学校。
そこは何となく、生徒たちで固められた空間だ。部外者は入ってこない。それが屋上ともなれば尚更。
「それもーらいっ」
「ああっ、私の卵焼き!」
お昼の時間、アリサはすずかとおかずの取り合いをしていた。
意味もなくただ無為に過ごす時間というのが、最近の三人にはお気に入りだった。
「っていうか、フェイトも難儀ねー。あたしたちと同い年なのに裁判がどうのこうのって」
すずかから奪った卵焼きをもぐもぐやりながら、空を見つめる。
この空の向こうの、どこかにフェイトがいるのだろうか。
ふと目を落とすと、アリサの弁当箱からミートボールが消えていた。
どうやらすずかが盗っていったらしい、本人はどこ吹く風で自分のプチトマトに手を伸ばしている。
しかしこの世界は非情なのだ、現場を目撃していなければ何も追及できない。
「くっ、やるわねすずか」
「何が?」
澄ました顔で残った卵焼きを食べるすずか。
雪辱に一瞬だけ燃えたが、バカらしくなったのでやっぱりやめた。

フェイト・テスタロッサ。
なのはと友達になったとかいう、金髪の女の子。
どこで仲良くなったのか、それは知らないし、特に知りたい訳でもない。
いつか、「わたしたちはね」と向こうから話してくれるだろう。なのははそういう人だから。
そういえば、ずすかと友達になったのも、なれたのも、なのはのお陰だった。
二年前、本気の感情をぶつけ合うことを教えてくれた。
「あの娘、好きな男の子とかいたのかしら。だったら災難よね……」
アリサは、フェイトの過去を何も知らない。なのはの口振りから考えても、全部知っている訳ではなさそうだ。
「早く戻って来なさいよ、こんなすっごい友達と付き合えないなんて災難以外の何物でもないわ」
今となっては、大事すぎる親友だ。なのはを悲しませるような真似をした輩は、男だろうと女だろうと容赦しない。
寂しがらせているフェイトだって、顔を合わせ次第おしおきの一つでもしてやりたいくらいだ。
なのはは知っている中では一番の大人だ。
だから、この娘と一緒にいると、まるで自分たちまで成長できた気がする。
いや、現に成長できているのだ、多分。
「災難?」
「ええ、災難よ。だってアンタたちは……えっ!?」
どうやら、独り言がなのはにも聞こえたらしい。
「それに付き合うって、誰と? はっ、まさかアリサちゃん……」
「ちっがーう!」
なのはが要らぬ勘違いをしてあたふたするのを必死になって否定したが、
それが得てして逆効果を生むということを、残念ながらアリサは忘れていた。
「否定するとますます怪しいね」
横ですずかまでも。明らかに話がずれていっているが、二人を止める術がない。
というか何故こいつら、ニヤニヤしているのか。何も出てこないというのに。
「ねぇねぇ、アリサちゃん誰か好きな人ができたの?」
「アリサちゃんと付き合ったら災難だよねえ、あっちこっち連れ回されそうで」
「そうそう。なんていうの……? こう、ツンとしてる感じで」
「そうだね。アリサちゃん」
……否。コイバナをするのが楽しいだけらしい。
「あっ、アンタたちこそ好きな人とかいないの!?」
二人に振って、話題の転換を図る。どこまで有効かは分からないが。
「私はいないよ〜」
間延びした声ですずかがとぼける。本当にいない人間がぼかす表現そのままだ。
一方のなのはは、何とも形容しがたいほど慌てていた。
「わたしはいないよ」
一切抑揚のない声。『いるよ』と『いないよ』を言い間違えたかのようだ。
感情がこもっていなくて逆に怖い。というかなのはに何があったのか。
フェイトの他に、誰か知らない男と会っているのか、或いはまさか、フェイトと……?
「なのは」
「な、なにかなアリサちゃん」
「ギルティー」
ピン、と指先でなのはのおでこを弾く。
どうやらクリティカルヒットだったらしく、なのはは額を押さえてうずくまった。
「うぅ、痛いよぅアリサちゃん……わたしが何をしたの?」
「いつの間にっ? あたしたちの友情はなんだったの? 一人で先駆けてんじゃないわよ」
「だ、だから何のこ……と」
見上げてきたなのはの顔が変わった。相当怖い顔でもしているのか。
「にゃ、にゃはは。やっぱりアリサちゃんはごまかせないね」
「うむ、正直でよろしい」
仁王立ちになって、なのはに肉薄する。
これで形勢逆転だ。
「そ・れ・で。お相手は?」
「そ、それは言えないかな」
「どうしてよ〜。ひょっとしておじさま?」
キャーキャー言うすずか。一体いつの間にこちら側に着いたのか。
変わり身が早すぎる。
「お相手は?」
なおも聞く。反復は尋問の基本だ。
だが、相手もだんまりを通す。
「お相手は?」
食い下がってみたが、やはりダメだった。
尋問を続けたいところだが、そろそろ昼休みも終る。
溜息を吐き、騒ぐすずかも止めて、弁当の空箱をしまいはじめた。
「話は放課後よ」
とはいえ、この手の話は鮮度とノリが命だ。
気付いたらはぐらかされているということもある。
それに何より、なのはの好きな人が誰なのか気になってしょうがない。
これがすずかのことだったらそこまで根掘り葉掘り聞くような真似はしたくないのだが。
恐らくは、フェイトという外部からの友人だろう。他にも誰か知り合いがいるようほのめかしていたようだが。
階下で予鈴がなる。もうぐずぐずしていられない。
「行くわよ、なのは、すずか」
急ぎ気味にドアを開けて、教室へとひた走る。
その後ろを、なのはとすずかの二人が追いかけてきた。

***


放課後一番、アリサはなのはに詰め寄った。
今度のすずかは、さっきほど弾けていない。
「ねぇ、なのはちゃんが好きな人って、どんな人?」
ナイス、とアリサは思った。直接的な表現を避けて、『これくらいなら』という譲歩を引き出そうとしている。
「どんな人? そうだなあ……」
なのはが話す気になっている。口下手なアリサに比べれば、すずかの何と素晴らしいこと。
ぽつりぽつりと、なのはは話し始めた。
「えっとね……フェイトちゃんよりちょっと前に会ったんだけど、優しくて、わたしのこと心配してくれたりして、
でも心配性なところがあって、それから、それから……」
賛美ばかりだ。変なのに引っかかっていないといいのだけれど。
「年は? 私たちと同じくらい?」
「うん。同い年だよ」
「もしかして、もう私たちは会ったことある?」
この質問に至って、なのはの顔は少し歪んだ。
『話してもいいのか』という疑問と、『話しても分かるのか』という戸惑いが浮かんでいる。
それでもしばしの間逡巡を重ねると、ゆっくりと口を開いた。
「うん、何度か。でも、探しても見つからないと思うよ?」
ニッコリと笑うなのは。瞳がまっすぐだから、きっとそれは真実だ。
「つまりそれは、まだあたしたちには知られたくない、ってことなのね?」
コクンと頷く。
「ま、それには慣れてるけどさ。でも、いつかちゃんと話しなさいよ?
周りが引くくらい盛大に祝ってあげるんだから」
「ありがとう、アリサちゃん」
小さく笑った。『その日は来ないかもしれないよ』という、諦観を篭る、乾いた笑いだった。

だから、アリサはなのはの背中をバシッと叩いた。
「アンタとその子がどうであれ、なのは、アンタが本気で好きになったのなら、あたしたちは何も言わないわ。
もし、変な虫だったらあたしたちがぶっ飛ばしてあげるから、心配しないでいいわよ」
「うん」
「なのはちゃん、私たちはなのはちゃんの友達だからね? ……忘れないでね」
「大丈夫だよ」
なのはの顔は清々しい。恋する乙女だからなのか、親友に向ける自然な笑顔なのか、それは分からなかった。

ところで、と家路でアリサが聞く。
「そういえばあのフェレット……ユーノだっけ? 元気にしてる?」
「あ、うん。ご飯もちゃんと食べてるし、今は家でお留守番してるよ」
一ヵ月ほど前か、なのはが怪我したフェレットを拾ったことがあった。
アリサ自身も赤毛の犬だか狼だかを保護したこともあったが、なのはの家は喫茶店だ、さぞかし大変だろう。
「ユーノく……ユーノはすっごく大人しいから、全然邪魔にもならないよ。下手すると学校に連れてきても」
「ホントっ!?」
アリサはすぐさま食らいついた。何しろ家はペットだらけなくらい動物好きなのだ。
なのはの家に行けばいくらでも会えるだろうが、学校に連れてくるのはまた違った趣と刺激がある。
「早速明日連れてきなさい、いいわね?」
「え、あ、うん、いいけど。でも、こっそりだよ?」
「もちろんよ」
ちょうどいい具合に、明日は体育だ。
着替えのどさくさに紛れてこっそり見れば、騒ぎになることもないだろう。
「よし、それじゃあの坂道まで競争よ!」
アリサは他の二人が何か言うのにも構わず走り出した。
後ろからすずかが、かなり遅れてなのはが走ってくるのが分かる。
あの坂道に着いたら、上ってみようか。それも全力で。
すずかなら追い越しかねないが、なのははどうだろう。
もし遅れてきたとしても、坂の一番上で待っていてあげよう。
スピードを上げて、アリサは坂を一気に駆け上った。


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