ブログ
「分かったよ!」
「オッケーだよ〜」
「ぜひやりましょう!」
「当日が楽しみね」
「……了解」
「任せて下さいー」
「心得ました」
年の瀬も迫ったその日その夜、一人の青年が商店街の片隅に数人の少女達を集めていた。
彼らは共謀して何かを企んでいるらしい。
全員が親指を立てたのを確認すると、彼らはそれぞれに夜道へと散らばった。
時は冬、雪国には辛く、しかしどこか楽しい雪の季節だった。

***

「おはよう真琴、もう朝だぞ」
「あーぅー、あと五分〜」
「もう三回目だ諦めろ」

真琴が帰ってきてから、もう数年が経つ。
それでも周りは相変わらずのスピードで進み、相変わらずの顔を見て過ごしている。
「ほら、真琴。起きなさい。今日の朝ご飯は焼き魚よ」
「やったっ!」
家主が口にした鶴の一声で、がばりと布団を跳ね除けて起きる、まだ少女の面影を残した女性。
すらりと伸びた背は平均より少しだけ高め。髪は出会った頃と同じ長さだが、寝起きでツーサイドアップは下ろしてある。
出るところは出て、引っ込むべきは引っ込んでいるのを見て、意味もなく目を逸らした。
空色のパジャマを着た彼女は「ん〜」と気持ちよさそうに伸びをすると、腕をゆっくりと下ろす。
そして目の前で突っ立っている男へと振り向き、ピシッと指を差した。
「アンタ、今あたしの身体に欲情したでしょ」
「す、するかバカ! 朝っぱらから何を言い出すんだ!」
「ふふっ、顔が真っ赤。イタズラ大成功!」
この数年ですっかり大人びた少女は、足をぱたぱた言わせて階下へと駆け下りて行った。
取り残された二人。
秋子の方は「元気ねぇ」とのほほん笑いながら部屋を後にして、最後には真琴の恋人だけが残された。

沢渡真琴。水瀬家の居候にして、一番のトラブルメーカー。
その正体は妖狐で、ものみの丘で何年も何年も、いつか必ず迎えに来てくれる人を待ち続けていた。
ようやく出会うことができたのが、一つ目の奇跡。だがそれは儚い奇跡だった。
人の姿を取り続けることは、命を一瞬のうちに輝かせることと同じだった。
その生命は、確かに一度尽き果てたはずだった……それなのに、彼女は戻ってきた。
かつて同じような悲劇を経験した後輩に言わせれば、それは、『丘に住む狐たちが授けてくれた奇跡』だという。
二度目の奇跡をも乗り越えて、戻ってきた彼女は、前よりもずっと素直に、そしてずっと綺麗になっていた。
「惚れ直したでしょ? ははっ、顔赤くしてる!」
記憶さえも融けて消えてしまいかけていたあの頃の臥せがちだった真琴と違い、今の彼女はバカの一つ覚えみたいに元気だ。
イタズラも、幼稚なものからどんどん知能犯と化している──それが頭痛の種だったりするのだが。
誰の入れ知恵なのか、もはや分からない。多分、舞以外の全員だろう。
彼氏を赤くすることにかけては、いつの間にやら誰よりも上手くなっていた。
階段を降りながら頭を抱え、そして思い出したように名雪の部屋へ行った。
「一応起こしてみるが、起きろ。イチゴパフェの匂いだけかがせるぞ」
「うにゅー……イチゴー……」
絶対に起きないのは分かっているが、長い間起こし続けようとしてみると、これが中々意地になってくる。
真琴ならそこまで苦労しないが、名雪だけはどうあっても起こしきれない。
居候を初めてから既に数年経つというのに、現在のところ全戦全敗である。
「さて……これは秋子さんがいないと無理かもしれんな」
「ぐぅ」
いくら最悪の寝起きだからといって、果たして女の子をバンバン叩いていいのか。
心なしか、けろぴーも迷惑そうな顔をしていた。そりゃ一日の半分も抱きつかれていたら誰だって嫌だろう……待て。
「真琴と半日抱き合う……か。ふむ、そんなに嫌じゃないな」
困るのはトイレとか食事くらいなものか。
──と、そこで下らない妄想を振り払う。いかんいかん、最近真琴に影響されているんじゃないか。
ニヤニヤしながら「ほら、あーんしてごらん?」とか言われるが、いつも根負けしている。
奴は意外にも根性があるのだ。
そして根性に関しては、というか名雪の寝起きに関しては割とどうでもよかったので、
すやすや寝ているのを放置して、そそくさと階段を降りた。

「バカの一つ覚えみたいに元気、といえば」
朝食の焼き鮭をほぐしていると、さっき考えていた言葉が蘇ってきた。
高校時代にできた友人のそれぞれと、気がつけば真琴は友人になっていた。
名雪と美坂姉妹、そして美汐は大学へ。佐祐理は大学院に進学し、あゆと舞は商店街で働いている。
特に栞は、病気が治ってからというもの始終飛び跳ね回り、陸上部でそこそこの成績を上げていた。
それを考えると、名雪は部活中の集中力で寝る時間が長いのではないかと勘ぐってしまう。いや、違うか。
詳しい経緯はどうだったか、真琴と一緒にいる時、たまたま栞と鉢あったことがあった。
それをきっかけに仲良くなった二人は、今でも最高の親友として付き合いがある。
出席が足りずに栞は卒業に四年かけたが、特に気にするでもなく普通に二度目の新入生たちと打ち解け、卒業していった。
今は看護学科にいるという。確かに適任だと思った。
そして真琴本人はといえば、何を思ったか専門学校で保育士の資格を取り、本当に保育園へ就職してしまった。
正月が終れば、早速仕事。秋子は当然というべきなのか、未だに職業不詳だった。
更に言えば、学校に入るための書類一式をどうやって入手したのか、それも謎だった。
住民票なんかは一体どうしたのだろうか……もはやミステリーだが、気にしてはいけないのだろう。
目の前にいる真琴は、そんなことは些細なこととばかりにご飯にぱくつき、昨日あった出来事を繰り返し聞かせてくれた。
「ケンタとタツヤがまた喧嘩してね、仲介に入ったアイをケンタが叩いちゃって、そりゃもう大変だったんだから。
でねでね、その時マサキがアイを慰めて、ユウが二人を仲介し直したの。
よくまぁ子供ながらにうまいこと社会ってできあがってるのね」
「ほう……保育士っつーのも大変だな。こっちの言うことなんか聞いちゃくれん」
「ところがねぇ、そうでもないのよ。ちゃんと話しを聞いてくれる子とか、意外に物知りな子とかもいたりしてね。
働いてないアンタには分からないかもしれないけどね」
からかうような視線で、真琴が笑う。でも、それもいつもの風景。
毎日疲れた顔で帰ってきて、次の日にはまた笑顔になって出て行く。
天職というか、よっぽどやりがいのある仕事なのだろう。
「俺だって四月から社会人だ。モラトリアムと呼んで頂こう」
自分自身、何とかかんとか、市内の企業に内定を貰った。
ますます居候の時間が長くなる……と一瞬頭を掠めたが、結局駅近くのアパートに移り住むことにした。
共働きなら、家賃もそんなに苦痛な金額ではないだろう。
「連休にでもなったら『帰って』来て下さいね。二人とも、家族なんですから」
「はい」「はーい!」
この家は、そう、居心地がいい。いつだって帰って来れる、そんな場所だ。
おかわりをして朝食を平らげると、コートを羽織り、仕事に出る真琴を送って行くことにした。

昨日も雪が降ったせいか、しゃくしゃくと道路に積もっている。
雪かきをしてくれたご近所さんのお陰で、歩きやすい道ができているのがありがたい。
「おお、そうだった。誕生日おめでとう、真琴」
「ありがと! ははっ、すっかり忘れてたのかと思った」
道すがら、真琴の頭に手を置いて、簡単に祝ってやる。
破顔した彼女は手を重ねて、「ありがと」とちょっと照れた。
「お、たまにはお前も可愛いところあるんだな」
「アンタにはいっぱい格好いいところあるじゃない」
「……いや、俺にはそんなものないぞ」
真意が計りかねる。本当にそう思っていてくれるのなら嬉しいが、イタズラの一環かもしれない。
思案に暮れながら歩いていると、思い切り鳩尾にパンチを喰らわせてきた。
勢いのままに尻餅を突き、意識が雪のように白くなる。
──あ、天国のひいばあちゃんが手を振ってる。
「ってちょっと! 冗談のつもりだったのに、起きなさいよ!」
「お前のパンチ、凄く効いたぜ……成長したな、真琴よ。俺が教えることはもうないだろう……」
「冗談いえる元気があるなら大丈夫ね! はいはい立った立った」
昔からこうも可愛げのないところは一緒である。
卒倒した身体を起こすと、背中についた雪がパラパラと落ちた。
「……ごめんね。ヘンなこと考えてないで、あんたは自分を信じなさいよ。あたしの彼氏なんでしょ?」
「ああ、わーったよ」
昔は、こうもサラッと恥ずかしいことを言うような女だっただろうか? いや、違う。
一度想いを伝え合って、戻って来た真琴は、随分と天邪鬼なところがなくなってきたように思う。
それだけ大人になったということだが、『真琴』を静かに変えていく月日は、彼女を信じられないほど魅力的にしていた。
「着いたな」
「そうね。あっ、保育園の中にまで入ってこないでよ! 最近は不審者にうるさいんだから」
「俺は不審者か!?」
思わずツッコミを入れると、ニカニカ笑いながら門をくぐっていった……と、すぐ戻ってきた。
忘れ物かと聞くと、凄く大事なモノを忘れたと言う。
引き返そうとしたその手を掴まれて足が止まり、反射的に振り向く。
「なんだ……っ!?」
「ちゅっ」

伸ばした背が迫ってくるのを、ただぼーっと眺めていた。
短いキスを終えると、真琴は照れ笑いを浮かべて手を振り、保育園の中に走っていった。
「行ってきますする時に忘れちゃった。だって一緒に来るんだもん」
そうして、恋人はサッサといなくなってしまった。
唇を押さえたまま立ち尽くしているのは、傍目にはどう見ても滑稽だった。

***

家でゴロゴロしつつ、昼過ぎに買い物へ出かけた。正月はやることも少なく、卒論もお休み。
商店街に入ると、人々で賑わっている中に、見知った顔を見つけた。
「お、栞じゃないか。お前も買い物か?」
見慣れた顔を雑踏に見かけ、声をかける。
彼女はくるりと振り向くと、ぱたぱたとストールをはためかせて小走りにやって来た。
「こんなところで奇遇ですね。ちょっと遅くなっちゃいましたけど、明けましておめでとうございます」
「おう、おめでとう。今年もよろしくな」
「はい! 真琴さんは元気にしていますか?」
「あり余ってて大変なくらいだ。少し元気を貰ってやってくれないか?」
「あはは。私も今はすっかり病気が治っちゃいましたからね、他の人に頼んだ方がいいかもしれません」
「すると、美汐あたりか?」
笑い合いながら、スーパーで買い物を済ませる。
メモを見る限り、今日は真琴の誕生日、明日はあゆの誕生日と、二人分が重なって凄いことになっていた。
プラスして、パーティーの分もある。
昨日から二回に分けて買い出しているが、持てないことはないが、歩き続けると辛い。そんな分量だ。
「そういえばあゆさん、今日は会いませんね」
「ああ。あいつ、神出鬼没だからな。いつもどこにいるのか分からないから呼ぶのに苦労した。
まぁでも、あの時ちゃんと集合かけられたからな。事前の準備はバッチリだ」
両手が塞がっていてサムズアップは出来なかったが、ニヤリと笑って意思を伝えた。
これからの予定を聞くと、一度家に帰ってから準備をするという。
「サプライズのプレゼントは決まっているのか?」
「ええ、もちろん! 安心して下さい」
二人は商店街の出口で一旦別れ、それぞれの家路に着いた。
案外あゆにも会うんじゃないかと思ったが、寒さが肌を突き刺す青空の下、ハァハァ言いながら帰っただけだった。
「名雪の奴、ちったぁ手伝えよ……」
結局名雪は夕方になってから起きて、物凄く慌てていたようである。
一方、佐祐理が一足先に来て料理を甲斐甲斐しく作っていたので、礼を言っておいた。
「いえいえー、佐祐理のでよければ腕によりをかけていっぱい作りますよー」
やがて、いい匂いが家全体に立ち込める頃、真琴を保育園まで迎えに行った。
物騒という単語からはかけ離れた区域だが、それでもという心配が一つ。
もう一つは、なるべく一緒にいたいというささやかな願いだった。

「こんばんはー!」
陽もとっぷりと暮れた頃、あゆ、栞、香里、舞、そして美汐と北川がやって来た。
真琴は自分の誕生日を祝ってくれるのを爆発的に喜び、順番にぶんぶん握手して回っていた。
「皆、ありがとう! ねねね、その紙袋はなんなの?」
ここまでは予定通り。全員が『秘密』と言ってはぐらかし、順番に名雪に渡す。
その顔が若干引きつっていたのには気付いたが、それが何故かまでは聞かなかった。
「悪いなあゆ、これの埋め合わせは明日にでもさせてもらう」
「ううん。ボクも一緒にお誕生日を祝ってもらってるし、何より二人の門出を祝福しないとだよ!」
「まだ籍は入れないけどな」
この数年で、あゆも本当に大人になった。
辞退こそされたが、明日はあゆの大好きなたい焼きをてんこ盛りで買ってやらねばならぬと決心した。
冷静に考えれば、あの1月以来、一度も食い逃げはしていないのだ。汚名は返上したと言ってもいいだろう。
「真琴、あゆちゃん、お誕生日おめでとう」
バースデーケーキは、秋子と名雪のお手製。それに続いて、プレゼントタイム。
手編みのセーターは、美坂姉妹。あゆは色とりどりのビー玉で作った、真琴のオブジェクト。
舞と佐祐理からは、クッションにもちょうどいいクマのぬいぐるみ。
北川はマンガの全冊セットだ。もちろん真琴のコレクションは事前に通知してある。
そして美汐は……
「腹巻?」
「はい。この季節、風邪でも引いたら大変ですからね。あ、大丈夫ですよ、薄くても保温性の高いものを選びましたから」
「いや、そうじゃなくてだな……」
これは彼女なりの誠意なのか、それとも全力のボケなのか──多分前者だろう。
真琴の方を見れば、嬉しさ八割その他二割の、凄く微妙な顔になっていた。
それでも、実用性の高いものであることには変わらず、嬉しそうな顔になって受け取っていた。
「そういえば──ということで、皆もう二十歳を越えてるのよね。そんな訳で!」
そう言い出して香里がバッグから取り出したのは、一本の酒瓶。
結末は見えていたが、敢えて乗ることにした。
せっかくのお祝いなのだから、ここはパーッといかなければ損ソンだ。
「よーし名雪、人数分のグラスを頼む!」
「あいあいさーだよー」
一人一人に酒を注いでいる間、真琴が残った紙袋の束を見て、「これ、見てもいい?」と聞いてきた。
全員で頭を縦に振ると、喜び勇んで駆けていった……が、名雪だけはさっきの引きつった顔をしていた。
「どうしたんだ」
「いやね、アレの中身、実は……」
「肉まんー! こっちも! こっちの袋も! うわぁ、全部肉まんだー!」
「……うん、つまりそういうことなんだよ」
一人辺り五、六個は買ってきていただろう。自分自身でも十個ほど買っていたから、合計でいえば凄まじい数になっていた。
真琴は両腕でも抱えきれないほどの肉まんを、よたよたと半分だけ持ち上げ、テーブルの上にどさりと置いた。
「あたし一人じゃこんなに食べきれないから、皆、あったかいうちに食べちゃお!」
リキュールと肉まんという奇妙にも程のある組み合わせになったが、これもまた水瀬家主催のパーティーだ。
「それじゃ、行きますか」
秋子から目配せをもらい、グラスを高く掲げる。
声は、部屋中に響いた。
「真琴の誕生日と、あゆの誕生日イブを祝して、乾杯!」
「かんぱーい!!」
そして、大人数での誕生日パーティー兼飲み会が始まった!

──が、あっという間に終った。
まずはあゆが目を回し、次に栞も目を回し、最後に舞が目を開けたまま眠った。
秋子と香里、そして美汐はどこ吹く風で飲んでいたが、リキュールのラベルは二十度を示している。
ほろ酔いの真琴、血筋なのか比較的平気だった名雪、そして他のメンバーで二人を介抱した。
舞は寝ていたのでそのまま横にし、具合の悪そうなあゆと栞には水を飲ませる。
悪酔いしたというか、どちらかといえば夢見心地のようだ。
幸いにして、摂取したアルコールの絶対量が少なかったために、安心出来るところまで回復するのはすぐだった。
「うぐぅ、お酒なんて初めて飲んだよー」
「私はチューハイばっかりでしたから、これは結構来ましたね」
舞はといえば、佐祐理に膝枕をされてくぅくぅ寝ていた。
宴もたけなわ、もう大丈夫だろうと思い、真琴を連れて居間を抜け出した。
「お前、大丈夫か?」
「まだ大丈夫よぅー……でも、これ以上飲むとちょっと危ないから、あれでよかったのかも」
「そうか、それならいいんだ」
自室に行き、窓を開けてベランダに出る。
閑静な住宅街、二階のベランダからは階下の喧騒さえ聞こえず、まして他の家であれば尚更だった。
市の中心部からは少しばかり離れているお陰で、星の輝きはそれなりにある。
ものみの丘まで行けば……もっと凄い数の星が煌めいているのだろう。
「真琴、ありがとうな」
「ふへ? 藪から棒に何よ?」
「いや、お前がいてくれたこの何年か、俺はずっと楽しかった。
今も、何だかんだと盛り上がってるし、お前がいなきゃ、もっと灰色の生活を送っていたのかもしれない」
「なっ、何よぅ、褒めたって何も出ないわよ?」
「いや、ホントのことだぞ」
「むぅ……なら、証明してみなさいよ」
ムキになって頬を膨らませる真琴。そんなところはちっとも変わっていなくて、ちょっぴり安心した。
でも、今の言葉は全部本心からの気持ちだった。それを表すために、一計を案じることにした。
真琴が持っている、半分ばかり残った肉まん。それを失敬することにしたのだ。
肉まんの残りにかぶりついてすっかり飲み込み、包み紙を捨てさせる。
「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のものだ」
「あぅー、そんな独占主義は今更流行らないわよぅ!」
口を尖らせている真琴が、そっぽを向く。その瞬間を狙って、後ろから抱き締めた。
初めて出会った時より成長した身体。甘いような香りが、ふっと漂う。
栞や美汐が聞いたら、絶対に『キザですね』なんて言われるかもしれない。
それでも、構わなかった。本当のことなのだから。

「だから、お前は俺のものだ」

真琴の心臓がドキドキ言い始めたのを、腕の中でしっかり感じ取った。
彼女は夜闇の中でもハッキリ分かるくらい顔を赤らめて、甘い吐息を吐いた。
「あ、あぅ……なんの冗談なのよ?」
「冗談で女に抱きつく奴があるか。いつだって俺は本気だ」
「あぅー、いじわる……でも、大好き」
抱きしめた腕にそっと手を重ねて、頬ずりしてくる真琴。
ほんの少し腕の力を弱めると、身体を回して向かい合った。
「真琴、愛してる。引っ越したら、すぐにでも籍、入れような」
「あぅ、あぅー……はい、喜んで」
恋人が眼を閉じた主観、唇を奪った。全てを蕩かしてしまうような、甘くて長いキス。
風は凪ぎ、星の瞬きも止まってしまったようで、二人の時計は世界のどこからも置いていかれた。
「……ぷはっ。お酒の匂い」
「ははっ、まぁファーストキスじゃないからいいだろう?」
「そういう問題のようでそうでもないけど……大人のキスって、きっとこういうものよね?」
「ああ、そうだな」
再び動き出した時は、さっきまでと変わらず静かだった。
心地良く柔らかい静寂が二人を包み、いつまでも抱き合っていた。
「春が来て、夏が来て秋が来て、そして冬になっても……ずっと一緒にいられるなら、それでもいいかな」
「奇遇だな、俺も同じ意見だ」
「ふふふっ」
「はははっ」

冷たくなった手を、そっと握る。白くて小さな手の平は、絹のように透き通っていた。
真琴がしっかり握り返してくれたのを確かめて、二人でベランダから部屋の中へと戻った。
「そろそろ下に戻ろう? あゆと栞が大丈夫か、見に行かなくちゃ」
「そうだな。あんまりいちゃいちゃしてると名雪に怒られるからな」
おでこをくっつけて、クスクス笑い合う。
二人はそのまま手を繋いで、再び階下へと降りていった。
冴え渡った夜天には、星座達がその位置を少しずつ変えながら輝き続けていた。
悠久の時を刻み続けながら、絶えることなく輝き続けていた。

小説ページへ

inserted by FC2 system