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高町なのはは、風の吹く丘にいた。
そばにあるのは古びた社。その境内に腰を下ろして、隣にいるもう一人の少女に話しかける。
「新しい家族、っていうと、何だか変なんだよね。
 結婚した時はしばらく、『お義姉ちゃん』って呼んでたんだけど、やっぱり恥ずかしいから元に戻しちゃった」
隣の少女は、チラチラと降ってくる雪に夢中で話半分にしか聞いていない。
なのははクスクス笑って、少女の手を取った。
冷たくてかじかんでいるけれど、それに全然負けていない元気さだ。
「おねーちゃん?」
「ううん、美由希おねーちゃんとは違うの。指輪を見れば分かるよ」
「ゆびわ? けっこんゆびわ?」
そうそう、となのはは少女の頭を撫でた。
少女はふにゃふにゃに顔を崩して、嬉しそうに笑う。
と、その時、携帯のアラームが鳴った。画面を見てみると、『そろそろお手伝い』と書いてある。
「それじゃ、行く時間だね。早くしないと、翠屋が混みすぎてパンクしちゃう」
なのはは立ち上がって、少女の手を握りなおす。
彼女もまた、なのはの顔を見上げた。
「うん、行こう、なのは」
だけど、その前に、言わなければいけないことがある。
なのはは少女の頭を触って、耳をくたっと下ろした。
「それは隠そうね、くーちゃん」
「わかった!」
そうして、二人── 一人と一匹は、仲良く手を繋いで歩き出した。
時はクリスマスイブ、なのはは四年生になっていた。

夕方にはちょっぴり早い時間、なのはと久遠は翠屋に着いた。
でも、もうお店の中は満杯で、すぐに声をかけられる。
「なのは! ちょうどよかった、レジ手伝って! エプロンはいつものところね!
 あれ、久遠も一緒にいるの? 一緒にやってくれるかしら?」
慌ただしい桃子の声。物凄く忙しそうだ。
勝手口から入って、ロッカーに行く。私服の上に黒いエプロンを重ねれば、いっぱしのウェイトレスだ。
「はい、くーちゃんも」
「くおんはいつものこれがいい」
「だーめっ。ほら、上から着れるから」
今日だけは、多少でもおめかししないといけない。
巫女服の上にエプロンをかぶせると、早速現場に投入する──高町家の教育は、けっこう厳しい。
「久遠。お客さんが言ったことをそのまま繰り返して、それをこのメモに書いてね」
「分かった!」
なのははレジに厨房に大忙し。
久遠が何をしているのか、ちゃんと見ている暇はなかったし、他の人にもなかった。
目が回りそうだったけれど、それでも夜もとっぷり暮れるまでに苦情のようなものは出て来なかった。
人の波がなくなると、忍が肩を叩いてきた。時計を見てみれば、あれまもう七時半を回っている。
「久遠、すごかったよ。『なのはのために、がんばる』なんて言いながらさ、桃子さんの司令をちゃんと聞いてるの」
「ふぇぇ、あとでちゃんとほめてあげないといけませんね」
シュークリームを幾つか詰めて、テイクアウトの人に渡す。
ノエルが来たのは、ちょうど席に空きが出始めてからのことだった。
「忍お嬢様、お迎えにあがりました」
いつものメイド服──と思いきや、何故かサンタクロースの格好。
隣で忍がクスクス笑っている。
「なんかね、『クリスマスについて興味があるので』って言うから本を読ませてあげたんだけど、これが思いの外ハマっちゃってて」
なるほど。それだけ分かれば後のことは予想がつく。
なのはは久遠に声をかけて、その場を後にした。
世間がクリスマスなら、高町家もまたクリスマス。パーティーの準備は、とっくに始まっている。
「……サンタさん?」
「ノエルさんだよっ」
久遠のボケボケ発言に軽いツッコミを入れつつ、三人はノエルの青い車に乗った。
翠屋からぱたぱた出てきた桃子に、いっぱい手を振る。
「おかーさーん、わたし先に行ってるねー! パーティーの準備、ばっちりにするからー!」
ニコニコ顔で送り出してくれた桃子に、なのはも笑顔で応える。
一路、四人で高町家へ!

「……って、高町君!!」
「なんだ忍か。早かったな。なのは、おかえり」
「ただいま、おにーちゃん! ……って、何やってるの?」
玄関から上がり、居間の片隅に荷物を並べて、キッチンまで行ってみたら『これ』だった。
料理自体は予定通りに進んでいるものの、フィアッセが恭也にものすごい勢いでぺたぺたくっついている。
いくら新婚さんだからって、人が忙しい時になんてことを!
「あ、なのはおかえり」
「ただいまー……じゃないよ! どうしてこんなになるまで放っておいたの!?」
この調子で『予定通り』な訳がない。
そのための秘策──ユーノ・スクライアである。
去年、フェレット状態の彼を助けて、そこから色々あったものの、今はこの家三人目の居候として生活している。
「う、うん。幸せそうな二人を見てたらつい……あ、でもほら料理は僕がちゃんとやってあるよ!」
「ああ、うん、そういうことなんだけどそういうことじゃなくてね……」
この家には誰も二人を止められる人はいないのか!?
なのはが頭を抱えていると、フィアッセがようやく三人の帰宅に気付いたようだった。
「あれ、ノエル? どうしたのその格好?」
「今更ですか……サンタクロースという、子供達に『夢』を与えられる存在になりたいと思って着てみたのですが……」
最後まで言い終らないうちに、フィアッセはノエルに抱きついていった。
みんな目が点になっている。
「ん〜、LOVE!」
ノエルはずーっと無表情で、久遠はぽかーんとしている。
そして恭也は──
「俺じゃダメなのか!」

半ギレだった!?

ひとしきりなでなでして戻っていったフィアッセの肩を、恭也は泣きそうな顔で揺さぶっている。
「んもう、恭也は恭也で大好きだからっ♪」
「あぁ、俺はフィアッセ一筋だけどな」
一瞬でケンカして一瞬で仲直りした二人は、また手を繋ぎながらクリームを泡立て始めていた。
なのはと忍は、お互いに顔を見合わせて苦笑した。
「レンちゃんが、『おししょーは好きな人にはとことん甘い』って言ってました」
「あ、あはは……」
何というか、幸せな二人である。新婚さんは置いといて、二人で音響の準備を始めることにした。
久遠は居間でお留守番。ノエルはフィアッセ達の料理を手伝ってもらう。
「あの二人の邪魔はしない方がいいわよ。特に高町君はノエルの身体でも真っ二つにしちゃうから」
「こらこら俺はそこまでイカれてないぞ」
聞こえていたらしい。忍はペロリと舌を出すと、なのはと一緒にマイクの配線を引き始めた。
それにしても……恭也、あの『カタブツ』とみんなに呼ばれた兄が、あそこまで顔をにやけさせるなんて。
フィアッセ・高町、恐るべし。

「ただいまー!」
「お邪魔しますー」
那美と晶が帰って来た。これなら充分すぎるくらい間に合う!
カメラの調整とか、スタンドを置いたりとかしている間に、キッチンでは次々に珍事が起きているようだった。
なのはといえば、忍と一緒にスピーカーを天上の隅に設置する作業で手がふさがっていたから、声しか聞けなかった。
「那美さんっ、あぶないっ!」
「きゃぁぁぁぁっ!」
「那美さん、お皿お皿!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「那美様、メイドたるもの……くどくど」
どうやらとんでもないドジを連発しているようだった。
しばらくするとレンも帰って来て、料理にケーキに大忙しの高町家になった。
「くおんは何もしなくていいの?」
「うーん……そうだ、お皿とかフォークとか、テーブルの上に並べてちょうだい?」
「うんっ!」
役割を与えられた久遠は嬉々としてぱたぱた那美から色々受け取って並べていた。
肝心の那美は戦力外通告でひとりぽつんとソファに座っていた。
ノエルから借りたらしいメイド服が、だぼだぼになって那美を飾っていたのだった。
ひと通りの設備を作って、料理の手伝いにでも行こうと思い、キッチンに足を伸ばしてみる。
「恭也〜、もっとこれは細かく切らないとちゃんと火が通らないんだよ?」
「お、そうか……これくらいか?」
「うんうんっ、とっても上手! 流石は私のお婿さん♪」
横でレンと晶が呆れ返っていた。包丁を持つ手がだらんと下りている。
二人同時に溜め息を吐いたのは、それからまもなくのこと。
「本当におししょーは好きな人に甘々やね」
「甘々っていうかデレデレっていうか……調子狂うっていうか。何より」
そこで一度、晶は口を切った。すぅ、と息を吸うのに合わせて、レンも同じことを考えたみたいだ。
一緒に出てきた言葉は、キレイ過ぎるくらいキレイにハモった。
「『高町恭也』らしくない!!」
「うん、確かに高町君らしくないね。」
意気投合した三人が、力強い握手で友情を確かめ合っていた。
ケンカをしないことはいいこと。
後はケーキが焼きあがるばかりとなり、一同はソファに戻って一休みすることにした。
「おにーちゃんとフィアッセさんはあっち!」
二人の背中をぐいぐい押して、キッチンへ差し戻す。
ケーキが仕上がるまでは、焼き色を見ていてもらわないといけない。
なのはもまたいちゃいちゃしている二人を放って、みんなにホットミルクを振舞った。

ところがそこでまたしても事件が起きた。
「あっ」
那美が、這わせていたコードに足を引っ掛けた。そのままびたーんと盛大に転ぶ。
その衝撃で、マイクがキィィーンと嫌な音を立てて暴れた。
ぐらぐらでも間一髪、倒れてきたスピーカーをユーノが受け止めてくれたお陰で、機材は壊れずに済んだ。
「ふえぇ、ごめんなさいー」
涙目の那美を忍が起こして、なのはと晶で音響を直す。
マイクテストをしてみたら、幸いなことに線は切れていなかった。
と、その時、玄関ががらりと開いた。
「ただいまー」
最後まで店の片付けをしていた桃子が戻ってきた。
この家で一番の大黒柱だ。ケーキ作りにかけては、世界中の誰よりも上手い。
「おかえり、かーさん。スポンジはばっちりだ」
「桃子、クリームもフルーツも準備万端よ!」
あっという間に切り替わった、二人のスイッチ。
呆れたりいつもの風景だったりな他のみんなに比べて、桃子だけにはこの二人、『裏』を見せようとしない。
もっとも、とっくにバレバレだとは思うけれど。
「さぁ、仕上げよ! フィアッセ、晶、レン、手伝って!」
意気揚々と入城する桃子。
本当にお菓子作りが好きなんだな……と、なのはははっきり感じたのだった。

さて。
「俺がやる」
「うちがやる」
料理が運ばれて、シャンパンの準備もできたのに、パーティーは始まらない。
那美がまた引っ掛けた飾り付けを元に戻したくらいの時間は経っているのに、だ。
原因はお馴染み晶とレン。
乾杯の音頭をどっちが取るのかで、果てしなく揉めまくっているのだ。
これにはなのはのお説教も届かない。どっちが勝っても、その後がメンドウなのだ。
「遅くなりましたー」
そこに、ちょうどぴったりの救世主が現れる。
2年前の花見以来、高町家との仲が随分よくなった月村家。
忍の親戚、さくらだ。
「どうしたの、みなさん?」
「ええ、実は……」
かくかくしかじか、事情を説明した。
流石にみっともない真似はできないと思ったのか、取っ組み合いになりかけていた二人は急に黙りこくって立ち尽くした。
取り合っていたマイクは、晶の手にあった。
レンと顔を見合わせて、そっとさくらの手にマイクを置く。
「さくらさん、お願いします」
「え、えぇっ」
レンがうんうん頷いている。
突然音頭を取らされたさくらは面食らっていたが、もっともらしく晶は説明を始める。
「だって、俺達で争っても仕方ないし、桃子さんとかフィアッセさんは他に譲るし、なのちゃんは裏方に徹してるし。
 那美さんか忍さんに渡しても、結局はさくらさんに回ってくるだけかと……」
しばらくうんうんうなっていたが、結局は晶と同じ結論に達したらしく、苦笑交じりにマイクを構えた。
すぅ、と息を吸う音まで、うるささを含まない、澄んだ音だった。
音響の仕込みはバッチリだ。
「さてさて……一人遅れてきてすみませんでした」
ぺこりと頭を下げるさくら。やいのやいのと合いの手が入り、忍が手を抑え、次の言葉を促す。
サッとなのはが照明を落とし、電球の間接照明でぼおっと部屋を彩った。
ついさっき仕上がったホールのクリスマスケーキに、二本のローソクが刺さっている。
「みなさんでこうして集まることができたのも、一昨年の縁が最初でした。もう三度目のクリスマスになりますが」
さくらはシャンパンのグラスに手を伸ばした。
みんなが呼応して、厳かにグラスが手に取られる。
なのはも、久遠に両手でグラスを持たせた。
「今日は、素晴らしい再会を祝して乾杯しようと思います」
さくらが軽く盃を掲げた。
まずはなのはと久遠がかちんとグラスをぶつけ、次にユーノへ。
忍と那美、晶とレン、恭也とフィアッセ、桃子と美由希。
最後にさくらとノエルが盃を交わした。
なのはも、こくこく喉を鳴らしてシャンパンを飲む。
炭酸のさっぱりした味が効いていて、とっても美味しい。
「ユーノ君、くーちゃん、美味しい?」
「実はシャンパンってこっちに来てからは初めてなんだけど、美味しいね」
「うん。しゅわしゅわー」
ユーノがシャンパンそのものに興味を持ったらしく、卓上のシャンパンを見せる。
すると、ちょっと驚いたような顔をして、キラキラした目で見返してきた。
「イギリス産だよ、これ。ミッドチルダで飲んだことあるのと似たような味だと思ったんだ」
「へぇ。そういえばミッドチルダの言葉って英語に近いんだったよね」
そんな会話をしているうちに、いつの間にやらもうワインが出ていた。
高町桃子といえば、この家で一番の酒豪だ。
一度、他のみんながばたんきゅーしているのに「だらしないわねぇ」とか言いながら夜遅くまで飲んでいるのを目撃した。
今年は──忍が『解禁』か。でも、美由希や那美もこっそり混じっていたりする。
あと二、三年もしたら、晶とレンも解禁されるだろう。
「あなた、私の子供達はみんないい子に育ったわよ。それに、新入りのユーノ君──彼もよく手伝ってくれるわ。
 これからも天国から見守っていてちょうだい」
テーブルの上に立てかけられた写真。桃子はそこに向かって乾杯をしている。
なのはもそれにならって、那美と一緒に二杯目のシャンパンを注いだ。
「アリサちゃん。天国は寒くないですか? わたし達はとっても寒いです。
 でも、今は家族のみんながいるから、全然寂しくないよ」
「見ていますか、アリサちゃん? なのはちゃん、もうこんなに大きくなったんですよ。
 アリサちゃんの分まで、私達は一生懸命に生きますから。だから、心配しないで下さいね」
写真はないから、窓の方を向く。今日はよく晴れていて、星空が綺麗だった。
ホワイトクリスマスもいいけれど、こんなすっきりしたイブの夜もいい。
ケーキに向き直ると、もうロウソクは一本消えていた。
「ふっ」
アリサの分を消す。これで、ひと通りの儀式は終った。
ユーノがそばに来て、何をやっていたのかを聞かれる。
ほんのり、さわりだけを説明する。
「アリサちゃんって言ってね。わたしの友達だったの。死んじゃったんだ……」
それっきり、なのはは静かに久遠の頭を撫でた。
よく分からないまま撫でられている久遠はといえば、ふにゃふにゃ甘えた声を出してなのはに擦り寄っていた。
「ごめんね」
「ううん、気にしないで。それに──あれ?」
宴がすっかり始まってアルコールモードになり、桃子はもう三杯目か四杯目に突入していた頃。
玄関のチャイムが鳴った。
おかしい、もう誰も来ないはずなのに?
「久しぶり」
「エリスさん! 美沙斗さん! どうして!?」
「暇は作るものさ。フィアッセは?」

毎度毎度のことだけど、どうしてこの二人は一緒に現れる上に遅刻するんだろう。
更に後ろからひょっこりゆうひが出てきた時は、腰を抜かすかと思った。
「あぁ、なのちゃんごめんなぁー。で、この物騒な拳銃使いっぽいのと剣士っぽいのはお知り合いかいな?」
なんという動物的勘だろうか。指で差した二人がぴたり一致している。
とにもかくにも、料理とお酒なら充分にある。
というか、こういう乱入に備えてわざと多めに材料を買い込んでいたのだ。
「寒いところにいるのもなんですから、中に入って下さい。きっと、みんな大歓迎ですよ」
そう、高町家の人々は飛び入りをむしろ好む。
しかも知った仲とあれば、途中から来ようが最後の最後に来ようが、何にも問題ない。
それが、そうやって何でも合わせのむことができるのが、この高町家なのだから。
「よーし、カラオケ大会行くわよ〜!」
すっかり出来上がったフィアッセが、マイクを握った。
すかさずなのはが音源の装置に配線を切り替える。
フィアッセといえば、まずはこれ。ここにいるみんななら誰でも知っている、メジャーナンバーだ。
「フィアッセさんの、『涙の誓い』です! さぁみなみなさまご清聴下さい〜!」
美しいバイオリンの音と、キラキラした電子音に飾られて、歌姫は旋律を奏で出す。
一瞬で場は静かになり、誰もが耳を傾けていた。
小さな布ずれの音だけが聞こえる、一人の舞台。
『Inspiring soul with sacred blue light...』
ちょっぴりステージは狭いけれど、みんなを魅了させるにはこれほど素敵な場所もないだろう。
歌い終ったあと、しゃっくりまじりにお辞儀をして、それに全員が拍手を送った。
「じゃあ次は……ユーノ! 頑張ってね!」
「えぇっ、僕ですか!?」
しどろもどろになっているユーノが可愛い。
なのはに耳打ちしてきた曲は、結構苦し紛れ。それでも、彼の歌声は一度聞いてみたい。
イントロが流れ始めると、みんなうんうん頷いた。
テレビで一時期よく流れた曲だ。
「ユーノ君の、『笑顔にメリークリスマス』! ぱちぱちぱちー」
そして、Aメロが始まってから、一人だけそわそわしている人がいた。
なのはは予備のマイクを持って、そっとサンタクロースに渡した。
「どうぞ、ノエルさん。カラオケ、やってみたいんですよね? 何事もチャレンジ! ですよ!」
月村家の頼れるメイドは、頼りなげに忍へ視線を送った。
彼女は親指を立てる。それを見て、ノエルもユーノとデュエットを始めた。
『ほら ふわふわ流れる雪達も笑う Winter land...』
『ほら あなたも引きつる口元ゆるめて Happy smile...』
メイドロボだというのと、歌が上手下手は関係がない……と思う。
だからこそ、初めてカラオケを歌うノエルの声は、かなり上手い方だと思った。
歌い終った後は、拍手喝采。ユーノはちょっと困ったような、恥ずかしげな顔をして、今度はなのはにマイクを渡してきた。
この後はもちろん、なのはとレンで「ねこねこロックンロール」、晶と桃子の「海峡」と続いた。
シャンパンとワインの消費量はますます増えて、パーティーというよりは宴になっていった……

──そして、楽しいパーティーはあっという間に終った。
『また』那美がコードに足を引っ掛けたり、ゆうひのリサイタルが始まったり、
レンと晶の演義……という名のバトルが始まったり、例年通り慌ただしく過ぎていった。
「くーちゃん、そろそろお風呂はいろっか」
「うん……」
桃子のペースに圧倒されて、半分以上がぐったりしている。
ユーノには介抱を頼みつつ、久遠を連れて風呂場に行った。
元が野生の動物らしく、いやいやだったけど、しっかり温まらないとカゼを引いてしまう。
シャワーをかけて、シャンプーとリンスとボディソープとをしっかり伸ばす。
その後は湯船に浸かって100まで数えた。
「ユーノくーん、お風呂上がったよー」
これは驚いていいと思うのだけど、あれだけ桃子に付き合っていたはずのフィアッセはもう回復していた。
兄はそんなに飲んでいないらしく、二人で仲良くお風呂に入っていった。
「あはは、本当にあの二人は仲がいいね。僕は恭也さん達が上がってからにするよ」
三人で片付けをして、ついでにこっそりワインを飲んでぐーすかやっている晶とレンに毛布をかけてあげた。
と、ここまで大人数で気付かなかった。
桃子とさくらがいない。
「おかーさんとさくらさんは?」
「うーん、そういえばどこだろう? エリスさんたちならそこで呆れてるけど」
美沙斗がリングで戦い抜いたボクサーみたいに壁にもたれかかっていた。
すごく遠い目をしている。エリスも似たり寄ったり。
「我が甥ながら腑抜けすぎだ……いや、兄さんも新婚当時はあんなものだったか……」
「私の好きな男があんなにデレるとは思わなかった……フィアッセめ」
「エリス、もう一杯いくか」
「美沙斗、私はかなり強いですよ?」
何だか大人の友情が成立しているようだった。
ということは、そろそろおこちゃまは寝る時間だ。
「おやすみなさい、美沙斗さん、エリスさん」
「ああ、おやすみ。よい聖夜を」
エリスの柔和な笑みを背中に受けて、なのはは久遠の手を引いて二回に登った。
美由希は……いない。きっと修行に出たんだろう。
御神の剣士というのは大変だ。
なのはは、全力で翠屋を継ぐ気満々である。
ぽふぽふとベッドの掛け布団を伸ばすと、二人で中に潜った。
随分と冷たいけれど、お風呂に入った後のぽかぽかな身体なら、ちっとも寒くない。
「おやすみ、くーちゃん」
「おやすみ、なのは」
目を閉じて、すぐに眠気がやってきた──が、最後にやっておくことがある。
もぞもぞ机の引き出しを探して、そこにあった一枚の紙切れを、プラスチックのサンタ靴に入れた。
そうして、今度こそなのははぽすんと眠りに落ちていった。

***

恭也が全身をフィアッセに洗われた状態で風呂から上がってきたのは、それから三十分ほど経ってからだった。
ユーノとすれ違ったが、どうにも酒臭い。
「おいどうした。まさか……」
「ふぇ? あぁ、恭也さん……美沙斗さんとエリスさん、強引すぎます……」
かなりフラフラだ。このまま風呂に入って血行を良くしたら、アルコールが回りすぎて倒れてしまう。
引き返して自室に戻らせ、エリスと美沙斗は一発ずつげんこつを見舞っておいた。
「ノリだったんだ、すまん」
「あぁ〜? フィアッセ、お前も飲め〜」
エリスはともかく美沙斗はべろべろだ。これで本当に御神最強の剣士なのか……
ひとしきり説教したが、酔っぱらいに通じる道理もないので諦めた。
酒の誘いを丁重に断ると、今度はなのはの部屋にこっそり向かう。
思った通り、ベッドに入ったらすぐに夢の中、だ。
なのはの「プレゼント」をねだったメモがどこかにあるはずだ。
……あった。すぐに見つかった。プラスチックの靴。よくあるおもちゃの中に、それは入っていた。
「えーと、なになに?」
暗くてよく見えない。一旦部屋を出て、フィアッセと一緒にのぞき込む。
彼女が息を深く吸ったのが、はっきり分かった。

『お母さんのおねがいをかなえてあげてください。
 お母さんは、わたしより、たくさんがんばっています。
 わたしより、お母さんのおねがいを聞いてあげて下さい。』

二人は顔を見合わせた。
桃子の願い──どんなことだろう。
『翠屋を継いでくれ』だろうか、それとも『危険なことはしないでくれ』だろうか。
出来る範囲でやろうと思う。
そう、二人で決めて、一階に戻った。灯りが点いているのは、ダイニングだけ。
そこに行ってみると、さっき出ていたものよりもワンランク高いワインを、さくらと一緒に飲んでいる桃子がいた。
「あら、あなた達まだ起きてたの」
「かーさんこそ無理するなよ」
聞けば、同じ酒豪仲間で飲み直していたのだそうだ。
忍の話、お互いの家族の話、共感できるところは話せど尽きぬという。
こんなに饒舌になった桃子を見るのは、出逢ってから初めてかもしれない。
「桃子さんって、とっても家族思いの人なのね」
「ああ、自慢のかーさんだよ。まだ若いんだから再婚を考えてくれてもいいんじゃないかって思う──いたっ」
「こらこら、あなたのとーさん以上の人はこの世にいないのよ」
穏やかな微笑を浮かべる桃子。
本当に、一途な人だ。『遺伝子』は受け継いでいないけれど、間違いなく『血』は受け継いでいると、恭也は確信した。
「それと、起きてたのはこれのためだ」
話し込んでしまって本当の目的を忘れてしまってもつまらない。
桃子に一枚の紙切れを渡す。
たった三行の文章だったけれど、それを読んだ桃子は涙ぐんでいた。
「それ、読ませてもらってもいいですか?」
さくらが手を出す。桃子は嗚咽を零しながら渡した。
それを読んだ彼女も、今までで一番の優しげな笑みを浮かべた。
「なのはちゃんらしいですね。とってもお母さん想いの、いい子です。
 桃子さんは、どんなお願いがあるのですか?」
しばらくうんうん唸っていた母は、ようやく顔を上げた。
いたずらっぽくて、でも、真剣な顔だった。
「早く、孫の顔が見たいわ。私がほんとうのおばあちゃんになる前に」

恭也とフィアッセは顔を見合わせた。
そして、互いの左手を上げる。
薬指に光っているのは、ついこの間はめたばかりの結婚指輪。
フィアッセは、そっと恭也の腕に絡んだ。
「もちろんよ。わたし、なのはと桃子のお願いなら、叶えてあげたいもの、恭也、ね?
 わたし、最初は女の子がいいな♪」
キラキラした瞳で見つめられて、たじたじになる恭也。
桃子のキラキラ攻撃にも遭って、ついにこくりと頷く。
「まぁ、善処してみるよ」
フィアッセの手を、きゅっと握る。
可愛い妹の、尊敬する母の、そして何より、愛する妻の願いなら、叶えぬ訳には参るまい。
クスクス笑うさくらから、ワインをもう一杯だけもらう。
タンニンを味わって軽く口を拭うと、パジャマ姿のフィアッセに腕を回した。
「じゃあ、早速頑張ってみるか」
「あはっ、結局恭也も男の子だね♪ いいよ、優しくしてね……?」

さくらと桃子に温かい目で見送られながら、恭也とフィアッセはその場を後にした。
後ろで、かちんと何度目かの乾杯をする音が聞こえた。

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