恭介と別れると、さっそく二人は教室に戻ってペンを取った。
「……こまりちゃんはすごいな。どーやって書いてるんだ?」
手に取ったペンは、動かないまま小一時間経ってしまった。
開いたままにまっ白なままのノートが、ちょっと哀しい。
「いきなり書くのはやっぱり無理があったね」
理樹も、何から書き始めればいいのかさっぱりだった。
「「うーん……」」
持ち主探しの時より長いため息が漏れる。
しばらくうんうんうなっていると、鈴が急に声を上げた。
「そうか、わかった! やればいいんだ!!」
何を、と理樹は聞こうとしたが、その前に鈴は理樹の手を引いて立ち上がった。
「この小説と同じことをするんだ。そうすれば、きっと面白いのができる!」
鈴は、明るい顔で走り出した。
校門前に来た。
「まず、朝は二人で登校……って、もう放課後だぞ」
だが、のっけからつまづいてしまった。
「いや、これはもう時間はどうでもいいんじゃないかな。とにかく二人がやるのが重要だと思うんだけど」
「それもそうだな。んじゃそれでいこう」
本当に、鈴は恭介に似てきた。
振り回しているようで、実際誰もが楽しんでいる。
理樹は、鈴に付き合うのは嫌いではなかった。
「で、登校する時は何をすればいいんだ……?」
──二人ははにかみながら手を繋ぎ、校門を抜けて教室へ向かっていたのだった。
「な、なにぃ!?」
鈴は心から驚いて理樹を見上げた。
「あたし、理樹と手をつなぐのか?」
「そうみたいだね」
表情をあれこれと変えて、あたふたする鈴。
一方、理樹は鈴へと手を伸ばした。
「ほら。鈴、やるんでしょ?」
鈴はしばらく理樹の顔と手を交互に見た後、そっと理樹の手を握った。
「り、理樹の手、あったかいな」
「鈴のもね」
「あ、アレだな、改めて手をにぎるときんちょーするな」
「さっきは自分から僕の手を握ってただけどね」
「なにぃ!? そんなことしたか?」
忘れようにも、ついさっき元気いっぱいに走り出した鈴を忘れるわけがない。
「間違いなくやったよ」
理樹に言われてちょっと前のことを思い出すと、鈴はやっと分かったようだ。
「あれとこれは違うんだ」
「どんな言い訳だよ、それ」
鈴は顔を赤くして「うるさいうるさい!」と叫んだ。
「行くぞ、ほら!!」
「わ、ちょっと鈴」
ギュッと手に力をこめて、鈴は理樹を引っぱって校門をくぐっていった。
「さて、次は……授業か。これは無理だな」
教室に戻ってきた。
もう、誰もいない。
「昼休み、学食でおしゃべり。よし、行くぞ理樹」
今度は、鈴は手を繋がなかった。
その代り、ものすごい早足で理樹のずっと前の方を歩いていった。
「ちょ、待ってよ鈴」
「う、うるさい! 早く来い!!」
学食に着いたが、人はほとんどいなかった。
「まだ夕飯には早いし、おにぎりでも食べる?」
「……ああ、そうだな」
鈴はさっきから上の空だ。
「どうしたの、鈴?」
聞いても、猫のようにそっぽを向かれてしまった。
「???」
おにぎりは、理樹一人で食べた。
「次はグラウンドでサッカー。女の子はその応援、か」
グラウンドはソフト部が使用していてサッカーどころではない。
遠くには、佐々美がホームランをかっ飛ばしているのが見えた。
「これは二人で応援するしかなさそうだね」
応援といっても、やることといえば遠くから見てることだけだ。
別な誰かがバッターになって、二人はグラウンドを後にした。
「次は?」
「えーと……」
ノートを見つめて、鈴は何やらシャーペンでカリカリ書き始めた。
「掃除をやる。終ったら、男の部屋で遊ぶ」
掃除はもうやり終った。ということは……
「僕の部屋で遊ぶのか。真人がいるかもしれないけど、まぁいいよね?」
鈴はいきなり複雑な顔になった。
「ああ、うん……まぁ、そうだな。うんうん、別にいいぞ」
理樹の部屋に行ってはみたが、遊ぶことを思いつかず、そのまま出てきてしまった。
「ここから白紙だ」
物語は、『彼の部屋を出ると、二人は──』で途切れていた。
「どこに行こうか?」
「どこって言われても……」
鈴と理樹、ふたりぶんの足音が響く。
空を見上げれば、オレンジ色。
もう、夕焼けの時間だ。
「夕焼け、か……」
理樹がつぶやくと、鈴は弾かれたように走り出した。
「それだ!!」
校舎の方へ大急ぎで駆け出す鈴。
「理樹、早く! 遅れるぞ!!」
「え、なに?」
鈴はそれには答えず、はつらつとした勢いで走っていった。
理樹は見失わないようにするのがやっとだった。