今日は理樹と唯湖、二人だけのデート。いつもの喫茶店に寄って、コーヒーを飲んで。
 示し合わせた土曜日はあいにくの雨だったが、それは些細な問題だった。
「さて、そろそろ出ようか。客が一回回ってしまったぞ」
「そうだね」
 代金は理樹が一人で持とうとしたら、唯湖に堅く止められた。
「私たちは一蓮托生、運命共同体だ。だから、金銭のやりとりも平等にしてしかるべきだ、そうは思わないかい?」
 この人には敵わないな──理樹は心からそう思った。
「分かったよ。それじゃ割り勘ね」
「無論だ」
 個別会計にしてもらってちょうど半分ずつ払い、二人は喫茶店から出た。
 唯湖の顔は、不思議と晴れやかだった。

 外に出た瞬間、物陰から何かが飛び出してきた。
「うわっ」
 小柄な影。翻ったのは、シルバーブロンドの髪。そして、小犬のような体躯とすばやさ。
「クド!」
「わふ?」
 振り返った私服姿は、紛れもなくクドの姿だった。
「リキ! こんなところで何をしていたんですか?」
「いや、何を、って言われるとな、今は来ヶ谷さんと」
「ナニをしていた」
 影からぬっと唯湖が顔を出す。毎度のことながら、理樹もクドも心臓を飛び上がらせた。
「うんうん、そういう表情は堪らない。もっとおねーさんに見せなさい」
「だからね、来ヶ谷さん……」
「わふぅー、びっくりしました。それで来ヶ谷さんは何をしていたんですか?」
「私か? 私は理樹君とナニをしていた」
「え? な、何をしていたんですか?」
「ナニだ」
「『なに』?」
「来ヶ谷さん、ウソ教えちゃダメだってば! ほら、クドも信じない!」
 首をかしげるクドの頭には、ひっきりなしにクエスチョンマークが浮かぶ。理樹はそれを必死になって押し留めると、今度は唯湖に向かった。
「どうして来ヶ谷さんって、そういうことばっかりするかなぁ?」
「ん、分からないか? 楽しいからだ。他に理由など要らないと、去年言ったじゃないか」
 彼女は少しだけ考えると、やっぱり考えていないかのような台詞を吐いた。
「まぁ、強いて言うなら理樹君、キミのあたふたする顔が見たいからだな」
 またこの人は──と理樹はため息をついた。今のところ来ヶ谷唯湖という少女を丸め込む手段は一つしかない。
 女の子らしく扱ってあげて照れさせること、これしか。
「……」
 だが、今回はネタ切れだ。いくらなんでも「可愛い、可愛い」と連発するのも芸がないし、それ以前にこっちが恥ずかしくなる。
「そういえば、クドはどうしてここにいるの?」
 最後の手段、話題の転換に賭けてみた。これで彼女の気がそれれば御の字、そうでなくてもまずは場だけでも一人舞台にはさせない。
「私ですか? 私は、これです」
「何だい、これ?」
 理樹が見たところ、それは色とりどりの布生地やリボンが買い物袋に入っていた。
「何かラッピングするの?」
「いいえ、そうじゃないですよ。造花です、造花。あーとふらわー」
 言われてみれば、そういう材料が中に入っている。真実を知ると急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
「ああ、なるほど。造花ね、造花……」
「ふむ、クドリャフカ君は中々面白い趣味を持っているな」
「そんなことないですよ、ヘタの横好きですから」
 とはいえ、クドの手先は器用だ。ボールのコントロールも良ければ、箸も完璧に使いこなせている──特に箸の方は、理樹より上手い。
「クドは手芸とかが好きなの?」
 傷口をこれ以上広げないように、理樹はトゲのない話を選んだ。
「今はこれだけですね。西園さんと一緒にやってるんです」
「ああ、なるほど」
 あのもの静かな少女が読書以外にも何かやっているのが少しだけ意外だったが、しかし自分と恭介のカップリングで妄想されるよりはよっぽど良い。
よっぽど、良い。
「リキは、これからどうするんですか?」
「あ、そういえば決めてなかったな」
 予定としてはごく大雑把なものだった。
 二人で一緒に歩いて、初めてデートした喫茶店でコーヒーを飲んで──それから後のことは全くのノープラン。適当に歩きながら決めようと思っても、大粒の雨はしばらく止む気配を見せない。
「ふむ。ではクドリャフカ君もどうかね?」
「ええっ」
 唯湖の突然な申し出に、クドより先に理樹が面食らった。
「だって、西園さんの、いや、まぁとにかくあの人のは断ったのに、どうしてクドは……」
「なんだ、やきもちを妬いているのか? だとしたら光栄だな、嫉妬されるほどいい女になれたんだから」
 クドは二人が何を言っているのか分からず、ぽかんとしていた。
「彼女の場合、私たちのスイートタイムを良からぬ妄想で侵しかねないからな。それに引き換えクドリャフカ君は人畜無害だからな。それに予定もないところだし、理樹にとっては両手に花だろう?」
「それは、そうだけど」
 理樹は『予定もないところだし』に同意したつもりだったが、唯湖は別な方だと思ったらしい。
「そうだろう、そうだろう。大体、こんな可愛い娘を放っておいたら黒い連中に拉致されてしまうではないか。右にはおねーさん、左にはロリっ娘だ。きっと恭介氏なら涙を流して喜ぶだろう」
「いや、僕恭介じゃないから」
「わ、私拉致されてしまうのでしょうかっ」
「大丈夫だから」

「──はくしっ」
「またくしゃみか? お前ホントに風邪引いてるんじゃないのか」
「いや、大丈夫だ、問題ない」
「問題あるのは変態なことだな、変態」
「うわああああああああああああああああああああ」
「鈴、最近容赦なくなったな──」

「って、待ってよ。肝心のクドの意見を聞いてないじゃないか」
 思い出したように唯湖は遠い目をした。
「む、それもそうだったな。どうだねクドリャフカ君。この後の予定は? ないなら一緒に行かないか?」
 聞かれたクドは身体をぴょこぴょこさせて首を左右に振った。
「特に予定は何もないのですが、ご一緒してもよろしいのでしょうか? お二人はでーとの最中なのでしょう? お邪魔するわけには……」
「うっ」
 唯湖は『デート』の単語に反応して胸を押さえていた。やはり自分で言うのはよくても、言われるのはまったく慣れていないらしい。
 理樹個人の意見としては、そのまま慣れないでいて欲しかった。
「僕たちは……えー、構わないよ。ちょうどやることもなくなったから」
「でも……」
「デモもストもない。早く来ない時他の国に売り飛ばすぞこのロリ娘」
「いやいや、どうしてそこで強迫するのさ」
 クドの顔には恐怖と戦慄が張り付いたまま、しばらくはがれなかった。
「これは失敬。いかにも母性本能をくすぐる可愛さがクドリャフカ君にもあったのでな、つい」
「ってことは、僕にも母性本能がくすぐられるってこと? 僕ってそんなに男っぽくないかなぁ」
 せいいっぱいの抗議をしたつもりだったが、どうも好意に受け取られているようだった。
「さて、いつまでも軒下にいる訳にもいくまい。早いとこ出発しよう」
「そうだね、行こうか、クド」
「は、はい」
 こうして、妙な取り合わせのデート(?)が始まった。

 二人ぶんの傘。三人ぶんの足音。
「どこに行こうか?」
「そうだな、妥当にアクセサリーショップにでも行ってみるのはどうだ?」
 でもその前に、と唯湖は二人を連れて歩き出した。
「どこに向かっているんでしょう?」
「さぁ、多分来ヶ谷さんしか分からないどこか」
 そして果たして、その予想は当たった。
「ここダメだよ、来ヶ谷さん! 僕たち未成年でしょっ!」
「はて、おねーさんはキミに実年齢を教えた覚えはないが」
「聞くまでもないでしょ……」
「ここの主人は私と顔見知りだ。いつも気前良く割引いてくれるからこちらも大変助かっている」
「色々おかしいから」
「気まずいようなら外で待ってるといい、すぐ戻ってくるから。それじゃ、行ってくる」
 そう言って、唯湖は戸惑う理樹を置いてズンズンと中へ入っていってしまった。
「来ヶ谷さんは凄いですねー、こんな所に一人で入れるなんて。私なんて制服を着ていても小学生に間違われてしまいます、しまいます、しまいます……」
 一人エコーを残してぼやくクド。確かに、クドなら制服姿でさえ高校生に見えることは──本人には失礼だろうが──ないだろうと、理樹はぼんやり考えた。
「でも、クドはクドのままでいいと思うよ」
 それは自分自身に宛てた言葉だったのかもしれない。
 クドはゆっくりと理樹へ顔を向けた。
「リキも、リキのままでいいと思いますよ」
 理樹は、まっすぐクドに見つめられていた。
「そうだね……うん、そうだ、何か分かったよ。ありがとう、クド」
「どういたしまして、リキ」
 破顔したクドの顔を見て和んでいるうちに、唯湖が帰って来た。
「ん、どうした? 私の顔に何かついてるのか?」
「そういう訳じゃないけど、その荷物は?」
「これか、なぁに、大して重くはない」
 唯湖は種々雑多な酒瓶を抱えていた。
「キミがいつぞや思い描いていたように、ラム酒も買ってきてあるぞ。あとはコーヒー用のブランデーだろ、日本酒、ウォッカ、テキーラ……」
 スパークリングワインもあるぞ、と唯湖はダークグリーンの瓶を取り出そうとしたが、理樹の『見せなくていいから』の一言で一蹴された。
「……それにしても、なんでラム酒だって分かっちゃったんだろう」
 理樹は独り言のつもりだったが、本人にはしっかり聞こえていた。
「なに、世にあまねく少年たちの心情は理解しているつもりだよ、私は」
 いつもエロいことばっかり考えてるわけじゃないんだけど……と理樹は言おうとしたが、その後の展開が目に浮かんだのでやっぱり止めた。
 唯湖は意味深な笑みを残して二人の間をすり抜ける。
「ほら、次行くぞ? 適当に見て回ったらいい感じにお昼時になるだろうしな」
「わっ、ま、待ってください〜」
 まったく重さを感じさせない足取りで歩く唯湖に、理樹は改めて思ったのだった──かっこいい、と。


戻る
←面白かったらポチッとお願いします♪
小説ページへ

inserted by FC2 system