の方がずっと辛かっただろうね」
フェイトが、地獄の教練になっていたであろう今日を思い返す。
「それもこれも、ぜーんぶユーノ君が悪いんだよ」
ぷくっと膨れて、なのはは夕食をかっ込む。
「おーおー、今度は自棄食いか」
と、その時ヴィータがやって来た。
「今日は随分荒れてたみたいだな」
「あ、あはは」
「笑い事じゃねーぞ」
同じテーブルに着いて、水を一口。
「あいつらの成績が低下したら、それは誰でもない、お前の責任だ。そこんとこ、自覚しとけよ」
「はい……ごめんなさい」
「それでよし。反省はしとけ、だが後悔はするな。お前のやったことだ、落とし前はお前自身しかつけられない」
ヴィータはフォークをビシッとなのはに突きつけると、黙々と食べ始めた。
「うん。ありがとう、ヴィータちゃん」
「『ちゃん』はよせ、こんなとこで。あ、そうそう、ベルカの格言にこんなのがあってな」
ヴィータは一度話を切ると、ゆっくりと言った。
「『空の玉座はいずれ暖まる』、要するに悪いことはいつまでも続かないってこった」
それを聞いて、なのはは少し気が楽になった。
明日はちょっとだけ優しい訓練にしよう、と決めた。

そしてなのはが部屋に戻ろうとすると、通路に明かりが漏れていた。
「あっ」
起き抜けはまったく前後不覚で、電気を消したかどうかは元より、朝のメニューすらさっぱり覚えていなかった。
だから、何か変なこと──例えばやかんを火にかけっぱなしだとか──を残してはいないかと、部屋に飛び込んだ。

すると、
予想を斜め上遥かに超えた人物が、
目の前に現れた。

「えっ……あ、ユーノ君?」
「おかえり、なのは」
部屋の中にいたのは、ユーノ・スクライアその人だった。
「た、ただいま」
沸いて出たように突然現れたから、取り敢えず挨拶することしかできなかった。
「ところでさ、これ見てよ」
ユーノの右手がヒラヒラさせているもの。
「休暇、願?」
「そう。僕と、なのはの分。もう申請は通ってるから、明日から三日はお休みだよ」
「い、いつの間に? っていうかどうやって……」
謎が謎を呼んで、なのはの頭は混乱する。

どうして今、ユーノがここにいるのか?
どうして、通らなかった申請が今更通っているのか?
どうして、ユーノがなのはの分まで休暇願を貰ってこれたのか?
どうして──

「多分、聞きたいことは山ほどあるだろうね。一つずつ説明するよ」
どっちにせよ、とユーノはその書類をなのはに手渡す。
「紙切れ一枚で申し訳ないけど、これが僕からのクリスマスプレゼント」
「あ……ありがとう、ユーノ君」
なのはは、あまりの感動に涙が堪え切れなかった。
ぽろぽろと頬に熱いものを流して、サインの入った休暇願を受け取る。
「ありがとう、ありがとうユーノ君。紙切れだなんて、わたしが一番欲しかったものだよぉ……」
「く、苦しいよ、なのは。でも、そこまで喜んでもらえるなんて、僕も頑張った甲斐があったな」
なのはの腕を名残惜しそうに解いて、ユーノは言った。
「そんな訳で、僕らは今から自由になった訳だ。取り敢えず、お茶でも飲んでゆっくりしよう」
「待って」
キッチンへ入って行こうとしたユーノを、なのはは押し留める。
「どうしたの?」
「休暇、なんでしょ? だったら戻ろうよ、海鳴に。『わたしたちが出会った世界』に」
誰もがそわそわし、ひょっとすると雪の降る世界に。
デコレーションたっぷりクリスマスケーキと街路樹のイルミネーションが輝く世界に。
「行こう、ユーノ君?」
問いかけると、ユーノはあっさり首を縦に振ってくれた。
「ああ、それがいいね。それじゃ、早速荷物をまとめよう」
「うんっ」
そしてなのはは、ユーノと共に一路高町家へと猛スピードで出発したのだった。

***

久しぶりの我が家。
「あら、こっちには帰ってこないんじゃなかったの?」
という母の言葉に曖昧な笑みを浮かべ、『何とかなったんだよ』と言葉を濁す。
「お仕事ご苦労様。ユーノ君と一緒に今日はゆっくり休みなさい、お店はお母さんたちでちゃんとやってるから」
「ありがとう、お母さん」
そこへ、兄の恭也もやってくる。
「俺たちがやっとくから、お前はゆっくりしてろ──何より、大切な客人を店の都合で待たせる訳にはいかないからな」
含みのある言葉を残して、恭也は母、桃子と共に客で溢れかえる翠屋へと戻っていった。
「お兄ちゃん、お母さん、ありがとう。お父さんとお姉ちゃんにも、『ありがとう』って伝えててね」
「ああ。お前も頑張れよ」
恭也と桃子は立ち去り、後にはなのはたちが残された。
「お茶、わたしが淹れてくるね。そしたら、教えて。休暇が取れた秘密」
なのはは住み慣れた家の階段をトントンと降りていって、一路キッチンへ向かっていった。

温かいミルクティーを飲みながら、秘密を聞く。
「……あー、つまり、クロノ君が全部の黒幕だった、ってこと?」
「そういうこと」
話をまとめると、こういうことだった。
『なのはがクリスマス休暇の申請を蹴られた』、という話を聞いたユーノは、早速方々を回って頭を下げに行った。
休暇の穴を塞ぐ人員の確保、その為の臨時費用、一時的とはいえ仕事の引継ぎなどなど。
人事部、経理部、総務部、あちこち回った。
なのはの故郷ではこの時期誰もが休暇を取るということ、それができずにストレスが大分溜まっていること。
懇切丁寧に説明したが、返答は芳しくなかった。
「もしそうだとしても、どうして君がわざわざ頭を下げに来るのかね?」
恋人だからだ、とよっぽど言ってやりたかったが、そんな私情でどうにかなる訳もない。
そして最後に頼ったのが、クロノだった。
「僕に沢山仕事を押し付けてたからね、まるで親の仇みたいに──ま、今となっては笑い話だけど。
で、そこら辺の事情も汲んでもらって、クロノに代りをお願いしたって訳」
それにしても、あっさりすぎたものだった。
クロノに休暇申請を出したのが、つい朝のこと。
そこからリンディへ連絡が行って、それから半日もせずに許可が下りてしまったというのだから。
「上でどんな密約があったのか、それはちょっと分からないけどね」
ところで、とユーノは続きを言った。
「実は、プレゼントはもう一つあるんだ」
懐から小さな箱を取り出した。
白い包装紙に、ピンク色のリボン。
「何?」
「いいから、開けてみなよ」
キョトンとした顔で、なのはは箱を受け取る。
その大きさどおりに、軽い。
「なんだろ?」

箱の中には、ブローチが入っていた。
真ん中に、まばゆく輝かんばかりのダイヤモンドが一つ、埋め込まれている。

「僕の給料、三か月分だよ」
顔を上げると、視線を微妙にそらしたユーノが、真っ赤な顔で頬をポリポリ掻いていた。
『給料三ヶ月分』。
「……ぷふっ」
なのはは、思わず吹き出してしまった。
「なっ、それは流石に酷いよ、なのは」
「ふふっ、ははっ、だってユーノ君、こっちじゃそれ、時代遅れ過ぎるよ。わたしのお父さんたちの世代だよ。
っていうか、クリスマスプレゼントじゃなくて、しかも、ははははっ、ブローチじゃなくて、指輪だから……ふふっ」
「ええええええっ!?」

地球に幾らか住んでいたといっても、やはりユーノは次元世界を異にする人。
中途半端な知識が、否が応にも笑いを誘う。
「でも、ありがとう。こんなにキレイなブローチ、初めて見た」
身に着けて、鏡の前に映してみる。
「凄く似合ってるよ、なのは」
後ろから、甘く囁かれる。
「ホント?」
「ホントにホント。なのは、誰よりも綺麗だ」
頭がボーっとするほど、ユーノの言葉が心をトロトロに熔かしていく。

「……ねぇ、ユーノ君」
どうしても、今、伝えたい想いができた。
「なに?」
振り向いて、ユーノに尋ねる。
「わたし、もう一つだけプレゼントが欲しいんだけど、いいかな?」
「どうしたのさ、藪から棒に」
身体をしっかりと向き合わせて、なのはは真剣な顔でお願いした。
「あのね、ユーノ君」
「うん」
「えと、あの、その……ね」
しかし、真剣な顔はすぐに崩れてしまい、しどろもどろになる。
「どうしたの、なのは?」
なのはは、息を思い切り吸い込んで、そして一気に言った。
途切れ途切れに、けれど、何よりもはっきりと。

「ユーノ君の、苗字を、下さいっ!!」

「え、苗字? なんでそんなもの……えぇっ!?」
ユーノは、雷に打たれたかのように固まってしまった。
「つまり、その、それって……僕で、いいの?」
さっきのなのはよりも、ずっとしどろもどろになったユーノが、やっとの思いで聞き返してくる。
なのはは、もう一度念を押すように言った。
「ユーノ君しかいないの。わたしの全部を受け止めてくれる人は。
だから、『紙切れ』は、休暇願だけじゃなくて、もう一枚必要なの。婚姻届っていう『紙切れ』が」
もじもじしながら言って、ユーノの言葉を待つ。
「どう、かな?」
「……明日にでも、早速役所に行こう。なのは、これからも──いや、末永くよろしくね」
思いがけずあっという間の了承に、なのははビックリした。
「ホント? ホントに?」
「僕が嘘をついたことなんてあったっけ?」
「ううん、ないない! ユーノ君、大好きっ!!」
なのはは思いっきりユーノの胸に飛び込んだ。
勢い余って押し倒してしまったが、ユーノはしっかりと受け止めてくれた。
嬉し泣きに泣いて、なのははしばらくそのままユーノの胸に抱かれていた。

窓の外では、チラチラと真っ白な雪が舞い始めていた。
さながら、天使が落とした羽のようだった。


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ありそでなかったえち続編

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