「ここ?」
 鈴が着いたのは、なんと学校の屋上。
 いつもいるはずの少女は、とっくに帰っていた。
「そうだ、ここだ。どうだ、気持ちいいだろう?」
 指を差した方には、まっ赤な太陽があった。
「男と女は、屋上かどこかで夕日を見るんだ」
 シャーペンを取り出して、また書き始める。
「うん、分かってきたぞ。こまりちゃんはこうやって物語を書いてたのか……」
 まったくすごい適応力だ。鈴は何かを考えてはカリカリ書いていく。
「んっ!」
 理樹が手持ちぶさたに見ていると、鈴の筆が止まった。
「そうか……やらなきゃ、いけないか……」
 鈴は理樹の方を向いた。
「理樹」
「なに?」
 鈴の顔が真剣そのものになった。
「あ、あのな……その、えと、あの……つまりアレだ。理樹が良いんだったら、なんだが……」
「だから、なに? 取り敢えずいってみてよ」
 いつも歯切れがいいはずの鈴が、もじもじしている。それはさっきもあったことだ。
 理樹はそれが、ちょっと新鮮だった。
「つまりだ……その……」
 鈴は息を大きく吸い込むと、一思いに言った。

「あっ……あたしと、き、キスしろ!」

「え……?」
 理樹は固まった。
「キスって、その……え!?」
 混乱して、何がなんだか分からない。
「じれったい奴だな、良いのか、ダメなのか、ハッキリしろ!」
 言うだけ言って楽になったのか、鈴は顔はまっ赤でも口はまともになった。
「そ、それは鈴と……なら、いい、けど」
 まんざらではない。でも、あまりにも急すぎる。
「それじゃ、いいんだな」
 鈴の顔が迫ってきた。
 よけようとも、なんとも、思わない。
 鈴が目の前に来て、思わず理樹は目をつぶってしまった。
「お、雰囲気あるな」
 鈴の言葉が聞こえた直後、理樹は唇にあたたかいものを感じた。
 やわらかくて、少しだけ湿っている。
「……これで、あたしの小説はおしまいだ」
 そう言って、ノートを差し出す。
 鈴が書いたのは1ページにも満たなかったが、問題は量ではない。
「鈴、今の……」
 鈴は答えなかった。
 代りに、風が吹き抜けていった。
「次は、理樹が書け」
 それが、鈴の言った最後の言葉だった。

***

「鈴、ノート僕に渡した、よね?」
「何言ってるんだ、ちゃんと受け取ってたじゃないか」
 次の日、ノートはどうしてかなくなってしまった。
 ちょっとだけ書いて、そのまま机の上に置いていたはずなのに。
「どこに行っちゃったんだろう……」
「知らん。自分で探せ」
 どこからともなく現れて、どこへともなく消えていったノート。
 謎と不思議に包まれていたが、鈴の方だけはうっすらと気づいていた。
「いや、やっぱり探さなくていい」
「?」
 鈴は、理樹の手を握った。
「ノートに物語を書くより、理樹と……その、なんだ、物語をだな……」
 うまく言葉がでない。
「と、とにかくあたしは理樹と一緒ならいいんだ」
「……そっか」
 その一言で、理樹も分かった。
「それじゃ、今日の放課後どこかに出かけようか。鈴に似合う服、買いに行こうよ」
「なんだ、突然だな」
 鈴は目を丸くしたが、次には微笑んだ。
「でも、それも悪くないな」
 蚊帳の外では、真人が悔しそうに筋トレをしていた。


「しかし、来ヶ谷も凄いな。あんな演出をするとはニクいぜ」
「恭介氏もな。どうやってあのノートを鈴君の机に忍ばせたんだ?」
 放送室で、首謀者が集まっていた。
「……ん? ノートを作ったのは来ヶ谷じゃないのか? 俺は今回ずっと観客に回ってたんだが」
「そちらこそ妙なことを言うものだな。私も鈴君と理樹君の色恋沙汰を見守っていただけだぞ」
──放送室で、二人の観客が集まっていた。
「一体誰が……?」
「少なくとも、リトルバスターズのメンバーではなさそうだが……?」

 世界のどこかで。
 一歩、幸せに近づいた二人がいた。
 一歩、不眠症に近づいた二人がいた。

(fin)


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