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「付け合せのスパゲティ、あれもっといっぱいあったら良かったのに」
佳奈多がぼそりと言った、一言。
理樹はその一言を真人に告げると、猛烈な勢いで頭を回転させ始めた。
かつてないほどの明晰さを誇っていただろう、しばらくして真人は重々しく頷いた。
「オレに任せな」

「……で、何? このラグビー部とサッカー部しか来ないような定食屋は」
「野球部──リトルバスターズも入れてくれよな」
「あなただけでしょ、こんなところに来るのは」
色褪せた、どころではない。すっかり看板のペンキが剥げている。
店の前には街灯もなく、気を抜けば素通りしてしまうような、全く目立たない店だった。
ここに来るまで、駅を降りた後、バスで市街地を抜け、大学のキャンパスを三つ抜け、
城址の側を通って橋を越え、すっかり寂れた遊園地で降りて更にてくてくと歩いてきた。
真人が「理樹から話は全部聞いた、上手い飯屋紹介してやるぜ」と半ば強引に連れてきたのだ。
呆れて帰ろうとする佳奈多の肩を、真人が引き止める。
「まーそんな邪険にするなって。ここのメシは美味いんだぜ?」
そして、そのまま引きずられるように暖簾をくぐった。
時は今、5時5分前。

「……らっしゃい」
店主の声が聞こえるなり、真人は大声で「唐揚げ定食二つ!」と叫んだ。
「女のお前にゃラスボスは倒せないからな」と真人は言って、壁のメニューを指差した。
から揚げ定食を始め、基本的に天ぷらものが多かった。
聞けば、鳥の天ぷらなんてのもあるという。
「ただ、アレは1ダースあるんだ。食いきれる訳がねえ」
「へ? 1ダース? 天ぷらが?」
「おうよ。お前ちょっと拳突き出してみ?」
佳奈多は言われた通り、手をグーにして差し出した。
真人の拳に比べると、大分小さい。
いったい何が始まるのかと思えば、真人は「これくらいだな」と言った。
「何が?」
「天ぷらの大きさ。あと、唐揚げもこれくらいあるぞ」


棗鈴が真人にハイキックを浴びせる理由がよく分かった。


「莫迦じゃないの!?」
「安心しろ、残したら俺が代りに食ってやる」
何も安心できない。
しばらくすると、というか一時間も待たされて、ようやく唐揚げ定食がやってきた。
「……なに、これ」
明らかに色々おかしい。
手榴弾みたいな唐揚げが5個、本当に拳大の大きさで転がっている。
ご飯はマンガで見るようなレベルの山盛りだ。
こんもりとそびえている上に、どう見ても茶碗ではなく丼だ。
この丼にご飯と天ぷらを載せれば天丼の出来上がりだが、そんなチャチな定食ではない。
唐揚げの下にあるキャベツも、何ちゃらサラダと呼んだ方がいいほど大量にある。
味噌汁も丼並の大きさだ。これが豚汁だったら普通に腹一杯になるに違いない。
そして、スパゲティ──毒々しい色を煌かせている。
付け合せの量をとっくに超えているが、まさか真人はこれだけのために……?
「どうだ、ありえない量のスパゲティだろう」
「……他の全部もありえない量でしょうがこの莫迦!」
今度こそハイキックを決めた。許されて然るべきだ。
だが、もう注文してしまったものを食べないのは佳奈多のポリシーに反する。
真人を斜に睨みながら、地上に突き出した海底火山のようなご飯と、ベトナムのような手榴弾の山に挑み始めた。

「おいしーい!」
莫迦デカいくせに、中までしっかり火が通っている。外はサックリと揚がり、中はジューシー。
スパゲティはちょっと辛かったが、中々に美味しい。
味噌汁の薄さだけがちょっと気になったが、唐揚げを食べ、ご飯を掻っ込み、
そして味噌汁で流し込むという流れを作ってからは、むしろそれが利点になった。
卓上にはドレッシングが置かれていて、これでキャベツへの味が調節できるようだ。
ケチャップが欲しかったが残念ながら無かったので、マヨネーズをたっぷりかけて頂くことにする。
正直、これくらいなら何とかなりそうだ。

一方、真人──
「……ぐ」
残りのご飯は1/4、唐揚げは1個。スパゲティとキャベツはなくなっていたが、そこで箸が止まっていた。
しきりにテーブルの端をトントン叩いたり、水を飲んだり、トイレに行ったり。忙しない男だった。
「何、もうお腹いっぱいなの? だらしないわね……」
ひょいと唐揚げを攫い、口に運ぶ。
既におかずがほとんど底を尽きていたので、ご飯をどうするか悩みどころだったのだ。
真人の分のご飯も貰い、一緒に食べる。すっかり完食したが、何というか、全然足りない。
店主を呼ぶと、メニューの『ラスボス』を指差した。
「あれをちょうだい」
佳奈多は自分の腹が不思議だった。ブラックホールのように、食べても食べても満たされないのだ。
店主は目を白黒させていたようで、「お客さん、さっきウチの定食食べたでしょ?」と制止を食らったが、
「ええ、でもお腹減ってるから」と一蹴した。
店主は観念したのか逆に情熱を燃やしたのか、気合を入れて大盛にし始めた。
「その程度で私を満足させられると思ってるの?」
大盛を通り越して山盛りにされた定食を前に、
一時的に復活した真人がリベンジを謳って鳥の天ぷらを2つ、ご飯を茶碗一杯分持っていったが、
全て食べきった時点でトイレに篭ってしまった。
佳奈多はといえば、それを全部完食して店主と一緒に記念写真を撮ることになった。

***

「二木佳奈多、大食い勝負で井ノ原真人を下す」
翌日の号外見出しである。作成者は女子寮長。

(了)

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