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フェイトがエリオ・キャロ共々休みを取った。
「お兄ちゃんは?」
「奇遇だな、僕もなんだ」
「え、ホントに? じゃあ皆でで帰ろうよ」
クロノも久々の休みが取れて、それならばと全員で海鳴へ帰省することに決めた。
リンディは地上勤務に移ってから休暇が取りやすくなり、
気づけばハラオウン家の水入らずな日々が始まっていた。

「それにしても、私がもうおばあちゃんなんてねえ」
リンディが感慨深げに言う。
彼女は下手すると、息子の嫁であるエイミィより若く見られても不思議ではない。
永遠の17歳を見事に再現したその美貌に、少なからずエイミィは畏怖を覚えていた。
「「エリオおにーちゃん、キャロおねーちゃん!」」
エリオとキャロの従兄弟、カレルとリエラがおぼつかない足取りでよたよた走り寄ってくる。
久しぶりに会った姿はとても成長していて、もう随分と背が伸びているように見える。
「えーっと……どっちがカレルで、どっちがリエラでしたっけ?」
エリオが苦笑いをしながら双子の対応に追われている。
お揃いの服にお揃いの髪型だである上に、まだまだ幼児で男女の別がつかない。
「クロノさんのお子さん、とっても可愛いですね」
「でしょ? この朴念仁から血を半分貰ってるなんて、冗談みたい」
キャロの感動に、エイミィが笑いながら答える。
それを聞き逃さなかったクロノはジト目になって、愛妻の顔を見た。
「エイミィ、それはどういう意味かな?」
「さぁ、どういう意味だろうね?」
皮肉たっぷりなクロノの一言をさらりとかわして、時計を見る。
午後の穏やかな昼下がり、日曜日のお茶会はゆるやかに過ぎていった。
「さて、クロノ君。買い物に行ってきてくれないかな? この人数でご飯作るのは今ある材料じゃ無理なんだよね」
「ああ、じゃあ行ってくるよ。美味しいご飯を頼むよ?」
再びの皮肉。但し今度は期待を沢山込めたものだ。
エイミィが料理で失敗したことは、少なくともクロノが口に入れた範囲ではない。
「合点承知! 悪いけどフェイトもお手伝いしてくれないかな?」
流石にクロノ一人では重くて持てない。かといってエイミィは家事全般が待っている。
それをやらせるよりは、兄妹で買い物に行ってきてくれた方が心が楽というものだった。
だが、フェイトが首を縦に振るより前に、エリオとキャロが手を挙げた。
「いえ、ここは僕たちが行きますよ」
「私も手伝いたいです──それもありますけど、地球の街並みも見てみたいです」
母親譲りの真剣な目で、エイミィをキラキラと見上げる。
それはフェイトを慮っているのが半分、普段訪れない場所を探検してみたいのが半分だった。
「うーん、フェイトがいいならそれでいいけど。どうする、フェイト?」
「私は構わないけど……大丈夫、二人とも?」
「はい!」
「任せて下さい!」

かくして、クロノとエリオ・キャロという奇妙な組み合わせが誕生した。
フェイトは双子の面倒を見ることで全会一致した。
何よりも子供が好きなフェイトは、喜んではしゃぎたい盛りのカレルとリエラの相手をし始めた。
が、三十分と経たずにそれを後悔することになるとは、その時のフェイトには知る由もなかった。

「地球の建物も、ミッドとあまり変わらないんですね」
「でも、高い建物が多い感じ。どうしてですか?」
商店街への道すがら、エリオもキャロも興味津々で左右をキョロキョロ見ている。
まるで田舎から出てきたおのぼりさんだ。
「日本は国土が狭いからね、こうやって高いビルを建てて皆で住むんだ。
国によっては、物凄く広い庭を持つのが当たり前のところもある」
クロノは改めて空を見上げた。竹が伸びるように、どんどん高層ビルが増えている印象がある。
気のせいかもしれないが、長い年月の間に少しずつ変わっていったのを、一度に目にしてしまったからかもしれない。
でもきっと、海鳴臨海公園の景色は変わらないだろう。
買い物の帰りに、忘れずに連れて行ってやらないといけない。
あそこの屋台でエイミィと色々食べた想い出は、今も色褪せることはないのだ。
だから、この甥と姪同然の二人にも、同じものを食べさせたい。
クロノは周囲から父親扱いされるような奇異の目線をできるだけ華麗にスルーしながら、商店街へ足を進めた。
そりゃ、いつの間にか貫禄がついてきたことは認めざるを得ないのだが。

「あら、クロノ君じゃない!」
買い物の帰り、翠屋の前を通りがかると、丁度桃子がいた。
店内は大盛況で満員、とてもではないが三人が入れる余地はなかった。
「お久しぶりです、桃子さん。……相変わらずお若いですね」
クロノは驚嘆の意を込めて発言したのだが、当の桃子は褒め言葉として受け取ったようだ。
別に他意はなし、喜んで貰う分にはいいのだが。
「やぁねぇ、褒めたって何も出ないわよ? あ、そうだ。シュークリーム買っていかない? おばさんサービスしちゃうわよ♪」
割引がぽんと出てきたが、敢えて突っ込み入れないことにした。
妻や妹、それから他の皆に土産になるだろうと二つ三つ買い、その場を後にしようとした、まさにその瞬間だった。
「クロノ君? エリオ君、キャロちゃん? わあ、久しぶり!」
店の中から出てきた二人組が、後ろからクロノを呼び止めた。
くるりと振り返ると、そこにはかつて良く見知った姿。
「すずか! アリサ!」
アリサは髪を短く切って以来、街角で出会っても気づくことができなくなった。
だが、何度か帰ってくるのを繰り返すうちにまた気づけるようになった。
慣れとは怖いものである。
「1年ぶりくらい?」
「ああ、そうだな」
「ちっとも変わってないわね。特にその可愛げのない顔」
「うるさい、これは元々だ」
本当は少しだけ歳が離れているのに、それをまったく感じさせない口調。
それが、長年の付き合いで培われた、最も心地良い友情だった。
「もうすぐノエルが迎えに来るんだけど、ちょっと家まで寄っていかない?」
「いや、悪いんだが買い物帰りでな……早くしないとエイミィにどやされる」
クロノが惜しみながらも断ると、遠くから猛スピードで迫り来る影。
それが不思議なくらいピッタリとすずかの前で止まると、中から一人のメイドが顔を出した。
「すずかお嬢様、アリサお嬢様、お迎えに上がりました──あら、クロノ様もいらっしゃいましたか。お久しぶりです」
ノエルが車から出てきた。いつものメイド服がきりっとした印象を与える。
彼女はエリオとキャロをまじまじと見て、それからクロノを見て、最後に首を傾げた。
「お子さんですか? 確かもう少し小さかったような……まさか、隠し子ですか?」
「違うよ! 僕の甥っ子と姪っ子だ」
メイドロボもボケができるのかと感心しつつ、クロノはその場を離れようとした。
だが、それを止めたのは後ろにいたアリサだった。
「まぁまぁ、ちょっと待ちなさいよ、別にノエルの車に乗っていってもいいんじゃない?
積もる話の一つや二つもあるだろうし、それくらい付き合いなさいよ」
「あぁ、それなら少しだけ……」

それがいけなかった。
あっという間にアリサとすずかに懐いてしまったエリオとキャロが、もっと話をしたいと言い出したのだ。
「フェイトの昔の話なら、あたし達の方がクロノより詳しい自信があるわよ?」
「そういう問題じゃなくてな」
「ほら、覚えてる? フェイトちゃんが初めてブラジャーつけたときのこと──」
「わぁーっ、わぁーっ!!」
義妹のこととなるとてんでダメなクロノである。
顔を真っ赤にしながら悶えている姿を見て、エリオとキャロは互いに顔を見合わせた。
「クロノさんって、なんていうか、意外な一面があったんですね」
何が問題かというと、エイミィもフェイトも賛成し始めたことである。
帰って来てアリサとすずかの話を切り出した瞬間、リンディとフェイトは顔を合わせてまくしてたてた。
「母さんに任せなさい。パパはほら、子供達と遊んでくる!」
「お兄ちゃん、私達でご飯は作っておくから、すずかの家に行って来てもいいよ」
絶対この二人は楽しんでいる。口で言わなくたって目で分かる。
材料だけ渡すと、フェイトの顔が一瞬だけ陰った後、すぐに笑顔に戻ってクロノへ言った。
「むしろ行ってきてくれると嬉しいな? 私の大切な友達と、エリオやキャロが友達になってくれるなら、それは幸せなことだから。
私はまた明日にでも会いに行くよ」
最近、フェイトはクロノを言いくるめるのが上手くなってきた気がする。
二人とも、何だかんだ言って料理を作っているのが見られたくないのだろう。
チラリと見た限り、普段は見ないような豪華さだったからだ。
結局、ノエルに送られてきた一向はとんぼ帰りして一路月村家へ向かうことになったのだった。

「久しぶりに来たけど、やっぱり広いな……」
「あはは、実は使ってない部屋沢山あるんだけどね」
部屋を準備してくる、と言って先に行ったすずか。
ゲーム機とかを忍の部屋から移す作業をノエルとするらしい。
応接室には、アリサ、クロノ、エリオ、そしてキャロが残された。
「エリオもキャロも背伸びたわねえ? 二人の身長、10年前のクロノより高いんじゃない?」
「ば、バカ言っちゃいかん」
「二人とも、初めてここに来た時のこと覚えてる? あの時はキャロがすずかをボロボロに負かしてねぇ」
「あ、覚えてます! あの時は忍さんもいましたよね」
出された紅茶を飲みながら、のんびりとした夕方を過ごす。
上で機械類を運んでいる音がしたが、ちょっと慌ただしい。多分ファリンが取り落としかけたとか、そんなんだろう。
やがてノエルが呼びに来て、すずかの部屋に入ると、そこにはいくつかのゲーム機が大画面のテレビに繋がっていた。
逆光を浴びた影が振り向くと、そこには仁王立ちしたすずかが世紀末の魔王みたいに振り向いた。
「来たね、ちびっこカップル! 今日こそ、すずかちゃんの全勝勝利!」
「……むむ、ま、負けません!」
「……負けません」
エリオが果敢にも一歩前に進み、キャロがその後ろで目に強い光を宿らせている。
──その後ろ、敷居の真上で、クロノが頭を抱えていた。
「あぁ、どうしてこうも姉妹揃って……!!」
独り言はノエルにしか聞こえなかったらしいが、そのノエルは優しくも無視してくれた。
アリサは意味が分からずクロノをじろじろ見て、取り合えず肩に手をぽんぽんと置いた。
「月村家はそんなもんよ。血なのよ、血」

結局、すずかは運動能力は他人のそれよりも飛躍的に高いものの、何故かゲームに日頃触れていないキャロが大勝した。
但しキャロの才能が高すぎるだけで、クロノもエリオもその両方にボロボロだった。

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