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今一度、全員が集合しているロビーへと向かう。もう一度見てみると、あの硬直した三列縦隊から一歩たりとも誰も動いていなかった。
ベルカの精鋭達は、イクスの言葉をずっと待っていたのだった。
無味乾燥な警防隊本部は、掛かっているベルカの国旗以外は一見壁と天井があるようにしか見えなかった。
しかし、そこかしこに武器が隠してあるに違いない。
「マイクは、スタンドにスイッチがあります。後はご自由に喋って下さい」
シャッハに背中を押され、壇に上がる。一個大隊、五百人の目が集まってくる。しかも、緊張するだけの余裕すらないのだ。
イクスヴェリアの精神は、時と共にますます冴え渡っていく。
各々のデバイスを床に突き立てて、直立不動を保っている彼らを目の前にして、イクスは喋り始めた。
「えー……まずは皆さん、生きていてありがとうございます」
当たり障りのない挨拶から始める。
これがその辺のスピーチ、ぶっつけ本番の発表会であったなら、もっと上がってしまって喋ろうにも言葉が出てこなかっただろう。
しかし、今は不思議と次から次へと言いたいことが溢れてくる。
それもそのはずだ、今ここでこうしている現実そのものが、口にせねばならないことなのだから。
「私達の心にある傷は、永遠に癒えないでしょう……私達は、ずっと暗い場所を見つめていました。
 しかし、今、私達は真実への航海を始めるのです。光はこの星を照らしています!」
全員が注視しているが、その集中力が高まっているのがハッキリと分かった。
ベルカの冥王として君臨していた頃のことは朧気にしか分からないが、その頃は戦闘が長期化していて誰も彼も疲弊し、病み、
誰もこんな言葉を真に受ける人はいなかった。だからこそなのだろう。イクスヴェリアも、彼らも、場の雰囲気に酔い始めていた。
「私には、とても大事な人がいます。この生命を賭けてでも、助け出したいと思う人です。
 この事件の前から……そして、この事件の後も、ずっとずっと、深く深く、その人のことを考えていました。
 皆さん! 今こそ立ち上がる刻です! 友人のために、家族のために、恋人のために、宿命のために、聖王のために、
 そして何より、国家のために! 私達は、真実に直面しなければなりません!
 人を殺めることが、生きて夢を追うのが罪ならば、全て私が赦します! 神が定めた運命など、私が越えて見せます!
 愛の全てを剣に変えて、この馬鹿げた物語に終止符を打ちましょう!」
誰かが叫んだ。それは、同意と忠誠を意味するベルカ語だった。取り憑かれたように、叫びが伝搬していく。
「Jawohl, Herr Commandant!」
やがて、叫びは斉唱になった。極めて一体感の高いアジテーションとなって、会場を熱の渦に沈めていく。
「命は果てません! ベルカ特殊警棒隊員は、許可無く死ぬことを許されません!
 夜の闇が歩むべき道を消してゆくとしても、瞳を閉じて手探りで進みましょう!
 この道に誓って下さい、宿命の火を絶やさないと! 皆さんには、想いという名の宝石があります!」
ますます声は大きく、高くなっていく。
まだ新米だと思える者、経験を積んで幾多ものテロと戦ってきた者、何の区別も差別もなく、人種や門地など何一つ関係なく、
彼らは腹の底から思いの丈を叫んでいた。
「皆さんは──諸君は、ベルカ特殊警棒隊を愛していますか?」
「生涯忠誠! 命懸けて! 闘魂! 闘魂! 闘魂!」
『覚醒』していく。イクスヴェリアの中にある、熱すぎる魂が、深い眠りから目覚めていく。
自分でも気付かない内に、『二人』は交差し、今だけの融合を果たす。
どちらが『冥府の炎王』なのか、自分でも区別が付かなくなっていた。
「よろしい……本日をもって、貴様らは『真っ当な』ベルカ国民を卒業する。
 本日から貴様らは、本物の『ベルカ特殊警棒隊員』となる。
 ダイヤモンドよりも高い硬度、ミスリルよりも高い靭性の下で、兄弟の絆に結ばれるのだ。
 貴様らが天命を全うし、女神の導きで永遠の楽園へと向かうその日までだ!
 どこにいようと国防警備隊は貴様らの兄弟だ。
 肝に命じておけ、我々は殺すために存在している。謀反のゴミクズを掃き捨てるためにだ!
 ある者は二度と戻らないだろう……死ぬだろう。許可を得ていないにも関わらず!」
何人かが泣き出した。デバイスを掲げて怒号を上げる者がいた。
うねりが生まれる前に、静粛にさせる。群衆が静粛を過ぎて落ち着きを取り戻す前に、イクスヴェリアは更に言葉を重ねた。
「だが、ベルカ特殊警防隊は永遠である。つまり、貴様らも──永遠である!
 微かな希望を剣に変えて立ち上がれ! この血を、汗を、涙を、諸君のために全て捧げようではないか!
 今こそ、時を掴み取る機が訪れたのだ! 覚悟の決めろ、これが最後の防衛線だ!
 諦めは過去の塵となる。貴様らを見守る瞳に手を上げろ!」
凄まじい勢いで、戦慄が伝搬する。次の瞬間、誰も合図をしていないのに、全員が最敬礼をした。
美しいまでに均整と同期の取れた動きに、少女は感激さえ覚える。
「後悔はするな、今の貴様らに悔いなどない! 銀で磨かれた道に出逢うために、小さな勇気を持て!
 この瞬間を明日のために生きろ! 敵を見定めろ、大きな勇気で突撃せよ!」
「Jawohl, Herr Commandant!」
「貴様らの直面する真実とは即ち、聖戦である! 古のベルカから滾々と続く、怒りと裁きの鉄槌である!
 灰に巻かれて失った貴様らの夢を胸に刻め! そうして今度は、奴らから全ての夢を奪ってやるのだ! 可及的に残虐で、可及的に惨くだ!」
ここで一旦イクスヴェリアは瞳を閉じた。演説にメリハリは必須である。過熱しすぎてはいけない。
かといって、冷ましてもいけない。人心を掌握するには、一つ一つ刻んでいかねばならないのだ。
「我らは僅かに一個大隊、千人に満たぬ敗残兵に過ぎないのだ。
 貴様らの仲間は、友は、父は、母は、兄は、姉は、弟は、妹は、恋人は、夫は、妻は、教師は、司祭は、上司は、志半ばにして散っていった。
 だが、諸君は一騎当千、疾風迅雷の最強集団だと私は確信している。
 ならば我らは、諸君と私で総力百万と一人の大軍にも等しい警防隊なのだ!」
「Jawohl, Herr Commandant!」
彼らのテンションは絶頂に達している。恍惚とした強者共は、至上の使命を与えられて、まさに水を得た魚と化していた。
あと、もう少し。死をも怖れぬ最強の軍団は、まもなく出来上がる。
「我々を忘却の彼方へと追いやり、安穏と眠りこけている連中を叩き起こすぞ! 髪の束を掴んで引きずり降ろし、毟って、刻め!
 奴らの眼を開けさせ思い出させるのだ! 連中に恐怖と悪夢と絶望と死神と地獄と復讐の味を思い出させてやるのだ!
 天と地の狭間には、奴らの哲学では思いも寄らない事があることを頭で、腕で、足で、心で、心臓で、脳で感じさせてやるのだ。
 『最後の大隊大隊指揮官より全地上部隊へ』、目標ミッドチルダ本土クラナガン首都上空!」
イクスヴェリアは直上を指差した。まっすぐに腕を伸ばし、天上を指し示す。
反射的に全員が上を向き、全てに共通する敵を見定めさせると、止めの一言を発した。
これで確実に、警防隊は掌握した。
「ベルカ・ミッド奪還作戦、状況を開始せよ! 勇敢なる同志諸君、我々の民は、ベルカとミッドの市民は、かけがえのない友であった。
 家族であり、恋人であり、司祭であり、教師であった! 鎮魂の灯火は我々こそが灯すのだ。
 今は亡き戦友達の魂で、我々のデバイスは復讐の女神となる! 絶望の篝火を見せてやれ!
 我が『冥府の炎王』の持つ究極の剣、ダーインスレイヴの裁きの下、二十二口径弾で奴らの顎あぎとを食い千切れッ!」

鳴り止まぬ喝采と、終ることのないコールを背中に受けながら、イクスヴェリアは壇上から降りた。そして、ルネッサ達の許に戻る。
「皆さんの士気、あれくらい上げれば大丈夫ですか?」
シャッハはむしろ呆れるくらいの表情でぽかんと見つめてきた。顔に何かついているのかとぺたぺた触ってみたが、何もない。
「ル、ルネッサ? この、この子は一体……?」
「さあ。ただ、間違いなく、私よりも強いですよ」
驚愕に埋まっている彼女は、それでも事実だけを飲み込んだ。そのまま、警防隊の前面に立って、隊長としての根性を見せる。
「行きますよ! 一刻も早く、我々の土地と民を我々の手に戻すのです!」
止めることのない歓声と共に、今、ベルカ最強の軍が反撃の狼煙を上げた。

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