「わたし……いつも思うんだ」
「どうしたの、なのは、改まって?」
穏やかな風が吹く屋上。
フェイトはフェンス越しに海鳴りの街並みを眺めながら、ぽつんと呟いた。
隣には、なのは。友達になってから、もう次の春が巡ってこようとしている。
暖かくなりかけた、弱々しくも一生懸命な太陽の下、二人は街を見下ろしていた。
「フェイトちゃんと友達になれて、本当に良かったな、って思ってるの。
あんなにいっぱいぶつかりあって、それでいっぱいお話をしたのは、初めてだったから」
「えっ……」
かぁっ。顔が赤くなる。
なるべくなのはの方を見ないように、顔をあさっての方向にそらしながら、ぼそりと喋る。
「えっ、えっと、私なんかのどこがいい、のかな?」
誰かに認められた、それよりも嬉しいことがこの世にあるだろうか。
何度も何度も、対話を試みてきてくれた。こちらがいくら拒絶し、刄を向け続けても。
それは、簡単にできることではない。怖いとか、やっぱりやめようとか、そんなことは露ほども考えない。
フェイトは、そんななのはを不思議に思うところがあった。
「……んもぅ」
最初になのはが口を開いた時、出てきたのはため息だった。
ぐいっ、と両頬を手で押さえられ、無理矢理に顔を向き合わされた。
フェイトより少し背の低いなのはが、背伸びをして目線を合わせてくる。
その目は、いつもよりちょっぴり真剣で、いつもよりちょっぴり怒っていた。
「フェイトちゃん。『私なんか』じゃないよ。フェイトちゃんは、もっと自分を誇っていいんだよ!」
なのはの透き通るような、真ん丸の瞳は、思わず吸い込まれていきそう。
栗色の髪に結わえられたリボンは、かつて渡した黒い色。
ほのかに、ミルクみたいな甘い匂いが漂ってくる。
「それに、わたし言ったよね? 『ちゃんと相手の目を見ること』って」
「あ、ご……ごめんなさい、なのは」
気迫に押されていると、なのははにっこりと微笑んだ。
それはまるで天使のようで、見た人の心を柔らかく解してしまいそうだった。
「……羨ましいな」
そんな言葉が口を突いて出たのは、なのはが一瞬、眩しく見えてしまったからだった。
自分にはそんな笑顔はできない。一抹の寂しさが、胸を掠めた。
今まで、戦うことしか知らなかった。排除することばかり考えていた。
だから、どうやって笑えばいいのか、分からなかった――そう、なのはに出会うまでは。
少しずつ、一歩ずつ、笑みを浮かべられるようになってきた。
でも、なのはみたいに笑えない。見た人をほんわかな気持ちにできる、温かい表情を、作れない。
「ねぇ、フェイトちゃん。わたしもね、フェイトちゃんが羨ましいんだよ?」
「……え?」
突然、羨ましいといわれ、フェイトは面食らった。
ゆっくりと目を閉じて、なのはは自らの胸に手を当てた。
「背もわたしより高いし、髪もサラサラできれいな金髪だし」
「そんなことないよ。なのはは可愛いし、髪だって」
目を細めて、なのはが語る。
フェイトが口を開きかけた時、なのはは先に言った。
「わたし、ドンくさいから……足とか全然追い付けないし、ボールを投げたら変な方に飛んでいくし……
わたしより運動いっぱいできるじゃない?」
自分の弱さを認めて、相手の強さを認めている。なのはは、そんな女の子だ。
少女は手を後ろに組むと、フェイトに向かって囁いた。
「それに」
「それに?」
フェイトが聞き返すと、なのははぽっと頬を染めた。
ちょっと言いにくそうに一度言葉を切り、また続ける。
「フェイトちゃん、格好いいもん」
フェイトは息を呑んだ。
鼓動が高鳴って、力が溢れてくる。
今まで言われたことのない言葉だった。なんで? どうして?
そしてなのはは目を開くと、ぺろっと舌を出した。
いたずらっぽい、無邪気な子供そのものの顔。
「わたしだって、まだまだフェイトちゃんには敵わないんだよ」
言い終るか終らないかのうちに、フェイトはなのはのてをしっかりと握り締めていた。
口を突いて出てきた叫びが、心を吹き抜けていく。それは、覚えたことのない感情だった。
「な、なのはだって格好いいよ! 私の憧れだよ!!」
瞬間、見つめあう二人。
気恥ずかしくなって手を離すと、今度はなのはが目を逸らした。
「わ、わたしが憧れなんて……買い被りすぎだよ」
今度はフェイトがなのはの顔を引き戻す番になった。
そして、目を見てはっきりと言う。
「なのは……私は、なのはが誇りだよ。なのはを友達に持てたことが、すごく幸せだよ」
頑なに拒んでも、打ち負かしても、立ち上がってきた不屈の精神力。
最初は警戒だった感情は、受容の心に変わっていった。
尖り鋭かった、痛みにも似たものを、いとも簡単に溶かしてくれた。
最後まで諦めず人に訴え、そして理解するまで向き合う。
その強さ、その勇気を、格好いいと呼ばずに何と呼べばいいのか。
きょとん。フェイトが言い切った直後、なのはの目はまさにそう謳っていた。
でも、やがて満面の笑みになって頷いた。
「うん、うんっ! わたしも、フェイトちゃんが友達で、すっごく幸せだよ! ありがとう、フェイトちゃん!」
少女の手が、フェイトの手を掴んだ。
そうかと思えば、なのはらしいスピードで走り出して、振り向いた。
「遊ぼうよ、校庭で! わたし、フェイトちゃんのこと、もっともっと知りたい!」
――私もだよ、なのは。
小さな呟きは、快活に跳ねる栗色の髪を揺らす少女には、届いていないみたいだった。
でも、何度でも言おう。
初めて友達と呼んでくれた、高町なのはに、沢山伝えよう。
真っすぐな気持ちを、何度も、何度でも。
(了)