──彼らには、過酷な日々を。そして最期には、幸せな記憶を──

「あなたー、朝ですよー」
「……」
「って、ミサカはミサカは新婚夫婦みたいに一方通行を起こしてみたり」
「ウゼェ」
「ひあぅっ?」
 打ち止めに叩き起こされること、既に数か月。
朝の光というやつにはようやく慣れてきたのだが、未だに住み着いているこの少女に慣れずにいる。
「自炊しないとダメなんだよ、ってミサカはミサカは暗に一方通行を頼ってみたり」
「じゃあお前が作れ」
「それが無理だから頼んでるんだよ、ってミサカはミサカは」
「ほれ」
 あまりにうるさいので、諭吉を渡した。打ち止めは目をぱちくりさせたあと、急に明るい顔になって敬礼した。
「『ミッション:食材を買ってこい』ってことだね! ってミサカはミサカは喜びをあらわにしてみる!」
「あっ、てめっ」
「いってきまーす!」
 電光石火、打ち止めは一方通行の腕をもすり抜けて、朝の街に出かけていった。
近隣にはやたらと開店の早いスーパーがある。太陽の位置から考えて、もう営業が始まっているだろう。
あのはしゃぎっぷり、まるで「はじめてのおつかい」だ。
 ──それにしても。
 四六時中べったりな打ち止めのために、こころのところ一人で外出したことも、
一人で外出させたことも、ないに等しかった。つまりこれは一方通行にとってはじめてのおるすば……
「胸糞わりぃ」
 寝直すことを選んだ。

「あくせられ〜た〜……」
 一時間ほどして、打ち止めは帰ってきた。しょんぼりした声が、部屋のなかに虚しく響く。
「まだどこのスーパーも開いてなかったよー」
 良かった、と一方通行は一安心する。例のスーパーは打ち止めに見つからなかったらしい。
 げんなりと一方通行を揺り起こす打ち止め。安眠を妨げられた超能力者は、
寝起きのイライラも手伝って、反射的に相手を突き飛ばした。
 何を突き飛ばしたかなんて考えもしなかった。
「きゃっ」
 弾き飛ばされ、打ち止めは床に投げ出される。
 障害がなくなって安心した一方通行は再び惰眠の世界に潜り込もうと寝返りを打ったが、もう一度指先の迫る気配。
 さして考えもせず触れられた手を振り払うと、今度こそ眠りの世界へと入っていった。

 次に起きた時、辺りは既に昼だった。
太陽の光がさっさと目を覚ませとばかりに輝いている。まったくいらぬお節介だった。
「ん、あいつはどこへいったんだ」
 ふと気が付くと、打ち止めの姿がない。そして、部屋の中に変な臭いが籠もっている。まるで何かが焦げたような……?
そしてその妙な臭い、更に煙がキッチンから発生している。一方通行の脳はたちまちのうちに覚醒した。
「あんにゃろ、まさか」
 そのまさかだった。
 打ち止めはキッチンで孤軍奮闘していた。
 辺りは目を覆わんばかりの大惨事で、口で表現しようものなら昨晩のおにぎりまでが逆流しかねない。
「てめぇ、いったい何してやがる」
 有無を言わせずひょいと首根っ子を捕まえて、キッチンから連れ出す。
「なっ、なにするの! 今ちょうどいいとこなのに! ってミサカはミサカは精一杯の抗議を……」
「黙れ」
 何か色々な液体が付いたエプロンを剥いで畳み、半ば投げ捨てるように置くと、
一方通行は打ち止めを床に正座させた。もちろん、フローリングの上へ直に、だ。
「さあクソガキ、この落とし前をどうつけてくれるんだ」
「なんのことかな? とミサカはミサカは当然の疑問を――」
 一方通行は無言でテーブルをバシッと叩くと、溜まっていた欝憤を吐き散らした。
「お前のせいで家がメチャクチャになったって言ってんだよ!
大体何でいつまでものうのうと居座ってんだ、さっさとオリジナルのところでもどこにでも帰れよ!」
「ミサカは……」
「言い訳すんなっ!」
 小一時間説教が続いていため、縮こまっていた打ち止めも、もちろん当の一方通行本人も、異変に気付かなかった。
「大体お前は……ん、なんか焦げ臭くねェか?」
 さっきからずっとそうだったが、そういえば焦げがきつくなったような気がする。
「あぁっ!」
 打ち止めが立ち上がり、青い形相で走っていく。一体、何があったというのか。
 渋々一方通行は立ち上がり、キッチンの方まで歩いていく。
「うおっ?」
 惨状を超える惨状が、そこにはあった。
 鍋の中身が真っ黒になっている。そして白煙がもうもうと立ちこめていた。
「はっ、早く消さないと!」
 元栓を捻って火を止め、鍋を水に――
「あちっ!」
 触れなかった。むしろ触りたくなかった。
 鍋掴みなどという代物はない。布巾は一つしかない。
 幸いにして引火している訳ではなかったので、このまま冷えるまで放置することにした。

「あ……あ……」
 茫然と放心した顔で鍋を見つめ、ぺたりと床に座り込む打ち止め。
 やっぱりな、と溜息を吐いて、一方通行は打ち止めの頭をぽこんとはたいた。
「あとで片付けておけよ」
「……いよ」
 ぼそりと、打ち止めの声。心なしか、少し震えている。
「あ?」
 聞き返す。思い返せば、ここでもう少し優しく接しておけば、あらゆる面倒が避けられたかもしれない。
「ひ、ひどいよ……」
 一方通行を見上げた打ち止めの顔は、涙に歪んでいた。
 一瞬の混乱が、事態を余計にややこしくした。
 謝ることも何もできず、木偶のようにつっ立っていると、打ち止めは激しく泣きだした。



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