「やっと晴れたね」
あれほど音を立てて降っていた雨が止んだのは夜半も過ぎた時分のことで、あちこちに大きな水溜りができていた。雲の間から顔を出した月は端が少しだけ欠けていて、明日には真ん丸になりそうだ。
「ああ、綺麗な月だ」
長い黒髪を風に揺らして、少女が同意する。話しかけられた華奢な少年とくらべると大分背が高くて、私服の二人で並んでいる姿は、少女が二人いるといっても傍目には信じてくれるだろう。
雨上がりの夜空はどこまでも遠い。ぽつぽつと広がる星々に届けようと手を伸ばしても、澄み切った空気を掴むことしかできない。
濃紺の空は透き通っていて、ひょっとするとそんな色をした海の底にいるのかもしれない。
「理樹」
「なんですか?」
唐突に、少女は問いかけた。理樹と呼ばれた少年は顔を上げ、少女を見つめる。
彼女は少女と呼べる年ではあったが、瞳に湛えた光は深く、二十歳前後にも見えるほどの雰囲気を持っていた。
「キミはこの空の下にいて、何か思うことはないかい?」
「うーん、そうだね……」
理樹は少しだけ考える仕草をしてから、少女の腰に手を回して抱きしめた。
「あなたの方が綺麗です、って言えば良いのかな、来ヶ谷さん?」
来ヶ谷と呼ばれた少女は少しだけむくれて、『八十点』と言った。
「名前で呼んでくれないか、理樹?」
少女は頬に朱を差して、そっぽを向きながら呟いた。
それじゃあ、と理樹は改めて言い直す。まっすぐに彼女を見つめて。
「月よりも、あなたの方が綺麗ですよ、唯湖さん」
「うむ、合格だ」
二人は星空の下でしばらく抱き合っていたが、どこからか聞こえてきた声のせいで、名残惜しくも身体を離した。
「またあの子猫か」
「まぁ、仕方ないよ」
ざあっ、と風が吹いて、世界は静まり返った。互いの息遣いだけがひっそりと聞こえて、それが却って苦しい。
この世界のどこかには別の誰かがいるはずなのに、人はおろか虫の一匹もいないような気分。
頭上の木々がざわざわとさざめいた。ここにはおれたちがいるぞ、と叫びたがっているかのように。
理樹はパッと体を離そうとした。誰かの気配を感じたからだったが、唯湖の方は『見せつければ良いさ』とでも言いたげにギュッと理樹を抱き締めたままだった。