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ミッドチルダや各管理世界では『JS事件ついに終結』と大々的に報じられていたが、
機動六課、特に八神はやてのオフィスは未だ継続中。
ようやく復旧した六課隊舎への移動手続きに各方面への報告や事後処理など、部隊長として為すべき仕事は山積みだった。
「はぁ、さすがに疲れるわ……」
一日中あちこちを駆け回ったはやては、オフィスに戻るや否やネクタイを緩め、机に突っ伏して溜め息をついた。
JS事件に付随する他の事件のレポートは、当事者たちの協力もあって比較的スムーズに片付いた。
プロジェクトFについてはフェイトやエリオ、戦闘機人問題はスバルやギンガに協力してもらい、
実際の資料作成はほとんどカリムに任せきりだったため、はやて自身は大して関わっていないのだが。
ふと時計に目を遣ると、青白く光る数字はもうすぐフォワード達の訓練が終了することを告げていた。
ちょうどいいタイミングだ、気分転換も兼ねて散歩にでも出よう。

運よく、目的の人物はすぐに見つかった。
「なの……高町一等空尉」
いつもの愛称ではなく、敢えて敬称で呼びかける。
一方なのはは「お疲れ様です、八神部隊長」と敬礼を返してくる。
その後に続く妙な静寂に二人とも耐えられず、同時に吹き出した。
「お疲れのご様子だね、はやてちゃん」
まぁ色々とな、とはやては曖昧に笑う。
「なのはちゃんも訓練お疲れ様。ちょっとお願いがあるんやけど」
なのはが首をかしげ、それに合わせて星明りに照らされたサイドポニーが揺れる。
「明日、付き合って欲しい所があるんよ。無限書庫に用事があってな」
「えっ、無限書庫って……ユーノ君のところ?」
はやては頷き、その理由をこう話した。
「JS事件解決の立役者の一人であるユーノに事件の資料を確認してもらい、同時に無限書庫で保管してもらうこと」
もちろんそれ自体は事実だが、言うまでもなく本当の目的は別にあった──目の保養だ。
親しい友人の色恋沙汰ほど疲れを癒せるものは、少なくともはやてには無かった。
「なのはちゃんも退院してからずっと休んでないやろ? これは部隊長からの特別休暇や」

***

翌日、はやては午前中の訓練を終えたなのはを助手席に乗せ、地上本部へと向かう。
そこから更に転送ゲートを利用して本局に辿り着くと、なのはは目に見えて緊張していた。
しかし無限書庫の入口に着くなり、
「あっ、ユーノ君だ。はやてちゃん、静かに」
それまでの緊張感はどこへやら。
ピンと立てた人差し指を唇に当てる仕草を見せ、なのはは音を立てずにユーノの背中へと歩み寄る。
「……捕まえたっ! 私は誰でしょう」
人目もはばからず抱きついていた。その拍子に眼鏡がカシャンと音を立てて通路に落ちる。
「誰かは声で分かるけど……あっ、眼鏡が」
四つん這いになり、見当違いな方向を探し始めるユーノ。
なのははユーノの足元に落ちた眼鏡をサッと拾い、その手を背中に隠す。
そしてユーノの隣にしゃがみ込むと、わざとらしく声を掛けた。
「私も一緒に探すよ、ユーノ君」
「うん、ありがとう、なのは」
たったそれだけの一言で、なのはの笑顔は輝きを増す。
「声で分かってくれるなんて、嬉しいな」
「本当は声だけじゃなくてちゃんと顔も見たいんだけど、眼鏡が見つからないと……」
ユーノがどれだけ血眼になって床を探そうと、眼鏡は当然見つかるわけがない。
なのはがこんな悪戯をしているのを見るのは、十年来の付き合いであるはやても初めてのことだった。
「ユーノ君、そんなに目悪かったっけ」
白々しく話しかけるなのはだが、その手の中に探し物があることをユーノは気付かない。
「ここで仕事を始めてから年々視力が下がっちゃって」
「暗いところで本読んだりしちゃダメだよ」
なのはの声色が僅かに変化する。本人は無意識だろうが、ユーノはそれを敏感に察知していた。
「うん……なのは、お母さんみたいだよ」
唐突な一言に、今度は小学生に戻ったかのように声が裏返る。
「ふぇ? そう、かな」
「なのはなら、きっとヴィヴィオのいいお母さんになれるよ」
形勢逆転。すっかり動揺を隠せなくなったなのはの目前に、ユーノの顔が迫った。
「このくらいまで近づけば、なのはの顔も見えるかな」
二人の顔の距離は、どう見ても視力の悪さを伝えるものではない。
辺りはすっかり誰も寄せ付けないオーラに包まれていた。
「こうすればもっとよく見えるよ」
なのはの両手がユーノの顔を包む──眼鏡が本来の場所に戻ると、ユーノは改めてなのはの顔を見つめる。
ただでさえ近すぎる二人の距離が更に接近を始め、堪らずはやては飛び出した。
「二人ともストーップ! いちゃいちゃするのはええけど、私の用事が終わらんわっ!」
突然のはやての登場に二人はパッと離れる。紅潮を隠すように笑顔を貼り付けたなのはが、
「あ、はやてちゃんがユーノ君に用事があってここに来たんだよ」とフォローに回る。
「この前話しとった事件の資料な。今はやることがあるやろから、後ででも構わんよ。じゃごゆっくりー」
キョトンとしたままのユーノの右手にデータカードを握らせたはやては、そのまま身を翻し通路の奥へと消えていった。

残された二人は、顔を見合せて笑った。
「これもはやてちゃんなりの心遣い、かな」
「そうだね、ご好意に甘えようか」
はやての『好意』には必ず裏があるとは知りつつも、それもスリルの一つだ。
ユーノがなのはの手を握ろうとすると、なのははユーノの腕を両手でしっかりと掴んでくる。
「ユーノ君のお仕事場、見てみたいな」
こんな恰好で職場を回るのはどうかと躊躇したユーノだったが、同僚たちはむしろ歓迎してくれた。
人員増加により二人の関係を知らない者も多かったが、噂話として完全に周知されているようだった。
「司書長の未来のお嫁さんだぜ」「いや、司書長がお嫁さんだろ」
そんな声があちこちから上がり、なのははご満悦といった表情だった。

無限書庫の司書たちには、ユーノには秘密の結束があった。
司書長のデート中は書庫の一区画を立入禁止にする、という暗黙のルールだ。
司書長を上手くその区画に誘導して閉鎖空間を作り出し、何事もなかったかのように仕事に戻る。
そんな手順があるとはいざ知らず、ユーノとなのはは見事に誘導されていた。
「ここなら誰も見てないね、ユーノ君」
なのはは紅潮からのぼせるような表情に変わり、甘い吐息を漏らしてユーノに体を近づける。
「うわ、なのは、ダメだって……」
ユーノの言葉はそこから続かない。
誰も見ていないのは事実だし、止める理由が見当たらなかった。そしてユーノ自身、止めたくなかった。
なのはの腰に手を回し、体を密着させる。首筋になのはの熱い吐息がかかる。
「ユーノ君……」
名前を呼ぶ唇が、ユーノの唇で塞がれる。
甘く、優しく、次第に激しく唇同士を重ね合わせる。
その間から漏れる吐息はどちらのものか区別が付かない。
「なのは……好きだよ」
限界に達した体温に、ユーノの思考は蕩けていく。
身体と心が同じ結論を出す──今ここで、目の前の女性を愛すること。
なのはも同じ答えに達したらしく、ユーノの腕の中でピクンと跳ね上がった。

しばらくの間、吐息だけが静かな無限書庫に響いていた。

***

決定的瞬間をデジカメに収め、六課メンバーや遠く故郷のアリサやすずかにも送ってやろうと考えていたのだが、
司書たちの作り出した立入禁止に阻まれ、辛うじて目視できる程度のところに近づくのが精一杯。
そこで躊躇ってしまったのがダメだった。
はやては一人の親友として、なのはの幸せを守ってやりたいと思ってしまったのだ。
なのはとユーノの仲の良さは誰もが知っていることだし、たまにはこうしてただ静かに見守るのもいいかもしれない。
──カシャリ。
「やっぱ、私の主義に反するわ」
カメラの望遠を最大に設定し、無限書庫でのプチデートの模様を三、四枚押さえる。
いつもなら容量がオーバーするほど撮りまくるはやてだったが、今日はちょっとした「お休み」だ。
自身も充分癒させてもらったし、なにより落ち着きを取り戻した日々の中、
これから二人の関係はさらに深くなっていくだろう、この先シャッターチャンスはいくらでもある。
司書たちの協力を得ることができれば、可能性は更に広がる。
大スクープを狙いやすくなり、もちろん司書たちにも配る必要があるから、配布数も倍増だ。
一人ニヤニヤが止まらないはやてであった。

後日、ユーノとの写真がばら撒かれたことを知ったなのはは、赤面しながらも満更ではない様子だった。
一枚ばかり際どいのがあったが、その存在を知られてしまい小一時間「お話」をされたのだが、それはまた別の話。

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