ブログ
「……すずか、何やってるの?」
「アリサちゃん成分を取ってるの」
「成分って……血とかは吸わないのね」
「えへへ」
珍しく、すずかがアリサにひっついている。
なのはとユーノが常時ひっつきっぱなしなのが、恐らく全ての原因だろう。
はやてとしては心の飯がたらふく食えるようで、ニヤニヤしながら事の成り行きを見守っていた。
フェイトは、幸せそうな顔のなのはを見ているのが一番楽しいらしく、微笑みを浮かべながら同じく見守っていた。
時は放課後、場所は翠屋。三月の暖かい空気が心地良く、走り出せばちょっと汗ばむ気圧が流れ込んできていた。

カランカラン♪ 鐘が鳴る音と共に、二人の影が翠屋に入ってきた。
「あ、クロノ君!」
「お兄ちゃん、どうしたのこんな時間に?」
クロノとエイミィが太陽の出ている時間に来るのは、平日ではちょっと珍しい出来事だった。
エイミィはティラミスとストレートティー、クロノはブラックコーヒーをアイスで頼んで、隣のテーブルへ座る。
「今日はたまたま仕事が早く終ったの。最近暇──いやいや、平和でねぇ、あたしらはすっごく楽」
「そういうことだ。たまには太陽の下で羽根を伸ばしたくなるものさ。
アースラにしろ家の中にしろ、ずっといたら缶詰みたいだからな」
腕を大きく伸ばしながら深呼吸をするクロノ。そこへ、エイミィの腕が絡む。
傍目にはじゃれついているように見えるが、その実はちょっと違った。
みるみるうちにクロノの顔が紅くなり、瞬間的な速さでエイミィに向き直る。
全員に分かったのはそこまでで、ぼそぼそと喋り始めた二人の声は、真後ろのすずかとアリサにしか聞こえてこなかった。
「エ、エイミィ……当たってるぞ」
「莫迦だねぇ、クロノ君は。ここんとこずっと連続勤務だったじゃない」
「だから何だっていうんだ」
「当ててんのよ。溜まってるんでしょ? おねーさんが処理してあげる」
「ばっ……真昼間から何を!」
「声が大きいよ、クロノ君」

エイミィが頬に軽くキスをすると、ウブな少年は色々限界に来たようだった。
バッと立ち上がったクロノは、そのままトイレに駆け込んでいった。
それが何を意味するのかは、今度こそ誰も知らない。
「はい、ユーノ君。あーん」
「あーん……うん、なのはのケーキは世界一だね」
「やだぁ、もぅ。ユーノ君、おだてたって何もでないよ」
「嘘じゃないよ。それに、なのはは宇宙一だよ!」
「きゃっ、そんなこと……」
真後ろと真向かいでノロケ放題のバカップルを見ていると、すずかも負けていられなくなった。
フォークに自分のモンブランを突き刺すと、躊躇いがちながらアリサの前に差し出した。
「はい、アリサちゃん、あーん」
アリサの利き腕は封じてある。咄嗟のことなのか、混乱を誘われた少女はびっくりしてのけぞった。
わあわあぎゃあぎゃあと一しきり騒いでいる間、ずっとフォークをアリサの口元から離さないでいたら、
ようやく観念したようだった。
「どうしてもダメ?」
「私はアリサちゃんに私のケーキ、食べてくれたら嬉しいなあ」
キラキラとした目で見上げると、アリサの頬に一筋の汗が流れた。
逡巡を重ねていたようだったが、ついに根負けしてすずかのフォークを口に運ぶ。
「え、ああ、まあ。うん、美味しいわよ?」

それがバカでかい引き金になったのは言うまでもない。
今度はすずかがアリサに『あーん』をねだり、金髪の少女は本気で顔を真っ赤にしながら応じた。
ようやく平常心を戻したクロノが戻ってきたが、あまりの甘ったるい空気に胸焼けしている顔だった。
「はやて、フェイト、どうして止めないんだ?」
純情少年らしい焦りを満面に出して、二人に抗議する。
だが、二人の反応は冷ややかなものだった。
「だって面白いし」
「だって幸せそうだし」

だめだこいつらはやくなんとかしないと。

クロノは改めてすずかとアリサを見た。いちゃいちゃしているのは一方的にすずかの方で、どことなく忍の面影がある。
当の本人は恭也と一緒にホールで給仕中だ。
「まったく、君らは一体……」
頭を抱えると、テーブルの上に置いてあったアイスコーヒーをぐびりと飲み干した。
口の端から垂れた雫をエイミィが拭き取っている間に近くにいた忍を呼び、コーヒーのお代りを頼む。
すずかはクロノに言われたことを神妙な顔をして考え込んでいたが、やがてフォークを置いた。
大分年上のクロノに向かって、あどけない表情を見せ、そして答えた。
「私はバニングス家の長女の、内縁の妻です」
「ぶーっ!!」
アリサが噴出したジュースははやての顔面を直撃した。或いは天罰と呼んでも差し支えないかもしれない。
全速力ですずかの胸倉を掴んだアリサは、すずかの身体をゆさゆさ揺さぶった。
「誰が、誰の、内縁の妻よ!!」
『あははー』とのらりくらり笑っているすずかに、アリサの顔は真っ赤を通り越して真紅だ。
はやてもこの発言には閉口するほかなく、ニヤニヤはいつの間にか消えてポカンと二人を見つめていた。
「そっか、女の子同士じゃ結婚できないもんね。内縁の妻か、面白い表現だね」
コトをよく理解していないフェイトが微笑えんでいる。
その義兄は、頭どころか胃まで抱え出して現状を受け入れられずにいた。
「なんで君たちは……姉妹揃って……!!」
言葉が紡げないようで、しばらくのた打ち回った挙句、全てを諦めて椅子に座り、エイミィに愚痴を零し始めた。
エイミィはあやすようにクロノの肩をぽんぽんと叩いて、普通の意味で慰める。

それからしばらく、彼らのテーブルはガラ空きだった。


小説ページへ

inserted by FC2 system