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アインハルトが目覚めた時、最初に見たのは灰色の空だった。大粒の雨に、心まで冷えきる風。
「起きたみたいね」
聞いたことのある声が、傍らから耳に入ってきた。顔を上げて起き上がってみると、そこにいたのはティアだった。
しばらく頭が覚醒していなくて、どうして二人でこんなところに転がっているのか理解できなかった。
「あなただけじゃないわよ。もう一人いるわ。担いで行ける程の力がなくてごめんなさいね」
隣で気絶していたのは、ユーノだった。それでようやく、事の次第を思い出す。
崩落の瞬間に彼がゲートを開いてくれて、全員で飛び込んだのだ。
束の間、チンクと二人きりになって、ユーノと爆炎の中で再会した時、ヴィヴィオは既にいなかった。
あの娘はどこに行ったんだろう。
「まさかとは思うけど、アインハルト、ここがどこだか分かるかしら?」
「……いえ、さっぱり」
少なくとも、クラナガンやベルカの地ではなさそうだ。
一面が墓標で、幾つかは転送の影響か何かで崩れ落ちている。
敢えて表現するならば、ゲームでボスたる吸血鬼が待ち構える城の近く、といったところか。
雨足はますます強くなるばかりか、宿れるような場所もない。
ただひたすら惨めに濡れながら、ユーノを起こすしかなかった。
「最初にあたしが目覚めた時、二人共死んでるのかと思ったわ。
気絶してるだけだと分かってても、そのまま目覚めないんじゃないかって、怖かった……
でも、アインハルトが目を覚ましたのなら、きっとユーノさんも大丈夫なはずね。なのはさんのことは気がかりだけど……」
結局、あの最初の爆発からこの方、なのはには一切会えずじまいだった。きっとヴィヴィオは寂しがっている。
それに、今ここにユーノもいる。今すぐ合流するのは……無理だろう。
二人共疲れていた上に、気絶した大の男を抱えて動ける訳がなかった。
仕方なく、雨に打たれるまま彼が目覚めるのを待つ。
よく調整されたプールみたいな温度の水滴が、むしろ憎たらしいくらいだった。
「ん、んん……」
軽い呻き声。目を向けてみれば、ユーノが目を擦りつつ起き上がっていた。
やはり辺りをキョロキョロ見回し、やがてこちらを向いた。
「あ、ああ。良かった、二人共生きてて」
「それはこっちの台詞です!」
アインハルトとティアが口を揃えて叫んだ。交互に顔を見たユーノはほどなくして合点がいったらしく、はぁと溜め息を吐いた。
「ごめん、少し長く眠りすぎていたみたいだ。早いとこ移動しよう、僕らがどこにいるのか、まずは確かめないといけない」
「……って、ユーノさんここがどこか知らないんですか!」
この世が終ったような顔をして、ティアが呻いた。のろのろと立ち上がり、のろのろと歩き出す。
雨足はそこまで強くないし、気温もさして低くなかったが、混乱と恐怖で身体は心から冷え切っていた。
丘を一つ越えたところに崩れ落ちた廃墟があり、一同そこで一旦休むことにした。
どうやらかつては住人がいたらしいこの家が墓守の住処だったらしく、ここから先は割れた石畳と低木が顔を揃えているだけだった。
廃墟は手入れがされないこと久しく、残っていた基礎の部分に腰を下ろして、アインハルトは空を見上げた。
「一体、何があったというのでしょう……私達に、どうしてこんな報いがあるんですか……!」
独り言にも等しい嘆きは、雨と共に土に落ちた。ティアもユーノも無言で、言葉は少ない。
斜めになっていた石から滴り落ちる雨を飲んで、ほんの少し喉を潤す。
風にも雨にも塩気は感じられなかったから、ここが海辺でないことだけははっきりしていた……が、
そんなヒントは今何の役にも立ちそうになかった。
再び立って歩き出すのは誰もが億劫な行為だったが、それでもこの場所にずっと留まっている訳にもいかない。
結局小一時間休憩を取った後、三人でまたどこへともなく歩き始めた。
幸いなことに、丘陵地をもう一つ越えると、その向こうに村らしき集落があった。余所者には優しいと嬉しいのだが。
掠れて読めない標識を通りすぎ、村の入り口に立つと、ユーノは首を傾げた。
「僕の知らない言語だ……」
ティアも文章らしきものを見て、首を振った。アインハルトは言うには及ばず。
試しに村の中へ入ってみたが、明らかに雰囲気がミッド人やベルカ人とは違う。
ローブを深く被った男が、ふらりと路地から現れた。
雨で人通りは絶えているというのに、彼だけが散歩でもするかのように歩いてきた。
ユーノの顔をちらりと見たらしいが、黒とも焦げ茶色ともつかないローブの奥からは、何をも読み取れない。
彼はゆっくりと通りの向こう側を指差した。そのまま、指を下ろして路地の向こうへ消えていく。
まったく意味が分からなかったが、ともかく行ってみることにした。そして果たして、着いたのは宿屋だった。
ここでも無愛想な主人が対価を求めて手のひらを差し出した。
ユーノはポケットを漁った挙句、銀貨を三枚ばかり見つけて渡した。
彼はそれをじっくりみたり指で弾いたりしていたが、やがて本物だと理解すると三人を一瞥し、先に立って歩き始めた。
「あの……何か変だと思いませんか」
「僕もそう思う。でも、今は大人しく泊まろう」
案内されたのは、ベッドが一つだけの部屋。但し、ダブルどころかトリプルサイズだった。
燭台には太く長い蝋燭が三本、丁寧に並んでいる。暖炉には暖かな火が入っており、安楽椅子もきっちり三人分あった。
主人は最後にドアの向こうを指差し、一礼して出ていった。最後まで謎の存在だったが、まずは暖を取ることができそうだ。
「指差してた方、お風呂だといいわね」
柔らかく清潔なタオルで身体を拭き、三人で椅子に座って身体を暖めた。
その後はアインハルトがたまたま引き出しから下着を見つけ、揃って風呂に入りに行った……が。
「ユーノさん、お先にどうぞ」
「いやいや、ティアこそどうぞ」
無駄に長引きそうだったので、いっそのこと三人でと提案してみる。却下かと思いきや、二人は顔を見合わせて解釈の難しいため息を吐いた。

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