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「えへへ、ユーノ君大好き」
「僕の方が好きだよ」
「えー、私の方が好きだよ?」
「いや、僕だね。僕の方がなのはを愛してる」
「あ、愛してるだなんて……そんな……」

二人はユーノのベッドにいた。
乱れたシーツと、たち込める汗の匂いが、二人の間にナニゴトかがあったことを物語っている。
月は沈んでしまったのか空のどこにも見えず、その代りに星がこれでもかというほど沢山散りばめられていた。
「ねーえ、ユーノ君」
「どうしたの、なのは」
汗ですっかり汚れた身体を洗おうともせず、ぴたりとくっつけ合う。
ユーノの髪から漂ってくる匂いにクラクラとして、さっきまで昂ぶっていた心にまた火がついてしまいそうだ。
「わたしの髪型、どんなのが好き?」
「また唐突だね」
「だって、好きな人の好きな髪型でいたいんだもん。わたし、間違ってる?」
期待するような視線を送ってみる。何だかんだと、こんな時のらりくらりとかわされてしまうからだ。
ユーノはなのはの顔をまじまじと見つめた後、溜め息を吐いた。
「……うーん、ダメだ」
「え、何が?」
なのはが不安になって聞き返すと、ユーノはぼそりと答えた。
「決められない」
「えーひどーい」
ダブルベッドを縦横無尽に、ゴロゴロと転がって抗議の意をアピールするなのは。
駄々を捏ねる子供みたいにユーノの身体にぶつかっていき、少しずつ転がる領域を広げ始める。
そして、ユーノを端っこに追い込んだ──と思ったらいつの間にか形勢が逆転していた。
なのはを避けるように起き上がったユーノが、ベッドのど真ん中に寝転がったのだ。
「その下ろしたままのストレートでもいいし、いつものサイドポニーだっていいし、昔みたいな髪型でも……」
ぼそりぼそりと、なのはが今までにしてきた髪形を挙げていく。
全部を指折り数え終えると、「やっぱり」と呟いた。
その後が続かなかったが、やがてぼそりと言った。顔は真っ赤だ。
「僕は……その、つまり、なのはが好きなだけだから。髪形は何であっても、なのははなのはだよ」
その発言に、なのはもまた顔を赤くした。心臓の鼓動がどんどん強くなっていく。
ユーノはいじわるだ。一番大事な時に、こうやって人をドキドキさせてしまうのだから。
「僕は、なのはがしたい髪型をしてれば、それで構わないんだけど」
「だーかーらー、私はユーノ君が好きな髪形を──」
「なのはがしたいようにすれば──」
しばらく経って、これらの全てがおよそ無駄足に終るだろうという予感に二人とも気付いて、
なのはとユーノは顔を見合わせて笑った。
「笑ってるなのはが一番可愛いよ」
「もう、ユーノ君ってば」
ちょん、とユーノのほっぺたを突いて、なのはは青年の手を引いた。
「お風呂、一緒に入ろう?」

***

ホテルを出ると、ユーノのアパートに二人して戻った。
ヴィヴィオも交えて親子三人で暮らすには、他に宿を借りた方が管理局の社宅よりもずっと好都合なのだ。
「ただいまー」
「ただいま」
夜はもう遅い。普段ならとてとてと歩いてくるはずの小さな愛娘は、姿が見えない。
きっと、もう寝てしまったのだろう。
リビングに入ると、テーブルの上には簡単な料理がいくつかあった。
ラップが引いてあって、その横にはメモ書きが一つ。
「パパとママへ。おそいみたいだからさきにねています。レンジでチンしてたべてね。   ヴィヴィオより」
まだちょっとたどたどしい字が微笑ましい一方で、ヴィヴィオはきっと限界まで起きていたんだろうなと予想できた。
なのはは溜め息を一つ増やして、ラップのかかった皿をレンジへと持っていった。
「悪いことしちゃったかな?」
「そうだね。でも明日は二人とも非番だし、今日の分もいっぱい一緒に遊んであげよう」
「うん!」
夜食と化した遅い夕食の後、二人は寝巻きに着替えて寝室に行った。
すると、ベッドの上にはウサギのぬいぐるみを抱いたヴィヴィオが、すやすやと寝息を立てていた。
むにゃむにゃと、何か寝言も言っている。耳を近づけてみると、どうやらなのは達の夢を見ているようだった。
「おかえり、なさい。ぱぱ、まま……」
なのはは苦笑を漏らした。これは本当に、明日はサービスしないと。
ユーノにヴィヴィオの寝言を伝えると、なのはと全く同じ苦笑になった。
「はぁ、ユーノ君も随分とパパになっちゃったね」
「なのはもね」
そうして、二人はヴィヴィオを挟んで川の字になった。
右手をなのはが、左手をユーノがそれぞれ握ると、家族三人数珠繋ぎになる。
「ごめんね、ヴィヴィオ。明日はいっぱい、いーっぱい遊んであげるから。だから、今日はごめんね」
「ヴィヴィオ、ごめんね」
耳元で囁いて、なのはは目を閉じた。けれど、それなりに疲れているはずなのに、中々眠りに就けない。
寝返りを打ってみたり、身体を丸めたりしたけれど、答えは一緒だった。
何だろう、この心が高鳴るような感覚は。まるで、遠足の前の日みたいな?
「ユーノ君?」
できるだけ小さい声で、愛する人の名を呼ぶ。ユーノもまた、「なのは?」と返してきた。
「眠れないの。何でだろう」
「奇遇だね、僕もまったく同じ意見なんだ」
ユーノは一度ベッドから降りると、カーテンを開けた。街灯の少ない方に窓が位置しているために、そこは暗い。
だが、夜空に目を向けてみれば話は別だ。
管理局の建物や、その他主要な灯りからは離れているために、星空は一層綺麗に輝いていた。
「綺麗だね。星がいっぱいある……」
ベッドから見える星空は屋根に遮られてそんなに多くはないけれど、いろんな色の星があって、そのどれもが煌いていた。
なのはも一旦ヴィヴィオの手を離して、ユーノの隣にちょこんと座る。
「でも、全部の星を集めたって、いや太陽だってなのはには敵わないよ?」
星の淡い光がユーノに何か魔法をかけたのか、いつもより大分キザになっていた。
なのはは、ちょっとだけ格好良くなったユーノに笑い、そしてその表情を見つめた。
「んー、それはもしかしてスターライトブレイカーのことを言ってるのかにゃ?」
退行したような甘えた声で、ユーノの肩にべったりと寄り添う。
首筋からうなじにかけて、指でうにうにとユーノの肌をなぞる。
くすぐったそうな声を上げるユーノが可愛くて、もう思い切って抱きついた。
長い髪を梳くように、さらさらと撫でてくるユーノの手が、こそばゆくて、くすぐったい。
「わたしもだよ、わたしだけの王子様。ホントに、本当に出逢えて良かった」
「ははは、そう言われると何だか恥ずかしいな」
ちょっとの間、二人で見つめ合って、やがて顔と顔の距離が近づいた。
ちゅ。
「んっ……」
身体の温度が急上昇した。そのまま、ユーノの腰に手を回して抱きしめる。
でも、相手は男の子だ。キスだけでは我慢できなくなったのか、ベッドに押し倒してきた。
いつもより積極的だ──というか、こんなに全力で押し倒されるなんて初めてかもしれない。
嬉しいけれど、少しばかり夜空の魔法が利きすぎだ。
「あっ、ダメ、ヴィヴィオが起きちゃうから……」
「ちょっとだけだよ」
「んもう……本当にちょっとだけだよ?」
身体が汗ばんでいるのが分かる。しっとりと立ち上がる女性の匂いが、ユーノを直撃したようだった。
なのはもまた、ユーノの胸元から漂ってくる男性らしさに、危うくこのまま理性を蕩かしてしまうところだった。
ユーノはなのはに覆い被さったまま、その唇を塞いできた。熱く濡れた舌が入ってきて、なのはを芯から熔かす。
水音はなるべく静かに抑えてあるが、だからこそ燃え上がるものもある。
なのははユーノの身体を抱いて、きつく力を込めた。
「ごめん……ホントに、これ以上は、我慢できなくなっちゃう……」
危うく身体も心も決壊する前に、ユーノを押し止めることができた。
続きはまたいつか、ということにして、今度こそ寝ることにした。
再び川の字に戻って、仰向けに寝る。
そして、開口一番酷いことを言うのだ。
「なのはも、何だかんだって言って結構えっちだよね」
「うぅ、ユーノ君のいじわる。誰のせいでこうなったと思ってる?」
暗闇の中で見えないだろうけど、ジト目になってユーノを睨む。
すると、彼は──大好きな人は、サラッと宣言したのだ。
「大丈夫、責任は取るよ」
「……うん!」
たまには、こういう頼りになるユーノも悪くない。
その後、安心しきった心は容易く睡魔の侵入を許し、あっという間になのはは眠りに落ちた。
最後に、「おやすみ」と誰かが額にキスをしていた。

***

ベッドの中では、ヴィヴィオが実は起きていた。しかも、結構前からだ。
具体的には、星空を見ている辺りから。
いちゃいちゃしている二人を横目で見ながら、そっと狸寝入りを続行する。
「パパ、ママ、幸せになってね……」
独り言は、両親には聞こえないようだった。

(了)

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