「まったく、ママもパパも……はぁ」
その日の夜も、ヴィヴィオは辟易していた。
「はいユーノ君、あーん」
「うん、いつ食べてもなのはの料理は美味しいね」
「そう? それじゃもう一口、どうぞ♪」
「あぁ、もう、なのはごと食べたくなっちゃうよ」
「だぁめ。ヴィヴィオが見てるよ」

終始、この調子である。『見てるよ』と口では言いつつも、さっぱり見ていない。
食事の最中くらい、封鎖領域を解除してくれてもいいんじゃないかと思う。
Aクラスの結界魔道師が以下に厄介か、身体で分かってきた自分が悲しい。

事件の後、色々あって二人は恋人になったらしい。
一度だけ、その時の話を聞いてみようと思ったが、果てしない長さののろけを貰ったので諦めた。
……が。
聞きたくないのに聞かされた。それはもう延々と、眠くなるまで、否、眠くなってもずっと。
その話は、いずれまたされるだろうから、今は思い出したくない──確かに良い話だけど、それ以上にいちゃつきすぎだ。

「ほら、ヴィヴィオも食べなよ」
「ヴィヴィオ、あーんしてあげようか?」
「もうっ、二人ともご飯の時くらいいちゃいちゃするのやめてよ!」
言っても無駄だろうが、取り敢えず提言する。
「ねぇ、ヴィヴィオ、ヴィヴィオには素敵な男の子とかいないの?」
「うんうん、僕となのはみたいに一緒に過ごす人はいないのかい?」
「な、な……」
開いた口が塞がらないとはこのことを言うのだろう、文字通り口がパクパクいって声が出ない。
「まだ見つからなくても、大丈夫だよ。わたしたちはお互いに9歳の頃知り合ったから」
「あれ、あの頃なのはまだ誕生日来てたっけ? この嘘つきさん」
「にゃはは、そういうユーノ君だって──」

頭が痛い。

「でもさ、なのはと僕が出会ったのって、ホント運命だよね」
「そうだね〜。ヴィヴィオも、いつか運命の人が見つかると良いね」
「この僕でも見つかったんだから、ヴィヴィオならきっと大丈夫だよ」
「わたしよりも美人だもんねー、ヴィヴィオってば」
「なのは、君の方がキレイだよ」
「もう、ユーノ君なに言ってるのー」
この二人、いちゃいちゃするに飽き足らず娘の前でのろけたい放題……
「あー、ヴィヴィオむくれちゃってるよ」
「ヴィヴィオ、好きな男の子とかいないの?」
「……」
何とか口を閉じて、無言を突き通す。一種の抗議活動だった。
「ん〜、図星でしょ!」
「そうか、ヴィヴィオもついに好きな男の子が見つかったのかぁ……でもお嫁に行くのは早い、まだ早いよ!」
「ユーノ君、それこそまだ早いよ」
「あはは、それもそうだね」

怒りともなんともいえないものが胸からこみ上げてきて、ヴィヴィオはテーブルを叩きつけた。
「ま、ま、ママたちのバカー!!」
思わず、口を突いて出てしまった言葉。
立ち上がって、そのままダイニングを後にする。
「あっ、ヴィヴィオ──」
後ろから声が聞こえたが、もうどうでもいい。
ドアをバタンと勢いよく閉めて、走り出す。
そして飛び上がるように階段を駆け抜けて、自室のベッドに突っ伏した。
「ママのバカ。パパの、バカ……」
ぼふっと枕に顔を埋めて、視界を遮る。
暗闇の中で浮かんでくるのは、笑ってる二人の顔。
でも、それは自分の方を向いていない。

「なんでそんなにいちゃいちゃしてるの? 私のことはどうでもいいの?」
もっと、自分を見てほしい。
二人だけの世界を作ってないで、三人で一緒にいたい。
仕事が忙しくて、二人が中々一緒にいられないのは、もちろん知っている。
でも、たまの休みだからこそ、三人がいい。
遊園地に行きたいとか、レストランで美味しいものを食べたいとか、そんなことはどうでもいい。
ただ、笑いながら手を繋いでいたい。それだけなのに。
それだけなのに、言葉が出ない。
「パパ……ママ……ひぐ、えっぐ」
涙が出てくる。止めたいのに、止まらない。
「パパぁ……ママぁ……うあああああああああん」
もう、ぐちゃぐちゃだ。何も分からないし、何も感じられない。
ただ、悲しかった。ただ、泣きたかった。
そして、誰かに受け止めてほしかった──

「ヴィヴィオ!」
泣き疲れて眠りそうになった頃、誰かが抱きしめてきた。
「ごめんね、ごめんね、ヴィヴィオ。わたしたちばっかり……」
頭がぼーっとしていて、誰なのかわからない。
「ヴィヴィオ、ごめん。ちょっと、ふざけすぎたよ」
ちょっとじゃないよ、と言おうとしたが、上手く舌が回らなかった。
「マ、マ……パ、パ……」
「ママはここにいるよ、ヴィヴィオ。ここにいるよ」
身体が温かい。"誰か"の体温が、伝わってくる。
「ママ……」
パパの声を聞こうとしたが、それは無理だった。
フッと、スイッチを切ったように、眠ってしまったからだった。

***

「明日、ヴィヴィオに謝っておかないとね」
「そうだね……」
所移り変わって、居間。
「はしゃぎ、過ぎてたね。ユーノ君と一緒にいられることを……ヴィヴィオのこと、ちっとも考えてあげられなかった」
「それは僕も一緒だよ。ヴィヴィオ、独りぼっちであんなに泣いて」
謝罪とも後悔ともつかぬ溜息が、場を支配する。
「ね、明日はさ」
なのはが提案する。
「ヴィヴィオを精一杯、可愛がろう?」
すると、待ってましたとばかりにユーノも同意した。
「たった今、それを言おうとしてたところだよ」
二人は顔を見合わせて笑い、そして互いに頷いた。
「明日は、ヴィヴィオの日だね」

次の日。
「ヴィヴィオー、ちょっと来て」
休みの朝早く、ヴィヴィオは起こされた。
「なぁに、ママ?」
「朝ご飯作るの、手伝ってちょうだい」
「うん」
ここまでは、普通のできごとだった。
しかし、次にママの言った言葉は、ヴィヴィオを大喜びさせるには十分だった。
「ママもパパも、たまにはヴィヴィオの朝ご飯、食べてみたいの」
「……うん!」
二人で作り始めるご飯は、何よりも素晴らしいスパイスだった。
「これ、ヴィヴィオが切った大根?」
「うん! えとね、こっちがママの切った大根で、こっちが私の!」
「へぇ〜。うん、ヴィヴィオのはママよりも美味しいね」
「ホント! えへへ……」

掃除、洗濯、買い物。
そのどれ一つをとっても、必ずヴィヴィオの隣には二人がいた。
「一緒にシーツ広げようね、ヴィヴィオ」
ママと一緒に洗濯物を干して、
「ヴィヴィオ、これを戸棚に持って行って」
パパと一緒に洗い物をして、
「この二つ、どっちがお得かな、ヴィヴィオ?」
パパと、ママと、三人で買い物をして。
こんなに楽しい日は、なんと久しぶりなことか。
「ママ、パパ」
スーパーからの帰り道、二人に手をつながれながら、ヴィヴィオは言った。
「「どうしたの?」」
二人の声が綺麗にハモって、聞き返してくる。
ヴィヴィオは、元気一杯に答えた。
「だーいすき!」

その笑顔が両親をどんなにか涙ぐませたのかを、この時のヴィヴィオは知る由もないのだった。

夕飯のあと、三人で仲良くお風呂に入った。
「ママの髪、長くてキレイ。私も、もっと伸ばしたいな」
「ふふっ、じゃあヴィヴィオ、伸ばすの頑張ってみようか」
「うん!」
ママに髪を洗ってもらうのが、凄く気持ちいい。
代りに、シャンプーをいっぱいつけて、ママの髪も洗い返す。
しかし、
「僕は短いヴィヴィオも好きだけどなー」
とパパが言うものだから、ちょっと意地を張りたくなった。
「パパも、ママくらい髪伸ばせばいいのに」
「えー、あー、いやそれはちょっと……」
「はははっ」
「でもユーノ君、伸ばしてみても面白いかもね」
「もう、なのはまで」
皆で洗いっこしながらシャワーを浴びるだけなのに無性に楽しかったのは、気のせいではない。
絶対に、気のせいじゃない。

今日だけは、一緒のベッド。
二人が大きなベッドで一緒に寝てるから、そこに潜りこむのは簡単だった。
右手はママ。左手はパパ。
「えへへ、今日、私、とっても楽しかったよ。パパ、ママ!」
「そう? よかった……ごめんね、昨日は。ヴィヴィオのこと考えないで、わたしたちばっかり」
「僕もごめんね、ヴィヴィオ」
「ううん、いいの」
嫌いになったわけじゃない。いらない子じゃない。
「私は、パパと、ママと、一緒にいられるだけでいいの」

二人に挟まれて眠って、とても素敵な夢をみた。
それが何なのかは、ママにもパパにも、秘密だった。

***

数日後。
「ユーノ君、あーん」
「なのはも、あーん」
「……はぁ」
元の木阿弥、という訳ではない。
だが、それにしてもこの年中新婚カップル、どうにかならないものか。
「私の家のママとパパ、一緒にお風呂入ってるし、『あーん』ってやってるよ」
と学校の友達に言ったら、クラス中の笑いものになった。
曰く、「大人はそんなことしない」。
曰く、「いい年の父と母は一緒の風呂に入らない」。
色々なものが当たり前ではない場所に生きてきたから、カルチャーショックも大概だった。

そんな二人は、相も変わらずいちゃいちゃし続けている。
これを「バカップル」と呼ぶのだと知ったのは、ちょうどこの日だった。
「まったく、パパもママも……」
ただ、一つだけ言えることがある。

このバカップルが、ヴィヴィオは誰よりも好きなのだ。


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