「なのはにはこういうのが似合うんじゃないかな」
「あっ、それも可愛いね。でもこっちもいいなぁ……」
フェイト・テスタロッサは、親友の高町なのはと買い物に出ていた。
今日は二人だけのお出かけ、男子禁制。
つまりは、服のお買物。

大きなショッピングモールの中にある一角を色々見て回って、お気に入りを探す。
モールに着いてからこの方、なのはの浮き立ちようときたら、そのまま魔法もなしに空へ飛んで行きそうだった。

「フェイトちゃんと二人でお買い物なんて、久しぶりだね」
「うん。このところずっと一緒にいられなかったから」
互いの服を見繕いながら、フェイトはなのはの顔を見つめる。端目にもなのははニヤニヤしていた。
もちろん、その理由は知っている。もうすぐユーノが遺跡調査から帰ってくるのだ。
遠くの次元世界から、確か一ヵ月ぶりだろうか。
連絡もまともに取り合えない距離らしく、しばらくなのはは元気のない日々が続いていた。
心配なのは十分、痛いほど分かる。
自分自身、何かの折になのはと離れ離れになったら、きっといてもたってもいられないだろうから。
「ふんふんふ〜ん♪」
なのはは鼻歌を歌いながら、相当楽しそうに服を選んでいる。物凄くおめかしするつもりだ、間違いない。

でも。

「フェイトちゃん、この白いワンピースなんてどう?」
そう言って、フェイトの胸にワンピースを押し当ててくる。
「うーん、もうちょっと落ち着いた色のほうがいいかな? 水色はどうだろ?」
この、人をいつも自分より考える性格。
それが逆に壁となってしまう――特にユーノ関連で――こともあったけど、フェイトはそんななのはが大好きだった。

結局、散々迷った挙げ句にフェイトは水色のワンピース、
なのははストライプのシャツに青いプリーツスカートを買った。
「なのはは赤いロングスカートを諦めた、と」
「何書いてるの、フェイトちゃん?」
「ななっ、何でもないよ!?」
フェイトは咄嗟に手帳を後ろ手に隠した。
なのはは怪訝に思ったようだったが、すぐに気にしなくなった。
こういうところが、すごく有り難かったりする。
「次はどこにいこっか?」
なのはが聞いてくる。
昼食を食べて後に出かけたが、この昼下がり、少し小腹が空いた。
「何か食べに行かない?」
「そうしよっか」

モールは広い。反対側まで行けば、飲食店のテナントがこれでもかとひしめいている。
お気に入りの服を買った紙袋を抱えて、フェイトは歩きだした。

「はふ、はふ……」
並んでベンチに座る。
膝の上に乗せられているのは、たっぷりと詰まったたこ焼き。
一つ一つが大粒で、しかもタコもぶつ切り並に入っている。
ソースとマヨネーズがかかったうえに青海苔がまぶしてある、オーソドックスなもの。
鰹節が踊っているのを見ているだけで、催眠術にかかったように時間が過ぎていく。
その間に思い出すことは、もちろんなのはのこと。

初めて出会った日。母の言葉を信じ、優しかった頃の母に戻ってもらうため、身を粉にしていた時の自分。
生まれて初めて、敵対せずに人と触れ合えることができた喜び。
あの日から多くの友人に恵まれたのも、なのはのお陰以外の何物でもない。
感謝してもし足りないくらいだったが、当の本人はすました顔で「そんな水臭いこと言っちゃダメだよ」と言う。
そんなものかと思いつつも、フェイトはなのはがいることには世界中にいる神様にありがとうが言いたかった。
なのはだけじゃない、本当は誰かに鎌を振りかざして襲い掛かっていたかもしれないのだ。
そんな人間だと自覚しているから、アリサも、すずかも、はやても、もちろんユーノも。
皆みんな、大切な友達だった。
「……ちゃん? フェイトちゃん?」
名前を呼ばれ、なのはの方へ向くと、ハンカチで口元を拭かれた。
「もう、ソースついてたよ?」
「え? え!?」
慌てて口元を拭ったが、何もなかった。
「今、わたしが拭いたよ?」
「え……あ、そうだったんだ」
完全にぼーっとしていたようだった。恐るべし、鰹節。
口がお留守になり、つい……とは言い訳か。
「ごめんね、なのは」
「ん?」
なのはが首を傾げる。
「だって、迷惑かけちゃったし……」
「なんだ、そういうこと」
得心顔でうんうん頷いていたなのはだったが、やがてフェイトに向き直った。
「あのね、フェイトちゃん。何かをしてもらった時は、『ありがとう』って言うんだよ。
そして、何かをした方は『どういたしまして』って言うの。
『ごめんなさい』じゃないんだよ?」
フェイトちゃんは何も悪いことしてないんだから、となのははフェイトの手を握った。
「って実はまぁ先生の受け売りなんだけど……ってフェイトちゃんどうしたの!?」
知らず、涙が零れていた。後からあとから溢れて止まらない。
「あり、がとう……なのは。ありがとう……」
頬を伝って流れ落ちた雫は、空になったたこ焼きの箱に落ちて、小さな印を作った。
なのはは、そんなフェイトに肩を寄せて、泣き止むまでずっと、そのままでいてくれた。

すっかり泣き腫らした頃、フェイトはすっかり元気になって、仲良くなのはと手を繋いで家路へと歩いていた。
傍らには大切な人がいる。
「ずっといっしょにいられる……よね?」
「もちろんだよ、フェイトちゃん」

大親友。誰よりも、そうひょっとして家族よりも大切なひと。
フェイトはなのはの顔を見て、安心しきった顔で微笑んだ。

***

「ん、なんだフェイト、随分とご機嫌だな」
「何でもないよ、お兄ちゃん♪」
クロノをどぎまぎさせつつ、ハミングを口ずさみながら夕飯の準備を義母のリンディと手伝うフェイト。
リンディにも、エイミィにも、使い魔のアルフにまで同じことを聞かれたが、返事は全部鼻歌で返した。
出かける前からかなり楽しそうにしていて、帰ってきたら余計にご機嫌なのだから、
皆が不思議に思うのも無理はない。
それもこれも、全部なのはのお陰だ。
トントントンとリズム良くネギを刻みながら、今度はフェイトが踊りだしそうだった。

「お兄ちゃん、クロノお兄ちゃん」
食事後、フェイトは義兄の部屋をノックしていた。
「ん、入っていいぞ」
緊張を押し隠しきれていない微妙な反応が、またクロノらしい。
フェイトもまた微笑をたたえたまま、クロノに問いかけた。
「このリボンなんだけど……どっちが似合うかな、って」
赤と緑、二つのリボンを差し出す。
「ある人にプレゼントしたいんだけど、喜んでもらえそうな方を……」
「何っ!? 男にプレゼン、ト? ああ、いや、別に構わんぞ、うん。けどな、僕はまだ早いと思うんだ」
「何が?」
勝手に一人で暴走しているらしいクロノをなだめすかすのは、割かし面倒だった。
かといって身近に相談できる男性といえばクロノしかいない。
「やだなあ、勘違いしちゃダメだよ、お兄ちゃん。私はただ、ある人に頼まれただけだよ。
『女の子にあげるプレゼントは、どんな風にラッピングしたらいいかな?』って。
それ、少なくとも本人に聞くことじゃないでしょう?」
「え?」
なんだそうか、なるほどなるほどと安心して頷くクロノに、思わずフェイトは吹き出した。
「ふふっ、ふふふふ……」
「なっ、失礼だぞ君は。尋ねてきたのはそっちじゃないか」
「ごめんね、でも、ふふふ、ははは……」

クロノをからかうのは、実は少し楽しかったりする。
「お兄ちゃん」と呼ぶだけで顔を真っ赤にするのだ、楽しくないはずがない。
エイミィには「男は狼だからねぇ〜、気をつけるんだよ」とは言われるが、半ば笑っていたので冗談だろう。
それに何より、クロノはエイミィが好きなのだから。
一言も口には出さないが、そこは女の勘とでも言おうか、すぐに分かる。

「──コホン。で、どんな包み紙なんだ?」
「うん、これなんだけど」
取り出したのは、クリーム色に水色の水玉がついた、比較的オーソドックスなもの。
「これか……」
「こっちの包み紙は決まったんだけど、まだリボンの方がね」
クロノはリボンを重ねながら、慎重に吟味する。
「ところで、その女の子ってのはどんな娘なんだ?」

問われて、フェイトは彼女の像を思い描く。
「えっとね、一途で、頑張り屋さんで、思いやりがあって、ちょっと意地っ張りなところがあるけど、
芯が強くて、運動は苦手で……」
スラスラと言葉が出てくる辺り、よくまぁ自分も観察しているものだなとフェイトは改めて自分を見つめ直した。
「要するに、猪突猛進型か」
「そうそれ」
「誰かに似てるな」
クロノが言った言葉の意味は、最後まで分からなかった。
「だとすると、こっちの赤い方がいいんじゃないか。女の子らしくて」
そう言って、赤いリボンを差し出す。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
やっと決心をつけて、フェイトはぺこりと頭を下げた。
「お礼だよ」
ちゅ、と頬にキス。

その後しばらく義兄の部屋から形容しがたいうめき声が聞こえてきたが、ハラオウン家の誰一人気にしなかった。

***

「という訳で、これがお店のメモ。それから、これがラッピングの紙とリボン。
店員さんに見せて、『これで包んで下さい』って言えばいいよ」
「ありがとう」
「でも、私に先に会っちゃっていいの?」
「だから、内緒なんだよ。誰にも秘密にしててね」
「うん、約束」
翌日、海鳴市某所の公園。
人目を避けるようにして集まった二人の少年少女。
目的は、物々交換。
「本当にこんなものでいいの?」
「ううん、それがいいの」
少年が差し出したのは、5枚のチケット。
その全てが、映画館の招待券。
「まだ、家族らしいこと、何もしてないから。一緒に、どこかに行ってみたいんだ」
そんな、ささやかな願い。
「それにしても、びっくりしたよ。突然『なのはの欲しがってる服を調べてくれ』なんて」
服の一着に、冗談で映画館のチケットなどねだってみたが、まさか本当に用意するとは予想外だった。
だから。
「ありがとう」
「いやいや、こっちこそありがとう。これくらいだったらお安い御用だよ」
互いに譲らず礼を言い続け、それはいつしか笑いになった。
「それじゃ、僕はこれで。家族で楽しい時間を、フェイト」
「私も、二人が上手くいくように祈ってるよ、ユーノ」

そして、少年と少女は別れた。
互いの目的を果たすために。

翌日のハラオウン家。
「わあ、いいわね。来週の日曜日、早速行きましょう」
「母さん、そんな急に大丈夫なのか?」
「せっかくの招待券ですもの。それに期限は今月だし。休暇の一つや二つなら何とかなるわ」
「フェイト、映画って何をやるんだ?」
出自を秘密にしつつ、フェイトが映画のチケットを皆に見せると、やにわに家の中が騒がしくなった。
「5枚あるってことは……私も行っていいの?」
「もちろんだよ、エイミィ姉さん」
「ちょっ……姉さんだって! ねぇ、クロノ、姉さんだって!!」
既に公認扱いなのだが、それを再認識したエイミィはクロノに抱きついた。
クロノ本人はまんざらでもない様子だったが、流石に恥ずかしいのか鬱陶しそうに手を払っていた。
「もう、恥ずかしがっちゃって〜」と頬ずりされていたが、やはりクロノはエイミィには勝てないらしい。
初めてのイベントにはしゃぐアルフ。喜んで予定を空けてくれたリンディ。目の前で抱き合っている二人も、もちろん。
引き受けてよかったと、フェイトは笑みを零さずにはいられなかった。

一方、その頃。
「おかえりっ、ユーノ君!」
「ただいま、なのは」
玄関に現れたユーノに、思わず顔を綻ばせたなのはがいた。
「これ、お土産だよ」
皆には内緒だよ、と言ってユーノが渡したのは、蒼いガラス球。
聞けば、レイジングハートに似ていたからこっそり持って帰ってきたという。
「まぁ正真正銘のガラス球だし、掃いて捨てるほどあったし、特に何の力もないんだけど……」
「うんうん、ありがとう」
今日から、机の上には、新しい仲間が一人増えることとなった。
……実は、その地でこの玉が文字通り掃いて捨てるほど沢山あったと知るのは、ずいぶん後のことなのだが。
「ところで」
「にゃ?」
「もう一つ、あげるものがあるんだ。……ちょっと言いたいこともあってね」
ユーノの顔は、僅かに翳っていた。
「今日はゆっくりしておきたい、かな。なのは、お茶淹れてくれる?」
「うん、分かった」
何かあるな、と思いつつ、なのははできるだけそれを考えないようにした。
良くない話ならいつ聞いても良くないだろうし、そもそもユーノが話してくれるまで、待ちたかったから。

***

翌日の夜になって、ようやくユーノは決心がついたようだった。
その前に、と昨日言っていたものを寄越される。
「はい、これ」
「え……?」
なのはは、誕生日でもない突然のプレゼントに目を白黒させた。
『あげるものがある』とは言っていたが、まさか綺麗にラッピングされたものが来るとは。
「どうしたの、急に?」
「いや、実はね」
ユーノは今後の予定について話し始めた。
数ヶ月がかりで申請していた遺跡調査の許可が、やっと降りたのだという。
そのため、短くても二週間、長ければ二ヶ月ほど家を空けることになる。
出発は、四日後。
「ごめんね、帰ってきてすぐ。だから、ちょっと寂しくさせちゃうことのお詫び」
「もう、気にしなくてもいいのに。向こうでも電話くらいは使えるんでしょ?」
「でも、なのはの顔を見られないのは辛いから」
「ユーノ君……」
寂しさ全開だったが、かといってそれを伝えてはユーノが行き辛くなってしまう。
わがままよりは、ユーノを笑って見送りたかった。
「わたしは、ユーノ君のこと応援してるよ。だから、行ってきて。わたしなら大丈夫だから」
「うん」
ユーノも、少しだけ強がっているようだった。
彷徨わせている視線が、何よりの証拠だ。
「これ、開けていい?」と聞くと、ユーノは「もちろん」と答えた。
何が入っているんだろうと期待に胸を膨らませつつ、包み紙をそっと開くと。
「こ、これ、どうしたのユーノ君?」
中に入っていたのは、ショッピングモールで買わなかった赤いロングスカート。
ワンピースとの脳内闘争に敗北したのもあるが、それ以上に値段がやや高かった。
お小遣いを二、三か月分ははたかないと買えない代物だったはず。
「っていうかユーノ君、どうして?」
どうして、昨日に買わなかったことをもう知っているのか?
どうして、高い買い物なのにためらいもなくプレゼントしてくれるのか?
色んな「どうして」がごちゃ混ぜになって、言葉が出なくなる。
しかし、ユーノの言葉は簡単だった。
「なのはに喜んで欲しいから、かな。少し会えないけど、その間なのはには笑顔でいて欲しいから」

その瞬間、フェイトが流した涙の意味を知った。
なぜって、
「ありがとう、ユーノ君、ありがとう……!」
思わず押し倒してしまい、ユーノの胸で泣き出したからだった。
「嬉しい……ユーノ君、すっごく嬉しいよ!」
嬉し涙。そんな言葉を噛み締めながら、ユーノにそっと唇を寄せた。
ドキドキが止まらない。
「ねぇ、そのスカート、今履いてみせてよ」
「うん、もちろんだよ」

***

ユーノは息を呑んだ。
スカートを履いたなのはの姿は、ほんのちょっぴり大人びていた。
くるりと一回転すると、ふわりと裾が舞い上がる。
「よく似合ってるよ、なのは」
「えへへ、ありがとう」
裾を持ち上げて、頭を下げる。
さながら、魔法でドレスアップしたシンデレラのようで。
ひょっとしたら、本当にお姫様かもしれなくて。
ただただ、見とれるしかなかった。
できれば、この時間が永遠に続きますようにと思った。
名残惜しい。なのはと一緒にいたい──だったら。
「なのはの姿、もっと目に焼き付けておきたいな」
そのままファッションショーが始まり、夜遅くになって両親に叱られたのはまた別のお話。


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