「あけましておめでとう、ユーノ君」
「おめでとう、なのは」

年の初め。
高町家で迎えた正月。
ユーノ・スクライアはなのはの隣に座って、針が午前零時を指した瞬間を、しっかりと見届けた。
「今年もよろしく、なのは」
「お願いします、ユーノ君」
ちゅ、と軽く唇にキスをすると、なのはは微笑んだ。
「ん? ユーノ君顔赤くなってるよ?」
「う、うん。だって、なのはが可愛いから」
「またまた、もう」
もう一度、今度はユーノからキス。
「明日も早いから……もう、この辺にしよう?」
「えー」
「えーじゃないの。それじゃ、おやすみ」

なのはの扇情的な誘惑を振り切って、ユーノはベッドに潜った。

朝。初日の出が気持ちよく世界を照らす。
「いただきます」
ユーノは、なのはとおせち料理を食べていた。
「これ、なのはが作ったの?」
「そうだよ」
「これも?」
「うん!」
「ひょっとしてこれもでしょ」
「すごーい! どうして分かったの?」
「だって、なのはの作った料理の味なら、全部わかるよ」
「えへへ、ありがとう」

一つ一つ、味わうようにして食べる。
「凄くおいしいよ、なのは」
「ありがとう。こっちも食べて、あーん」
「あーん」
差し出された昆布巻きを、口で受け取る。
「じゃあこっちも、あーん」
数の子をなのはに食べさせて、お互いに笑う。
「数の子……か」
フッ、と恭也が口の端を上げた。
「ユーノ、知ってるか? 数の子の意味」
「意味、ですか?」
「そう。このおせち料理には一つずつに願いを込められていてな。
例えば今お前が食べた昆布巻きは、『慶ぶ』という意味だ。
そこにある黒豆は『まめに暮らす』という意味で、そっちの田作りは豊作を願ってる。ま、家は農家じゃないが」
「昔は、肥料にイワシを使っていたんですって。だから、豊作を祈願しているの。
伊達巻は知識が増えますように、ブリは成長と共に名前が変わる『出世魚』だから、出世できますように、って」
桃子も、思い出したように口を挟む。
「そして、数の子は……私、この年でおばあちゃんになるのかしら?」
「そうなんだよな。俺もこの年でおじさんか……ユーノ、頑張れよ」
「え、ええっ!?」

突然『頑張れ』と言われ、ユーノは面食らう。
「数の子は、子孫繁栄を願っているんだ」
恭也が重々しく頷いて、桃子もほんのり顔を赤くする。
「とっ、父さんは反対だ、まだなのはには早──」
「お父さん」
なのはがビシッと箸を突きつけた。
「後で、お話があります」
慇懃なまでに硬化した声でそれだけ言うと、またなのははもくもくとお雑煮を食べ始めた。
そこから先、食卓には会話らしい会話がなかった。

「なーのーはーちゃんっ!」
どういう訳か、ユーノにもお年玉が振るわれ、ビックリしていた頃、すずかの声が響いてきた。
「あっ、ユーノ君も! 明けましておめでとうございます」
「おめでとう、すずかちゃん」
「おめでとう、すずか。って、アリサは?」
ユーノは、アリサがすずかより遅く来たことを疑問に思った。
「もうすぐ来ると思うけど……あ、ほら」
外でブレーキを踏む音が聞こえた。ドアが開き、閉まり、そしてアクセルを踏んで走り出した。
「どう、ぴったり5分前でしょ」
「ホントだ」
アリサは、見事なまでの装飾が施された振袖を着てきた。
その目がすずかを捉えるや否や、アリサは冗談交じりに吼えた。
「って、何ですずかがあたしより早く着てるのよ!?」
「ご、ごめんなさい」
皆の間に爆笑の渦が沸き起こる。
ひとしきり笑い終わった後、はやてもやって来た。
「みんな、あけましておめでとさん」
「おめでとう、はやてちゃん」
待ち合わせの時間になり、さあ行こうかという雰囲気になって、アリサがふと気付いた。

「で、フェイトは?」

「大寝坊だ。今日が楽しみでずっと寝られなかったらしい」
ハラオウン家の玄関で、クロノは困ったようにかぶりを振った。
「そんな訳だから、しばらく待っててくれ。直に来るだろう」
女の子の支度がかかること、それは誰ともない共通事項だった。
「フェイトちゃんは大丈夫なの?」
なのはが聞くと、クロノは『大丈夫だ』と念を押した。
「本当に何の問題もない。ただのねぼすけだ」
「ふぅん……クロノ君、フェイトちゃんが寝てる間に変なことしたらアカンよ?」
横からはやてが茶化すと、クロノの顔は真っ赤になった。
「そっ、そんなことするはずないだろう!? さ、さぁ行ってきたまえ!!」
全員を玄関から追い出して、クロノは扉をバタンと閉めてしまった。
「な、なんやけったいなやっちゃなー……」
はやてがドアを軽く叩く。
「にゃはは、きっとユーノ君がいるからだよ」
なのはは、苦笑いしながら推測を述べた。
「え、僕?」
「うん。だってクロノ君、フェイトちゃんの下着姿とか、ユーノ君に見せたくないでしょ?」
「あぁ、なるほど」
このところ、シスコン気味のクロノ。
ユーノは、黙って合掌した。

***

神社への道のりで、はやてが独り言のように言う。
「アレは、ちょっとフェイトちゃんの貞操が危ないかも分からへんね」
「流石にそれはないと思うよ、はやてちゃん……」
当のなのは本人は、ユーノと手を繋いでいる。
いつ、神聖結界が発生してインビジブルになるのか、誰にも予想がつかない。
「あたしは、アンタの貞操の方が心配だわ」
アリサが溜息を吐いて、そしてサァッと顔が青ざめていった。
「ちょっと待った、アンタたち、まさか」
「ん、どうしたのアリサちゃん?」
なのはが、屈託のない笑顔で聞き返してくる。
アリサは、弱冠10歳にして嫌な予感を覚えた。
まさか、同い年だったはずのこの二人は、まさか──
「まさか、もう、その、貞操を……?」
「え?」
なのはは一瞬きょとんとして、
「う、うん……」
顔を赤くしながら首を縦に振った。
そのまさかだった。

「……あぅ」
アリサが倒れた。

寸でのところで反射のいいすずかに支えられ、たっぷり三分も経ってから、アリサはやっと人心地着いた。
出かける前から何という新事実。
バカップルの予想を遥か斜め上に吹っ飛ばし、まさかまさかあらゆる意味で結ばれていようとは。
頭が痛いなんてもんじゃない。頭の頭痛が痛い。
「……で、二人とも姫初めはいつにするんや?」
ここで原爆投下。はやては空気を読んでいるのかいないのか。
「何、ヒメハジメって?」
フェイトも興味津々そうに尋ねている。
「姫初めってのはな、愛し合う二人が新年早々くんずほぐれ……むぐ」
「アハハ、何でもないのよ、何でも。そ、そうよアレよ、おせち料理を食べることを『姫初めをする』って言うのよ?」
話がややこしくなることこの上ない。
取り敢えずフェイトには嘘八百でごまかし、すずかにアイコンタクトを取る。
「ね?」
「う、うん」
すずかが反射的に首肯し、フェイトは首を傾げながらも頷いた。
「さ、早くいきましょ!」
アリサに手を引かれて、もう見え始めた鳥居へ向かってフェイトは走り出した。

***

「ふぇ〜」
もう日はすっかり昇って『午前中』と呼べる時間帯だったが、人、人、人の波だった。
「人の津波やな〜」とはやてが形容したのは、あながち間違いではない。
「はぐれないようにしないとね、ユーノ君」
「そうだね、なのは」
きゅっ、と強く手を握り直し、なのはは歩き出した。
海鳴のみならず、近隣の町からも人がやって来るおかげで、盛況なのはいいことだが如何せん混みすぎていた。
「あっ、アリサちゃん!」
そうこうしているうちに、アリサが人ごみの中に消えていった。
なのはは、アリサを探そうと歩き出したが、流れが激しくて上手く動けない。
「なの……、……は」
「え、何ユーノ君、聞こえないよ!?」
しっかりと握った手はすり抜けることなくガッシリと結びついているが、
ガヤガヤとした雑踏の中で声がよく聞こえない。
振り向くと、そこには焦った顔のユーノがいた。手招きをしている。
「ど、どうしたの?」
その一歩を詰めるのが大変だったが、何とかユーノに顔を近づけていく。
「なのは。今度は僕らが行方不明みたいだ」
「え、ええっ」

確かに、右を見ても左を見ても、見知らぬ顔ばかりだった。
すずか、フェイト、そしてはやて。三人ともどこにもいない。
声を上げて名前を読んだが、何も返ってこなかった。
否、ひょっとしたら誰かが答えていたのかもしれないが、聞こえなかった。
「ど、どうしよう、ユーノ君?」
「取り敢えず、この人ごみから抜けて高い所へ行こう」
今は、いちゃいちゃしている場合ではない。
なのはとユーノは、横様に移動して列から抜け、参道から逸れるように横道へと入っていく。
「確か、こっちの方に小高い丘があったよね」
「うん。でも、アリサちゃんたち、見つけられるかなぁ?」
頼みの綱の携帯は、混雑していて使い物にならなかった。
もっとも、あったところであの場所から抜け出さないとどの道合流などできないが。

やっとの思いで坂を上り着いたその場所は、ベンチがあるだけの簡素な空間だった。
座って一息吐き、携帯を手に取る。
「……やっぱり混雑中、だね」
「あれだけの人数がいれば、どうしようもないか」
思念波を飛ばして、フェイトとはやてだけは呼んだが、アリサとすずかはどうしようもなかった。
アリサの金髪はキラリと光るものがあるが、かといってこの御時世、染めている人間はいくらでもいた。
「うーん……仕方ない、私らだけで行くか」
「ええっ!」
はやての決断に、なのはが早速反論する。
「うん、なのはちゃん、私もその気持ち、よぅ分かるよ。でもな、この状況で人一人見つけるのは、
はっきり言って無謀やで。それに、アリサちゃんやすずかちゃんも二人で合流してるかも知れへんし、
何より二人なら『構わないで皆で行ってきて』くらいのことを言うはずや。違う?」
「それは、そうだけど」
「第一、人が引けるの、下手すると明日とか明後日になってまうで? お腹減って倒れてしまうやん。
アリサちゃんたちも、はぐれただけで元気にしとるやろ。もしかすると、ひょっこり会えるかも知れへん。な?」
はやての言葉には説得力があった。
どうしようもないのは事実だ。
「……それじゃ、いこっか」
「そうだね、境内かどこかで会えるかもしれないし」
四人は立ち上がって、再び人の流れに混ざっていく。
「あ、そうだ、ユーノ君」
「ん?」
なのはが、さもいいことを思いついたような顔でユーノに提案した。
「フェレットモードになってわたしの服の中に入れば、絶対はぐれないよ!」
「ぶっ!!」
ユーノは思い切り吹いたが、確かにそれも一理だと思ったらしく、素直にフェレットモードになった。
「……なんや、久々に見るなー。どれ、お姉さんにも抱かせてみぃ」
「あ、私も」

そしてユーノは、哀れたった三人にもみくちゃとされたのであった。

「……」
ユーノの顔は、帰り道すっかり真っ赤だった。
「どうしたの、ユーノ?」
「いや、うん。何でもないんだ、何でも」
賽銭を投げ入れて、お守りを買おうと巫女に注文を言ったところで、なのはたちとアリサはばったり顔を合わせた。
しかも、アリサとうまく合流できたらしいすずかもそこにいたおかげで、帰り道は揃って帰れることになった。
「皆して迷子になるんだから……これだからアンタたちは注意力散漫だと……特にフェイトはいつもぽやーっと……」
アリサが愚痴を零していると、
「あはっ、あはははっ」
はやてが唐突に笑い出した。
「あははは、はははっ」
なのはも、フェイトも、すずかも、ユーノも。
「アリサちゃん、流石にそれはないわ、ははっ、ははははっ……」
「え? え!? 笑うな、良くわかんないけど皆笑うなー!!」
アリサの叫びは、空しくどこかへ消えていった。

***

高町家で。
「はぁ、それにしても疲れちゃったね」
「そうだねぇ」
なのはとユーノは、再び部屋でこたつむりを満喫していた。
「なのはたちの世界、楽しいことがあって飽きないね。
僕は放浪の民族だったけど、一箇所にいてもこんなに出来事が溢れてるなんて、知らなかった」
「それもこれも、わたしがユーノ君と出会えたからだね」
ユーノは、自らの手をなのはの手に重ねて、言った。
「ホント、ありがとう。これからもよろしくね、なのは」
「こちらこそだよ、ユーノ君」
と、ふと動かした足が、こたつの中でなのはのスカートをめくった。
ぷに、と柔らかい太ももの感触がした直後、もっと柔らかい、そう布地の場所に触れる。
「……ねぇ、ユーノ君」
「はっ、はい!?」
怒られると思って、思わず目を瞑ったが、以外にもなのはの声はソフトなものだった。
「一つ、地球での風習、教えてあげる」
「う、うん」
「日本には『姫初め』っていうのがあってね」
そう言うと、なのははベッドを指差した。
「教えてあげるから、おいでよ──」

一方、ハラオウン家。
「高町家の皆さんから、おせち料理の作り方を教わってきたの」
リンディとエイミィがずっと気合いを入れていたらしい。
アルフも交ざってやっと食べきれる程のどでかい重箱があった。
「お正月になってから作るものだと思ってたら、去年のうちに作るものだったのね……」
ちょっと失敗、という顔でリンディが軽く舌を出す。
この仕草、そもそも容姿、まるで年頃の息子がいるとは思えない。
改めて、フェイトはリンディの若々しさに驚き、四半世紀後には自分もそうなっていることを切に望んだのだった。

「お兄ちゃーん」
「んー、なんだー?」
クロノの部屋に入り、フェイトは兄を呼んだ。
「ご飯、できたよ」
「あぁー、すぐ行くー」
「お兄ちゃん!」
机に向かって本を読んでいたクロノから、それをひったくる。
「生返事してないで、早く来て!」
「あ、ああ。すまん」
「今日はおせち料理なんだから」
「ほぉ」
興味を示したクロノに、フェイトは囁いた。
「だから、ほら、早く食べよう。『姫初め』しよ?」

その直後、クロノが血の海に沈んだ。
リンディに真相を教えてもらった後は、今度はフェイトが同じような海を作った。
血相を変えて真実を伝えに行くフェイトを、リンディはゆっくりと見送っていた。
「ってちょっとぉ! 行かせていいんですかリンディさん!?」
エイミィが叫んだが、リンディは涼しい顔だ。
「まぁ、あの子たちも性教育の一つや二つ、そろそろ教えてもいい頃でしょう」
「いやそうじゃなくて! なのはちゃんこっちの人でしょ? もしユーノ君と……」
「……あ」
リンディは、仕事なら絶対やらかさない失敗に顔を覆った。
「ごめんなさいなのはさん、殴るなら、どうぞ私を殴ってちょうだい」
祈りが天に届かないと知るのは、もうすぐのこと。

「た、大変だよなのは!」
慌てて高町家に上がり、ドタバタと階段を昇る。
アリサが勘違いをしていた──と、フェイトは考えていた──から、なのはもきっと勘違いしているだろう。
本当のことを教えておかなければならない。そんな衝動に駆られていた。
バタン、とドアを開け、
「『姫初め』って、おせち料理のことじゃなくて、その」
なのはに向かって叫び、
「えっちなことをする……」
声が尻すぼみになって、

「らしくて……」
フェイトは固まった。

ユーノがなのはをベッドに押し倒している。
そしてなのはは肌着を露出している。ユーノもだ。
なのはが、フェイトが今しがた知った『姫初め』を、ユーノとしていた。
あまりにあり得なかった光景に、全身が凍る。
指一本、動かせない。
「フェイト、ちゃん?」
振り返った顔は驚きの形相を呈していたが、すぐさま怒りへと変わる。
「え? ……あ!」
自分が邪魔であることに気付いたが、時既に遅し。
「ご、ごめん、なのは。それじゃ、また、ごゆっくり……」
閉じたドアの向こうで、殺気を含むオーラが背筋を撫で付けていた。
どうすることもできずに立ち尽くしていると、ギィ……と扉が開いた。
「あぁ、まだフェイトちゃん、いたんだ」
「う、うん……ごめんね」
慌てて謝ると、なのはは首を振った。
「別にいいよ。いいんだよ、もう。ただ……」
「ただ?」

「表に出ようか」

その後、フェイトの形をした『何か』が公園のベンチに投げ出されているのを、近所の住民が発見した。
『不思議な光を見た』『爆発音がした』などと、海鳴の一角は正月早々妙な噂でもちきりだった。


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