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「オレの名前は──姓は高町、名は士郎。永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術を修めてる」

「『高町士郎』って……私のおじいちゃんの名前だよ?」
「おじいちゃんって……オレに子供とか孫とかいる訳ないでしょ?」
大分不毛な言い争いだった。ヴィヴィオは頭を抱えて、しかし何かを知っているかもしれない人の許に戻るべきだと判断した。
士郎と名乗った少年に、こっちと指を差す。
「と、取り敢えず来て。私の『仲間』が待ってるから」
ひょっとすると、こんなナリで敵のスパイかもしれない。
寝首を掻きに来たのなら、重要な情報ははやてに喋らせた方がいいと思ったのだ。
簡単な合図を空に打ち上げると、向こうからも応答が返ってきた。それをみて、歩き出す。
「ここって……どこなの?」
「詳しい地名は私も分からないけど、『ミッドチルダ』だよ。『クラナガン』っていう街があるんだけど、そこから──」
すると彼は首を傾げた。どんな字なのか想像がつかないらしい。
手近な木の幹に石で書き付けると、途中で士郎はすっとんきょうな声を上げた。
「ここ、日本じゃないの?」
「え? あ、うん。そうだよ。高町君は日本から来たの?」
ヴィヴィオは驚きを禁じ得なかった。
地球出身の人間がいるだけでも珍しいくらいなのに、まさか空から降ってきた少年が『そう』だなんて。
よくよく見てみれば、低い鼻に黒い髪。鴉色の瞳はコントラストがよくて、あまりこちらにはいないタイプの顔立ちだった。
「ああ、生まれも育ちも海鳴だよ。オレ、公園でサッカーしてたんだよ。
 ボールが茂みに飛んで行っちゃったから、探しに行ったんだ。そしたら、何か裂け目みたいなとこに落ちてさ……」
海鳴と聞いて、ヴィヴィオの心はまたざわついた。田舎の地名と同じ。
となれば、目の前にいる士郎は遠い親戚か何かなのだろうか。とにかく、はやてのところに帰るのが先決だった。
「おかえり、ヴィヴィオ……と、その子は?」
セインがヴィヴィオを迎えると、きょとんとした顔で少年をまじまじと見た。
はやても病の身体を持ち上げて、士郎の顔を見るとやはり首を傾げた。
「え、まさか彼氏? あらやだヴィヴィオさん二股ですか」
「違うよ!」
キレイに突っ込みが決まったところで、彼女は笑い出した。士郎もちょっとだけ笑って、緊張はほんのりほぐれたようだった。
同じ日本人ということもあり、特にはやての存在は大きいかもしれない。
改めて、自己紹介をする。話を聞く限り、どうにもヴィヴィオの親戚ということで間違いなさそうだった。双子の妹もいるという。
やや華奢な身体だが、それでいて武道を修めているというのは驚きをもって迎えられた。
「それじゃ、高町君はまったく訳も分からへんままここに落ちてきたんやね」
「はい。スクライアさんのおかげで助かりました」
うーんと腕組みをするはやて。しばらくするとまた腹痛を訴え、そそくさと場を後にした。
また戻ってきた時、パンと彼女は手を叩いて、自前の結論を述べた。
「生きてるっちゅうことは素晴らしいやね!」
 全員でずっこけたのは言うまでもない。

その夜、早々に焚き火を消して寝る準備をしている間、ヴィヴィオと士郎はお互いの話をしていた。
「へぇ、士郎君ってハーフだったんだ。あんまりそうは見えないね」
「よく言われるよ。でもそっちも、全然日本人らしいところがないよ」
「うん。私のパパとママは、本当のパパとママじゃないから。あっ、でも気にしないでね、今はもう、パパとママが一番だって思ってるから」
「うん、分かった。ところで、オレのことは士郎って呼んでいいよ」
「ありがとう! 私のこともヴィヴィオでいいよ、士郎君」
「よろしくな、ヴィヴィオ」
「こちらこそ」

何だか、初めて会った気はしなかった。親戚だからだろうか。多分そうだろう。その証拠に、意外なところまで一致していた。
「ウチの父さんと母さん、オレ達が生まれて十年以上も経つっていうのに、未だにアツアツでさ。どこ行っても『バカップル』って言われるんだよ……」
「私もだよ。夫婦の痴話喧嘩に巻き込まれると大変なんだもん。
 しかも一日で仲直りして『あーん』とか始めるし……子供の身にもなってよね」
「ヴィヴィオ……!」
「士郎君……!」
がっしりと固い握手を交わす。あんまりといえばあんまりな友情が、ここに成立した。
しかし二人には決定的な違いがある――ヴィヴィオは恋人たるアインハルトといちゃいちゃした挙句、
リオ及びコロナから「このバカップルめ!」と冗談混じりに罵られた経歴があるのだが、
彼にその話は酷そうだったので敢えて口にしなかった。
ふと顔を上げると、はやてが口許をひくはくさせながら苦笑いしていた。
ヴィヴィオはそばに寄っていくと、その背中をポンポンと叩いた。
「大丈夫だよはやてさん、そのうちきっと素敵な人が現れるから」
「ヴィヴィオ……そういうのを『とどめをさす』っていうんだよ」
見ればはやてはさめざめと泣いていた。しかも酌をするラガーもない。
やがて彼女はぴきんと背筋を伸ばすと地面へ大の字になった。いけない、完全に不貞腐れモードに突入してしまった。
「私、このまま『彼氏いない歴=年齢』のまま終ってまうんやろか……もう彼女でもかめへんわ。な、セイン、一発だけでいいから付き合ってくれへぶばっ」
「青少年の教育に悪いでしょーがっ!」
スパーンと小気味いい音と共に、はやてが頭を抱えて悶絶し始めた。
明らかに悪いのはヴィヴィオである。寝る前だというのに賑やか極まりない。
「……そういえば、腹減った」
必死に慰めている間、士郎がセインのそばにあった鍋を見て物欲しそうに指を伸ばした。
セインは慌ててそれを遮ると、鍋の具をすくって士郎に差し出した。
「ごめんごめん、忘れてたよ。はい、スープ。
 ちなみにそこのキノコはそこのおねーさんみたいに転がるハメになるから食べちゃダメだよ」
「え? あ、う、うん」
そして彼はガツガツ食べ始めた。よっぽど腹が減っていたのだろう、軽く目配せすると、修道女はペロリと舌を出した。
『だって、困ってる人を放っておけないじゃん? ヴィヴィオだって、男の子の友達なんて初めてなんじゃない?』
いたずらっぽく笑っていても、それなりに考えがある――それが、セインの一番いいところだ。
おかわりをしようとして即席鍋の残量が少ないことに気付き、スプーンを下ろす士郎。
「あたし達はもうお腹一杯だから、士郎が全部食べていいよ」
「本当に? ありがとう、セインさん!」
この場で、一番警戒心が強かったのは士郎だと、ヴィヴィオは断言する。
キョロキョロ目を回していたのも、はやての背後に気をつけていたのも、偶然ではない。

御神流、といったか。軽んずる訳にはいかない何かを、ヴィヴィオは感じていた。

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