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「ね、ユーノ君」
「どうしたの、なのは?」

流星群が近づいたある夜のこと、なのははユーノ共々外出し、街並みを散歩していた。
もちろん、両親にも許可は取ってある。日常にはない特別な夜だから、快く認めてくれた。
「但し、あんまり遅れちゃダメよ」
それが、桃子と交わした約束。
ちょっとだけおめかしして、リボンを確かめて、二人っきりで出かけた。
向かったのは、神社のある方。いつか、ジュエルシードを回収した、想い出のある場所。

境内の階段に腰を下ろして、なのははそっとユーノに寄り添った。
重ねた手は、ほんのりと温かい。
「わたし、空を飛べるんだよね」
確認するように、聞いてみる。もちろんだよと返って来た声に、ほにゃほにゃと破顔した。
だったら、と続けた。もしかして、もしかすると。
「この、沢山降り注いでる流れ星の、どれか一つでもいいから、乗ってみたいな」
もちろん、流れ星の正体は知っている。
それでも、地上から見えるこの幻想に、少しでも近づいてみたかった。
「──できるよ。なのはなら、きっと」
ユーノはそっと手に込めて、熱っぽく言った。好奇心に満ちた、少年の目だ。
そうしている内にも、次から次と光条が夜空に軌跡を残していった。
なのはは意を決して、首から提げたレイジングハートに念話で聞いてみた。
「無理」と言われた時のことを考えると、声には出したくなかった。
『レイジングハートって、二人乗りできる?』
『Of course, because you're so light』(もちろんです、お二人とも軽いですから)
『やった! じゃ、ちょっとの間よろしくね』
『All right, my master. Have a good flight!』(了解しました。良き空の旅を!)

なのははゆっくりとユーノの手を解いて立ち上がると、大きく空を見上げた。
「本当に行くのかい、なのは?」
まさか本当だとは思わなかったらしいユーノ。思ったらまっすぐに行く、この高町なのはを忘れてもらっては困るのだ。
だから、ちょっとだけおしおき。
「風は空に、星は天に、輝く光はこの腕に、不屈の心はこの胸に! レイジングハート、セットアップ!」
私服のままでデバイスモードにするのは、もしかすると初めてかもしれない。
すっかり信頼を置いているユーノに対しては、まったく拒絶の反応を示さなかった。
「ユーノ君は前に乗ってね」
<<You're already master's 'family', so I can permit you to use me>>(貴方はもうマスターの『家族』です。ですから、貴方は私を使えます)
「え、ええっ!?」
なのはからもレイジングハートからもまたがるように促され、ユーノは渋々といった様子で"箒"に乗った。
その後ろでよいしょと座るなのは。何だか自転車の二人乗りみたいとクスクス笑って、
でも魔法のステッキに法律なんて関係ないよねとユーノの腰に腕を回した。
「大丈夫、デバイスだけじゃなくてわたし達の身体に魔法をかけるから、落ちたりお尻が痛くなったりはしないよ」
「いや、そういう問題じゃなくてね……」
有無を言わせず、出発を宣言する。ユーノは半分ヤケになって「飛んで、レイジングハート」と命じると、
小さなつむじ風と共に二人は空へと舞い上がった。

ぐんぐん高度を上げていく、少年と少女。地上の灯りはぽつぽつとした光点だけになって、星の力を弱められなくなっていく。
その代り、この世にはこんなにも星があったのかと驚くくらい、七色の光が空の上で輝いていた。
気付いた頃には、海鳴はおろか、視界の彼方に夢の国が見えるまでに世界は縮小された。
辺りは完全にまっくらで、ユーノの顔さえも薄暗くてほとんど見えない。
でも、明るい陽の下で見るのともまた違う、格好いいユーノの表情も見えた。
抱きついたまま、街を見下ろした。
落ちたらどうのという感覚が薄れるくらい地上が遠くて、まるで飛行機にでも乗っているみたいだった。
風を感じられる、二人しか乗れない秘密の飛行機。
「ふふっ、一度やってみたかったんだ。こうやって二人で空を飛ぶの。
誰もいない二人っきりの場所まで出かけて、星を見て、そして──」
「そして?」
後ろを向いて、ユーノが聞いてきた。なのははゆっくりと目を閉じた。
言いたいことは、一つだけ。でも、今は静かに鼓動が上がっていく。
瞳を開いて、思い切り抱きついた。一気に跳ね上がる心が、顔を首まで熱くする。
「だーいすき、って耳元で囁くの」
恋が止まらない。胸から溢れ出る気持ちを、抑えきれない。
なのはは優しくユーノにキスをすると、彼もまた応えてくれた。
吐息が耳元にかかり、くすぐったくて身体をよじる。
「ここまで来て言うのもなんだけど、僕は星よりもなのはを見ていたいな。
流れ星よりも、空に光ってる星よりも、なのはが大好きだから」
「ふふっ、わたしも。いつまでも一緒にいようね」
「もちろんだよ」
それからは、あてどもなくあちこちを飛んで回った。急降下も急上昇も急旋回もない、のんびりした空の旅。
地面を離れてから一言も語らないレイジングハートへ、なのはは小さくお礼を言った。
空では、見たこともないほど沢山の星が、天の川から零れ落ちてきたみたいに踊っていた。
音は聞こえなかったけど、きっと滑るような、風を切るような音色なのだろう。

やがて、楽しい時間にも終りは来る。
操縦のコツを覚えてきたらしいユーノは、両方の意味で名残惜しそうな顔をしながらも、ゆっくりと高度を下げた。
「ところで、さっきの『家族』っていうのは、どういう意味なんだい?」
帰る道すがら、ユーノはレイジングハートに聞いていた。確かに、そこはなのはの気になる部分でもある。
家族同然に過ごしているものの、表現としては『居候』の方が正しい気がする──まだ。
いつかは家族になりたい……それくらい大好きだけど、レイジングハートのセリフから考えるに、ちょっと早過ぎると思った。
<<'Family' is 'family'. In other word, Yuno, only without procedure you're master's husb...>>(『家族』は『家族』ですよ。言い換えれば、ユーノ、あなたは届け出ていないだけでマスターの旦n……)
「レイジングハート!」
<<No, if anything, we can call you master's wif...>>(いえ、違いますね。或いは、こう呼ぶこともできるでしょう。細ぎm……)
「もう、はやてちゃんの余計な影響を受けないで!!」
<<Sorry, my master>>(ごめんなさい)
レイジングハートを再教育すべきか、はやてと『お話』するべきか……考えていると、不意にユーノが口を開いた。
余りにも突然過ぎる言葉で、なのはは一瞬反応が遅れた。
「どっちにしても、なのはは、僕と結婚してくれる? ……僕のお嫁さんになってくれる?」
ドキン、と心がざわついた。当たり前だよと言おうとしても、口をぱくぱくさせるだけで何も言葉が出てこない。
あぅあぅ言っていると、ユーノはちょっぴり続けた。
「僕は、なのはの作ったご飯を、毎日食べていたいな。士郎さんに、翠屋を継げるかどうか聞いてみようかな」
笑うユーノと、うつむくなのは。レイジングハートは、再びの沈黙に戻っている。
こんな時ばっかり、ずるい。
「ユーノ君の、いじわる。わたしがなんて答えるかなんて、分かってるじゃない」
「うん。でも、直接なのはの口から聞きたいから」
さらっと言ってのけてみせた。もう地上は近いし、自宅だって見て分かるほどに近くなっている。
なのははユーノの腰に回した腕をちょっとだけ強く抱いて、そしてはっきりと答えた。
「大人になったら、結婚しよう。ずっと一緒にいよう。わたしが毎日、ユーノ君のご飯とお弁当、作ってあげる」
はにかみながら、二人は高町家の庭に降り立った。まだ恭也は起きているらしい。
兄の部屋に行くと「おかえり」と迎え入れられたが、ユーノを一瞥すると、
恭也は不意に手入れをしていた小太刀を握って立ち上がった。
「ユーノ」
「は、はい」
「なのはを貰って行くなら、まずは俺を倒してからにしろ」
「えええええええええええええぇぇぇぇっ!?」
「もう、お兄ちゃん! 無理に決まってるでしょ! ……っていうか、何でそんな話になるのぉ!」
本心を一発で見抜かれて、なのはもユーノも狼狽した。
何か反論しようとしても、どっしりと構えた恭也の前では全てが尻すぼみしてしまう。
ふくれっ面になっていたなのはに、恭也はぼそりと呟いてまた座った。
「今のは冗談としてもだ、お前らの手を見れば俺ですら分かる」
え、となのはは手元を見た。

部屋に入る段階で、既に二人で仲良く手を繋いでいた。

「そういうことだ。お前らも早く寝ろよ」
恭也は小太刀を鞘に収めると、着替えを持ってさっさと出て行ってしまった。
取り残された二人は、互いに見つめ合いながら、ふっと笑った。
「これからもよろしくね、ユーノ君」
「こちらこそ、なのは」
軽くシャワーだけでも浴びておきたかったけど、恭也が先に入ってしまったことだし、明日の朝にすることにした。
部屋の前まで来た時、なのははユーノに振り向いた。
「着替えるまで、入ってきちゃダメだよ」
「あはは、分かったよ」
それと、と付け加える。
誰にも聞こえないように、そっとそっと小さな声で囁いた。
「明日、一緒にお風呂入ろう?」
そしてなのはは、顔を真っ赤に染めたユーノを廊下に残して、部屋の中でパジャマに着替えた。

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