ブログ
──握った手をもう二度と離さないで……

クリスマス。それは心躍る季節。
男も女も、皆揃ってそわそわして、イブの日を待ち望んでいた。
そんな中、リトルバスターズの面々も、クリスマスパーティーの準備を……

していなかった。

理由は、主に二つ。
進学校だからか、周囲が早くも受験モードになってきて、終業式の直前に校内で模試をやるとかで、
準備を事前から入念にするような暇が誰一人取れないということ。
恭介ただ一人だけが就職を決めてのんびりしている。そんな状態でパーティーは無理だった。
そしてもう一つ、大きな理由があった。
全員の予定が、それはもう不思議なくらい咬み合わず、メンバーがパーティーのために集合することが不可能なのだ。
恭介が第一線を引いて、理樹がリーダーとなって行動を始めていたが、見事なバラバラっぷりに肩を落とし、
それを鈴と真人が慰めるのがここ最近の通例だった。

まず小毬だが、ボランティア活動に絡んで、老人ホームで爺さん方との約束が先に入ってしまっていた。
柄にもなく、ホーム内は上を下への大騒ぎだそうだ。小毬はホームのアイドルみたいな存在だし、
カラオケ大会なんかを開いて盛り上がるらしい。
そして、ここに佳奈多が加わるという。葉留佳との一件で大分丸くなってきた彼女が、ホーム内でどんな人気を得るのか、
理樹は実のところちょっぴり気になっていた。
「先約があるんじゃ仕方ないね……」
こうして、二人が早速脱落した。

パーティー事には参加しそうクドリャフカ。
だが、彼女からの答えも芳しくなかった。
「ロシアの方に戻って、おじいさまや家族の皆と過ごすことになっているのです。
今年は親戚のお姉さんが成人するので、そのお祝いで本家やら何やら、私の知らない人達が大勢集まると聞いています。
……で、そこの集まりに私も参加しなければいけなくて。
一度故郷に戻っておきたいと思っていたところなので、申し訳ないですが、リキ、パーティーには参加できないのです。
でもでも、新年会には間に合うと思いますので、その時はぜひ誘って下さいね!」
──だそうである。
残念だが、これもどうにもなりそうにない。
「それじゃ、クド、気をつけてね。あったかくするんだよ」
「はい、ありがとうございます」
そうして、クドは模試を受け終るとすぐに、飛行機に飛び乗って祖国へと帰っていった。
なんと三人も不参加。理樹の心に苛立ちが見え始めた。

予感は当たることになる。
美魚を誘おうと鈴を部屋に向かわせたが、部屋から返事がないという。
「あたしもよく分からない。ドアの鍵は開いてるみたいで、こっそり中を覗いてみたんだが、
ずっと机に向かったまま、返事どころか生きてるかもよく分からないんだ」
食堂で鉢合わせるのを待って、美魚に直接聞いてみた。
すると、美魚の口からは非常に残念な一言が飛び出した。
申し訳なさそうな声で、頭を下げる。
その顔には焦燥とひどい疲れが見え、完全に修羅場に陥っていることが傍目にもはっきりと見える。
「ごめんなさい、冬……いえ、イベントに向けて作らねばいけない原稿が山のように溜まってしまいまして……
詳しくはお話できないんですが、とにかく、私はクリスマスを返上しないといけません。パーティーの参加はちょっと」
毒を吐くように謝られたらもうどうすることもできない。
理樹は諦めて、美魚に手を振ってその場を去った。
それから十日ほど、恐ろしいことに美魚の姿は誰にも目撃されていない。

パーティー事に必ず波紋を呼ぶ人物が一人、残っている。
肝心かなめの人物である唯湖は、これまた肝心の恭介と何かよからぬ企みを行っていた。
聞き漏れてきた題目が「クリスマス中止」、またバカなお祭騒ぎに決まっているが、
下手に口を出すと巻き込まれる可能性が出てくるので、理樹は大人しく二人を成り行きに任せることにした。
「申し訳ないが、少年、恭介氏と先約を取り付けてしまったのだ。どうにも彼は彼なりの深い心慮ががあるようでな。
一も二もなく企画に参加してしまったのだ、君達のパーティーとは相容れない内容だから、一緒にやることもできない。
すまないな……」
そこから先、小耳に挟んだのは、爆竹がどうとか、サンタの格好がどうとか。
葉留佳が喜んで参加しそうなネタがてんこ盛りだったので、
恭介達と先手を打って葉留佳にパーティーの予定を聞くことにした。
「葉留佳さん」
いつもは向こうから遊びに来るのに、今回は逆にこちらから出向いていくと、葉留佳は合点のいかない顔をした。
理樹がパーティーのことに言及すると、葉留佳は「ちょっと待ってね」と言い残し、メールを打ち始めた。
「今すぐ返事しなくても大丈夫だよ、今日明日中くらいで」と理樹が言うと、
葉留佳は有り難そうな顔で、明日まで待ってほしいと伝えた。
「いやはや、ホントは今すぐ『行くよ!』って言ってもいいんだけど、家の用事があったりなかったり。
ま、ほっぽって理樹くんたちとワイワイやった方が楽しいに決まってるけどね!!」
葉留佳が親指を立てて保証してくれたのが、何より嬉しかった。
今から待ちきれないかのようにぴょんぴょん揺れるツインテール。
ほんの少し、かすかに香ってきた甘い匂いが理樹の鼻をかすめて、慌ててその場を立ち去った。
「じゃ、決まったらメールして!」
突然変わった理樹の態度に、葉留佳は妙な疑問符を浮かべっぱなしだった。

「はぁ、はぁ」
もう葉留佳の手も声も届かない場所まですっ飛んできて、ようやく理樹は人心地ついた。
イチゴのような、ふわりと包む少女独特の甘さが、まだ鼻に残っている。
何をそんなに焦ってるんだ、直枝理樹。相手はお騒がせトラブルメーカーのクラスメイトじゃないか。
いや、クラスメイトですらない。お隣だ。落ち着け、何を焦ってる。落ち着け――
「こんなとこで何をやってるんだ?」
「わあぁーっ!」
後ろから話し掛けられて、理樹は飛び上がらんばかりに驚いた。振り向けば、そこにいたのは鈴。
鈴も、普通に話し掛けただけなのに驚かれて、面食らっているようだった。
「ご、ごめん鈴。ちょっと考え事してて」
しどろもどろに言い訳してみたものの、鈴の目は丸くなったまましばらく戻らなかった。

「ん、結局あたしとお前と、はるかだけなのか?」
「どうやら、そういうことになりそうだよ」
ジュース片手に、溜息を吐く。本来ならもっとメンバーが集まる予定だったのに、寂しい話だ。
せめて後一人、誰か……そんな思案が頭の中をくるくる回り始め、そしてすぐに分かった。
「そうだ!」
ベンチから勢い良く立ち上がると、鈴は「何がだ?」と聞いてきた。
理樹は実に素晴らしい発想だと胸を張った。
「笹瀬川さんを呼んでみよう!」
「笹佐川は無駄だと思うぞ……」
鈴の言葉は取り敢えず聞かなかったことにして、ダメ元でも佐々美のところにいくことにした。

「わたくしが? あなたたちと? クリスマスパーティー?」
指を自分と理樹と、交互に指しつつ、佐々美はありえないという顔を終始作っていた。
「うん。もし時間があったらだけど、良ければ僕らとパーティーを――」
この時、佐々美の中で何か悪い部分に触れてしまったようだった。
佐々美はこめかみを震わせて、ピクピクと怒りを顕にしていた。
「このわたくしがクリスマスに暇だなんて、ありえませんわ!
わたくしには誘って頂ける友人がいくらでもいますのよ、バカにしないで下さる?」
ぷりぷりしながら、佐々美は行ってしまった。
ボリュームツインが揺れたが、葉留佳のような匂いは漂ってこなかった。
唖然としている二人をよそに、ツカツカと去る後ろ姿。
理樹には、それが何か哀愁めいたものを感じたが、しかしそんなことを訊ねる訳にもいかず、
ただ佐々美の姿を見送った。

その後、笹瀬川佐々美が全員から「あの人は予定があるだろう」と敬遠された結果、
一人ぼっちのクリスマスになってしまったことを、敢えて記しておく。

井ノ原真人。彼ならきっと、理樹の企画したイベントに喜んで参戦してくれるだろう。
……という希望的観測だったが、それはあっけなく打ち砕かれてしまった。
「真人? 真人ー!?」
部屋、教室、学食、体育館、裏庭どこに行っても見かけない。
携帯にメールを打ってみたが、こちらも音沙汰なし。
もう一度教室に戻り、そこにいた何人かに聞込みを行った。
すると、にわかには有り得ない回答が帰ってきたのだった。
「あぁ、井ノ原なら来ヶ谷に連れられてどこかに行ったぜ。
え、場所? そこまでは分からないな……あ、でも、井ノ原の奴泣いてたな」
何となく結果が読めた。理樹は礼を言うと、教室を後にした。
部屋に戻り、一人絶望に陥る。
「ああ、真人が拉致されちゃった!!」
しかし、もう遅い。理樹は真人をも抜きにして、話を先に進めた。

クリスマスイブ。商店街は色とりどりの光が瞬いている。
駅前に立つ大きな木には、見惚れてつい立ち止まってしまうほどの豪華な電飾が彩られていた。
そして果たして、集まったメンバーは理樹、鈴、そして葉留佳だけになってしまった。
葉留佳だけは「オッケーになったよー。参加するー!!」と顔文字付きで承諾のメールを送ってきたので、
理樹はホッとした。
テーブルの上には、豪華な料理なぞは並んでいない。
簡単なクッキーと、スーパーで売っていたクリスマス用のお菓子と、ジュースと、
それから幻想的な光を与えるロウソクだけだ。
照明を落とし、ロウソクをつけて、真人なき理樹の部屋に三人で集まって、こじんまりとした祝杯を交わす。
「僕らの友情に、乾杯」
「理樹くん、それちょっとキザだよ」
「そうだな、キザだな」
理樹はわざとそう振る舞ったのだと、余裕の笑顔を崩さなかった。
恭介のようになりたい、頼りになるような存在になりたいと思ってはみたが、その前途は多難だ。
「あれ、結局謙吾はどうしたんだ?」
鈴が上やら後ろやら見回す。
時々頭のネジが外れることがある謙吾だから、驚くべき登場をするのかと見回しているようだった。
けれど、謙吾のことは良く考えてみれば分かるのだ。
「あの謙吾が、クリスマスだからって浮かれるかなあ、と思って最初から誘わなかったんだ」
むしろ、誘おうとしたタイミングで既に自宅へ帰っていた。
雪の降る中、懸命に竹刀を振るう謙吾の姿が、目にありありと浮かぶ。
溜息を吐きそうになったが、ぐっと堪えた。
せっかくパーティーを企画したのだ、幹事がしんみりしていては盛り上がらない。
本人の代りに、皆気の利いたものを残していった。
美魚は代理人を通して、他のメンバーはめいめいに、理樹へと手渡していったのだ。
葉留佳がそわそわしているのには随分前に気づいていたから、シャンパンのグラスを空けて、理樹は切り出した。
「実はね、皆からプレゼントを預かっているんだ」
それぞれに、本気のモノとネタが織りまぜられていた。
まずは、クドの包みから。ロシアから送られてきた、結構思い一品だ。
日本のではない包装を剥がし、蓋を開けると──
「ああ……うん。確かにクドらしいね」
「っていうか、クー公が凄く強かったの、今更ながら思い出したよ……」
「クドには悪いけど、あたしはパスだな」
箱の中には、60度のウォッカが入っていた。
添えられた手紙には、クドリャフカらしい文字が綴られていた。

「VODKAはロシア語で『水』という意味です。寒い冬は命の水で乗り切りましょう。
ちなみに、私は一家で一番お酒が弱いのです……メリークリスマス・アンド・ハッピーニューイヤー!
   クドリャフカ」

三人全員がピシッと固まった。
もう数ヶ月前の話になるが、クドリャフカが酒に強いのかどうか、
『ロシア人だからきっと大丈夫だろう。もし倒れたらそれはそれで……』と唯湖がふざけてウォッカを水とすり替えたのだが、
そんなこと意にも介さない、というかまるで水のようにゴクゴク飲み、飲み終った後、ぽつりと呟いた。
「わふ? これ、ひょっとして水じゃないですよね?」
この一件で、クドリャフカには酒豪の称号がついたのは言うまでもない。
唯湖が言うには、手に入る一番きついウォッカだったそうである。
壜の残りがどこに行ったのか、唯湖以外誰も知らない。
「クドにとっては、単なるカンフル剤みたいだね」
「どーするの、これ? ひたすらジュースで割って飲む?」
「あたしはパスだ」
せっかく貰ったものを捨てたりするのは勿体無いとか以前に失礼だ。
かといって、どうしたものか。
「少しずつ割って飲もう。そう、このシャンパンくらい薄く。1%未満ならお咎めなしだよ」
「ってそれ意味無いじゃんー!?」
結局、カクテルにして飲むことに決めた。比較的、穏当な結論だ。
次は、真人からのプレゼント。
紙袋に入ったペットボトル状の何かは、振ると液体の転がる音が聞こえた。
まさかこっちも酒なのかと、戦々恐々しながら袋を開ける。
……だが、中に入っていたのは、酒よりももっと酷いものだった。

「マッスルエクササイザー・マキシマムバージョン」

Mascle Execiser Maksimum Verzion、と全部の単語をミススペリングしているのが如何にも真人らしい。
というか字が汚いのも相まって、最初は読めなかった。
「バカもここまでくると芸術的だな」
「同感」
「うん、僕も今ちょっとそう思った」
理樹の辞書にも、鈴のにも、葉留佳のにもない、不思議で独特の、否、毒々の色をしていた。
紫というには何か光っているし、蛍光色というには濁りすぎている。
振れば振るごとに、赤から黄、橙、緑、青と虹色を作っていったが、ありえないことに全部黒々としていた。
「誰か、飲む?」
「謹んで遠慮させて頂きます!」
「右に同じだ」
クドリャフカの時と違って、満場一致で放射性産業廃棄物指定の決定が下された。
マッスル何ちゃらは再び紙袋に入れられ、部屋の最も薄暗い場所に放置されることになった。
本当に、ヨウ素とかセシウムとか出て来ないといいのだが。
「次は……これは西園さんのだね」
ご丁寧に、三者三様に用意されていた。ここにいない人達の分までちゃんとある。
封筒に入った、薄い本。厚みから考えて、多分全部同じものだ。
しかし、理樹はこの時、封筒の左上に朱書きで『親展』と書かれていたのに気付かなかった。
いや、存在には気づいていたが、それの意味する本当のところを知らなかった。
『多分』は思い切り違っていて、全員ぞれぞれに違う本だったことに、まったく思いが及ばなかった。
「美魚ちんはどんなプレゼントなのかなーっ……ぶっ!!」
葉留佳が本を半分出した段階で、慌ててそれを封筒に戻した。
顔が真っ赤になっている。一体何を見たのだろう?
「ななななな、なんでもないですヨ? そう、ええ、なんでもないですとも!!」
あからさまに挙動不審だ。
サッと後ろに隠す動作だって、どうせ不透明な封筒なのだから見えないはずなのに。
「そうだ、こんな時はアルコールで気晴らししよう。うんそうしよう!」
コップになみなみとウォッカを注ぎ、一気に呷って──思い切り吐き出した。
ブバッと理樹の顔へ噴き出し、理樹は顔面が焼けた気がした。
「もう……」
「ご、ごめん」
それでも動揺が収まらないらしく、葉留佳は深呼吸をしてみたり、爪をいじくったり、忙しかった。
一方、鈴は本を完全に取り出し、珍しく読み始めていた。
「なんかこれ、みお自身が書いた本みたいだ。あたしでも読み易いように作ってある」
ちょっと嬉しい、と鈴は付け加えて、また本へと目を落とした。
和紙とホチキスで作った簡素な作りだったが、鈴は凄く楽しそうに読み、本の世界にのめりこみ始めた。
どんな内容なのか、理樹は気になった。鈴が本気で活字を読み進めるなんて、いったいどんな本なんだろう?
と、そこで理樹は自分の分を開けていないのに気付いた。
封筒の糊を剥がして、中を開けてみると、そこには鈴と同じような本が入っていた。
『聖夜の過ごし方』
……嫌な予感がした。とてもとても嫌な予感がした。
どうしてこうも、皆斜め上の発想をしなければならないのだろうか。
危険を感じた理樹は本を一旦仕舞うと、そっとテーブルの隅に置いた。
そして、一番穏当な小毬の紙袋へと、手を伸ばす。
「あぁ……僕が望んでいたのはこういうプレゼントなんだよ」
理樹は手放しで喜んだ。
中に入っていたのは、マフラーと帽子。毛糸製の手編みだ。
但し、一人分。中には小さなメモが入っていた。

「プレゼント交換で当った人、おめでとうございます!
もし私だったら……諦めます(汗)
カゼ引かないようにして下さいね。
   神北小毬」

ああ、何という温かいプレゼントだろう。
でも、この人数では交換はできない。誰か欲しい人がいたら、理樹は譲るつもりでいた。
「じーっ……」
いつの間にか、本から顔を上げていた鈴が、物欲しそうに、凄く物欲しそうにマフラーを眺めていた。
ついでに、帽子も。
理樹はもう一度、小毬からのプレゼントを見下ろした。
赤と黄色を基調とした、如何にも女の子らしいデザイン。
ところどころに雪の結晶をあしらった模様が散りばめられ、これはこれで欲しい。
何しろ、実に丁寧に編みこまれていて、簡単には破れたりほつれたりしそうにないのだ。
でも、これは鈴にあげることにした。
黙って差し出すと、鈴は静々と受け取って、次に葉留佳の顔を見た。
「なあ、はるか。ものは相談なんだが……」
「ああ、いいよ。鈴ちゃん。それ、欲しいなら貰っちゃって」
パァッと鈴の顔が明るくなった。
ぎゅっとマフラーを抱きしめて、綻んだ笑みを見せる。
「ホントにいいのか、はるか?」
「いいよ、いいよ。だって、こまりんは鈴ちゃんの一番の親友だもん」
「ありがとう!」
気が早く、早速帽子を被って微笑む鈴。
嬉しくて仕方ないのだろう、ずっと頬は緩みっぱなしだった。
理樹も何か一つ貰っておきたいと、唯湖の包みを開けた。
『親展 直枝理樹君専用』と書かれている、随分と軽くて小さな包みだ。
専用と書かれているからには、きっと理樹の役に立つ一品に違いない。
わくわくしながら、理樹は中の箱を取り出した。
──そこまできて、ようやく後悔できた。

「やればできる。以上」

明るい家族計画。聖夜ではなく性夜。
男性用の薄膜が、なぜどうしてこんなところにあるのか。
勘弁して欲しいと願いつつ、それも美魚のプレゼントと一緒に片隅に置いた。
ここまで符合が一致すると、美魚と唯湖は最初からグルだったのではないかと思わせる。
佳奈多からのプレゼントは、中性的なブローチとネックレス。
程々の値段だったろうに。
今度は葉留佳が涎を垂らしそうな勢いで見つめ続けていたので、理樹は葉留佳にそれをあげた。
「お姉ちゃんからのプレゼント……久しぶりだあ」
こっちも、すっかりご満悦の様子。
ツインテールが、気持ち良さそうに跳ねている。
活発な笑顔に、理樹はまた鼓動が上がってくるのを懸命に抑えた。
顔が赤くなってきて、体温が上がっているのが、はっきりと分かる。
心臓がバクバク言い出した。落ち着け、クールになれ、いいから少し──
「どうしたの、理樹くん、顔真っ赤だよ?」
ずい、と葉留佳が近寄ってきた。理樹の前髪を掻き上げて、体温を測る。
それだけに留まらず、ちょん、とおでこをくっつけてきた。
理樹は飛び退ろうにも座っているためにできず、目をきつく閉じた。
淡い吐息が顔にかかって、思わず理性を失いそうになる。
「うーん、平熱だね。暖房にでも当っちゃった? ちょっと寒いけど外の空気、浴びてきた方がいいと思うよ」
「そう、しようかな……」
理樹は立ち上がると、ふらふらとした足取りで部屋を出た。
背後で鈴と葉留佳が何かを喋っていたが、まったく聞こえなかった。

頭が沸騰しそうになる。
葉留佳の顔を見つめているだけで、ドキドキして、息が苦しくなって、心も苦しくなる。
一方で、葉留佳と一緒にいたい、葉留佳の顔を見つめていたいという自分がいて、訳が分からなくなる。
どっちが、本当の自分なのだろう?
目の前で、葉留佳の笑う顔や怒る顔、恥ずかしがる顔が浮かんでは消えていった。
「理樹くん。外でちょっとだけ待ってて。絶対、入ってきちゃダメだよ!」
「あ、ああ……うん」
何かまた、葉留佳が始めたらしい。悪いことでなければいいのだが。
ドアをひとつ隔てた向こう側で、一体葉留佳は何をやっているんだろうか。
音が遮られて、よく聞こえない。
「やめろ、きしょい、触るな!」
「鈴ちゃんも、やるんだよっ、せっかく用意したのに、勿体無いでしょ!」
「いやだ、やめろ、触るな、こらっ、そんなとこまで……うにゃああああ!!」
ああ、大惨事が起きている。誰か助けて。
ドタバタと部屋中を駆けまわる音がして、唐突に止んだ。
その後、中で何が起きているのかは聞こえなかったが、やがて葉留佳が「いいよ」と理樹に声を掛ける。
おっかなびっくり、扉を開けると、そこには幻想が広がっていた。
「え? どうしたの、二人とも、その格好?」
理樹は一瞬、自分が夢の中にいるんじゃないかと勘ぐった。
それだけ、目の前に広がっている光景は、想像を絶していた。
二人とも、サンタクロースの格好をしている。
見間違うはずもない、赤くて、三角帽子で、何が入っているのやら、膨らんだ白い袋を肩から提げている。
さっきのドタバタはこれが原因だったらしい。物凄く恥ずかしそうな顔で、鈴も同じものを着ていた。
そして、極めつけは、そのスカートである。膝上何センチなのか、想像もつかない。
ほんのちょっと足を上げるだけで、もう下着が見えるんじゃないかというくらい超ミニだった。
鈴は、その身長の低さが幸いして、葉留佳と同じサイズだったにも関わらず、ほんのちょっぴり余裕があった。
それでも、ミニスカートであることには変わらない。
まさに唯湖が悪戯したくなるような、羞恥に染まった真っ赤な顔。
前屈みにになっているのもポイントが高い。
一方の葉留佳も、健康的な美脚に、白いニーソックス。
絶対領域の太ももが完璧なバランスで想像力を掻き立て……って、一体何を考えているんだ!?
理性を総動員させて、迫る動悸を抑える。そうだ、素数を数えよう。そうしよう。
「おぅおぅ、理樹くん動揺してるよ。作戦大成功だね!」
こっちにおいで、と手招きをする葉留佳。
逆らうこともできず、そもそも玄関に突っ立っている訳にもいかず、理樹は誘われるがままに部屋の中に入った。
それが最良の選択だったのかどうか、今でも分からない。

コスプレ少女二人に挟まれて、パーティーは続く。
本来ならば据膳食わねば何とやらなくらい美味しい話に見えるが、理樹にそんな根性はない。
むしろ、相手をひたすら気遣うが故に、出したくても手が出せない。
ヘタレと言われれば、そうなのかもしれない。
どっちにせよ、同じことだ。この、天国で地獄のようなパーティーを穏便に畳むこと。
それが、直枝理樹に課されたただ一つの試練なのだ。
「かんぱーい!」
「か……かんぱい」
──と言いたいところだが、何だか二人の様子がおかしい。
グラスをぐびりと開けた後、急に鈴が立ち上がって、葉留佳に絡み始めたのだ。
葉留佳も立たせて、一緒に踊りだす。
調子っ外れな歌でステップを踏み、たどたどしい動きながらも、メチャクチャ愉快な顔をしている。
吹っ切れたというよりも、気が無駄に大きくなっているような?
「ってこれさっきのウォッカじゃないか! そうか、葉留佳さん、鈴に一服盛って」
「ぴ〜ぴひゅ〜はるちん何のことだか分からないのです〜。同じバカなら躍らにゃソンソン!
せっかくひんぬーワンコが用意してくれたプレゼントを無駄にするなんてそんな罰当たりなことできません!!」
「そうだぞ、理樹、はるかの言う通りだ!」
「おっ、鈴ちゃんその調子だよ、もっと言ってやれ!」
「理樹も飲めーっ!!」
壜を開けた鈴は、ウォッカをグラスに注ぐのかと思いきや、その口を持って理樹に突進してきた。
あまりにも突然のことで、理樹は避けきれず、野球で鍛えたぴったりのコントロールで口に壜ごと突っ込まれた。
鈴のコントロール性能は抜群だ。しかも、シラフの時よりも。それは非常に困った事態なのではないか?
そんなことを考えていると、段々頭の働きがぼやけてきた。
流石60度。慣れていない理樹が酒精の魔力に勝てる訳がない。
それよりも、鈴と葉留佳が物凄く楽しそうに見えた。だって、飲めや歌えやの大騒ぎ。
参加しなければ、とっても損をしそうな気がした。
理樹は口に収まっていた壜を引き抜くと、栓を探して締め、二人の列に加わった。

***

今、何時何分だろう。
理樹が起き上がった時、辺りは真っ暗で、何も見えなかった。
照明は落ち、遮光カーテンが窓の向こうに広がる景色を完全に覆い隠してしまっている。
僅かに、カーテンの隙間から何らかの灯りが漏れ込んでいる。ただ、それは局所的で、辺りに光は広がっていない。
目を擦って、手探りにスイッチのところまで歩いていく。
途中で何かを間違えて足に引っ掛けてしまったが、それは誰かの身体では無かったため、理樹は一安心した。
入り口に据え付けられたスイッチをぱちりと付けて、そして、何も起こらなかった。
理樹が手を離すと、スイッチは淡い橙色の光を発している。『OFF』の時に、目に付きやすいようになっているやつだ。
とすると、部屋の灯りの方で紐を引っ張って消してしまったことに他ならない。
「しまった、そっちか」
普通に考えれば、当たり前だ。何せ酒精が入って錯乱するほど騒いでいたのに、わざわざ部屋の外に出ない。
頭がはっきりとしてきた。それと同時に、アルコールの副作用か、じんじんと鈍い痛みが走り始める。
最後に残っていた記憶から考えると、壜を三人で空にしてしまったような気がする。
やってしまった。痛みと反省で頭を抱えながら、部屋の中に戻り、紐を引っ張って灯りをつける。
すると、さっき足に引っ掛けたものが何か、ハッキリと見えた。
「あっ……あっ……」
少々、刺激が強すぎるものを見てしまったようだ。
くーかーと寝息を立てている葉留佳のスカートが、ぺろりとめくれていた。
うつ伏せになった身体を開いて、楽な姿勢で眠っている。
しかも、実に絶妙なめくれ具合だった。太ももの更に奥でちらりと見えるショーツの色は、ソックスと同じ純白。
ただ、凝視する限り、只の綿製ではない。勝負パンツというか、軽くレース状の装飾があしらわれている。
はたと、じっくりと視姦している自分に気がついた時、理樹の理性は半分飛んでいた。
葉留佳に、もっと顔を近づける。少女の匂いが強く鼻を打って、半分残っていた理性の更に一部分が削ぎ落とされた。
紅い唇。甘い吐息。無防備な姿。理樹はごくりと生唾を飲み、必死に耐えた。
だが、ゆっくりと、心を護る理性の鎧が脱げていく。
水際に一歩進んで、理樹は葉留佳の頬をちょん、とつついた。
むずがるようにむにゃむにゃと言い、ころりと寝返りを打つ葉留佳。
仰向けになったその肢体は、特に胸元から甘酸っぱい匂いが溢れていて、理樹の理性を削り続ける。
まつ毛がぴくりと動き、葉留佳は夢の中でむずがる。口が僅かに開き、舌が軽く唇を舐めた。
もう、我慢の限界。男には越えさせてはいけないラインがあるのだ。
ミニスカサンタの格好をした葉留佳に、理樹は口を近づけていく。
心臓がドキドキバクバク、まったく言うことを聞かない。
理樹は激情に流されるままにぐいと顔を葉留佳に寄せて、
「理樹くんの、えっち」
悲鳴を上げて飛び退った。
けたたましい絶叫で鈴も起き出し、現状を確認すると、理樹くらい大きな悲鳴を上げて臨戦態勢に入った。
「はるか、理樹に何をした!? 理樹、こいつに何をされた!?」

立場的には、理樹が寝ている葉留佳を襲っている図にしか見えないのだが、鈴にはバイアスが掛かっている。
何か問題が起きたら、それは常に真人か唯湖か葉留佳が原因なのだ。
理樹はむしろ問題を収める方に奔走するから、二人が一緒にいたら、悪いのはいつも葉留佳だ。
今回は両成敗と表現した方が良さそうだが、鈴はもう頭に血が上っていて話を聞いてくれそうにない。
こんなにも激高した鈴は、後にも先にもないだろう。

「べーっ、理樹くんは私のだもん、例え鈴ちゃんにだって絶対許さないんだもん!!」
「理樹から離れろ、葉留佳。あたしは本気だぞ。断罪する……」
「どうやら本気でバトルをしないと分からないようだね、鈴ちゃん。残念だよ」
理樹は女二人の熾烈な戦いに巻き込まれて、頭が空っぽになった。
唐突すぎる火花の散り合いに、思わずそそくさと逃げ出したくなる。
さっきまで精神を支配していた欲情は、いつの間にやら綺麗さっぱり消え去っていた。
「と、とにかく、落ち着いてよ、二人とも……」
バッ、と振り向いた二人は、凄みに満ちた剣幕を見せていた。
視線だけで人を殺せるなら、理樹は多分死んでいる。
バチバチと爆ぜる二人に挟まれて、理樹は竦み上がった。
「理樹くん!」
「理樹!」
「は、はいっ!?」
二人が同時に叫ぶ。
ピッと姿勢を正した理樹は、葉留佳と鈴にずずいと寄られて、思わず顔を逸らした。
怖いほどのオーラに包まれた理樹は、二の句が次げなかった。
「理樹くん。私と鈴ちゃんと、どっちが好き?」
「理樹、あたしとはるかと、どっちが好きだ?」
二人の女の子から同時に言い寄られるのは、こんな修羅場でなければ或いは嬉しかったかもしれない。
だが、現実はそんなに甘くないのだった。
「理樹くんは私の方が好きだよね、私なら理樹くんをいっぱい悦ばせてあげられるし、
絶対退屈しないよ。私だよね、理樹くん?」
「理樹、あたしと一緒の方が楽しいよな? こんなお騒がせより、あたしの方がいいよな?
あたしだって、その……そう、理樹にご奉仕できるぞ!!」
葉留佳はともかく、鈴は生まれて初めて唯湖に感謝している顔だった。
とにかく、こんな押し売りだかキャッチだかのような決断を迫るやり方、理樹には到底無理だった。
「落ち着いて、二人とも。順番に言ってくれても、誰も損しないよ」
さっき恭介のようになりたいと願ったのに、もう日和見である。
我ながら情けないと思いつつ、理樹は結論を先延ばしにした。
――もう、答えは決まっているというのに。

コイントスで先攻後攻が決まり、鈴が先に決まった。
ほぼ無理やりやらされたサンタコスは、妙に色気があって可愛い。
でも、ただ、鈴の可愛さは、妹のような、或いは友達として、幼馴染としての可愛さだ。
ただ一つだけ大事なことは、鈴の話をしっかりと聞いてやること、それだけだ。
「な、なあ……」
「うん」
「その、あの、えっと……うん」
途切れ途切れになって、会話が続かない。
理樹はじっくり、鈴が次の言葉を紡ぐのを待っていた。
やがてもう一度口を開いた時、鈴の顔には決意が宿っていた。
「あたしも、はるかも、理樹が好きなんだ」
無言を貫く。理樹だって、なんて言えばいいのか検討がつかないのだ。
それよりも、鈴が喋るに任せていた方が、彼女も話しやすいだろう。
「はるかが、羨ましかった。いつもいつも、気軽に理樹に話しかけられて……
あたしも、理樹と一緒にいたかった。でも、なんか、こう、できなかったんだ。何かが邪魔するんだ。
まるで、あたしがあたしじゃなくなったみたいに、言葉がいつも逆になった……
でも、今日だけは違う。はるかが、どうしても負けられない相手がいるから、
絶対に、あたし自身の心と同じことを言わなきゃ、って……」
相槌も打たない。鈴の切羽詰った顔を見て、頷くだけなんてできなかった。
鈴はずっと堪えているようだが、さっきから肩が震えっぱなしだ。
よっぽど止めてあげたかったが、それは許されない。
遂に心から溢れ出したものがあるのか、鈴は目尻に涙を溜め始めた。
雫を絶対に零さないように、必死に頑張りながら、鈴は尚も言葉を続ける。
「理樹!」
「……なに、鈴?」
鈴の叫びに、ようやく理樹は答えた。
これから先、何と言うかは分かりきっている。
だから、理樹は返事をした。鈴に答えを返すために、はっきりと答えた。
「あたしは……理樹が好きだ。もっと一緒にいたい。ずっと一緒にいたい」
はっきりと、口に出して、鈴が言った。
理樹はそれを驚きと共に受け入れ、そして何より、自分自身を好いていてくれることにまた驚いた。
「でも、気付かなかった。鈴が誰かを──いや、僕を好きになってたなんて」
「あたしだって女の子なんだぞ、気付けバカ者」
ちょっと頬を膨らませて、鈴が拗ねる。
ぷいっと横を向いていたが、すぐに元に戻って俯いた。
「イエスか、ノーかは、はるかが話した後に決めてくれ。
あたしからは、もう何も言わない。理樹に任せる……」
立ち上がるなり、鈴はふらふらと部屋の隅に行った。
頭を抱えたり、振ったり、膝の間に埋めてみたり、今にも死にそうな様子だった。
葉留佳がこれから何をしようとも、絶対に見ないぞと決心している。
中途半端な言葉などとても掛けられず、理樹はその後姿から目を逸らした。

後攻は葉留佳。鈴が話している間に覚悟を決めていたのか、行動は鈴よりも早かった。
ちょこんと理樹の前に座り、すぐに足を崩す。
サンタクロースのコスをした今になっては、「私がプレゼントです」と言わんばかりに扇情的だった。
スカートの裾を持ち上げて、じわじわとたくし上げる。
秘密の花園が片鱗を現し、白い布地と血色の良い太ももが顕になった。
カーッと、顔が熱くなる。今まで押さえ付けていた欲望がその蓋をそっと開けて、心に染み出してきていた。
「ね、理樹くん。私がいつから理樹くんを好きだったか、知ってる?」
「えっ……?」
突然の質問に、戸惑う理樹。
葉留佳は涙さえ浮かべた笑顔で、ぽつりぽつりと話し始めた。
スカートを下ろして、
「最初は、からかうのが凄く楽しかっただけなんだ。でも、野球したり、騒いだり、『リトルバスターズ』として活動してたら、
結局気づくじゃない? 理樹くんが実際にメンバーを集めたんだなあ、って。
ちょっと頼もしいなあ、って思ってたけど、いつの間にか好きになってて……あぁ、まとまらない!」
頭をポカポカ叩きながら、葉留佳はどうしたものかと思案に暮れている。
理樹の結論は一つだけだ。残酷だけれど、二人を同時に選ぶことはできない。
むしろ、同時に選んだ時は、より残酷な結末が待っていることだけは、容易に予想できるのだから。
「とっ、とにかく、私も理樹くんが大好きです。できれば、他の女の子とは違う、付き合い方をして欲しいなあ、って思います。
ただ、もし、理樹くんが鈴ちゃんを選んだとしたら、私は理樹くんと友達でいたいです。
これで終りだなんて、嫌だから……」
そこまで言ったところで、鈴が飛び出してきた。
どうしても言わなければいけないことがあるという、強い表情。
「理樹! あたしだって同じだ!! もしお前がはるかを選ぼうと、あたしは絶対腐らない。
葉留佳なら許す。リトルバスターズに免じて特別だ。
だから、安心してどっちか選べ。あたしは例え何が起きたって、リトルバスターズの一員だ……」
双方共に、覚悟を決めたようだ。
理樹によるジャッジの瞬間を待ち望み、場は鉛よりも重く、しかし不思議と張りの弱い空間となった。
長く、理樹は黙り込んでいたが、やがて立ち上がり、葉留佳の元へと歩いていった。
自分の下した答えが間違っていなかったのか、そのための沈黙だった。
手を差し伸べ、ニコリと微笑む。
葉留佳は、宝くじに当たったのが信じられないのと同じような顔をしていた。
「僕も、葉留佳さんが、好きです」
みるみるうちに涙を溢れさせた葉留佳が理樹に抱きつき、久方ぶりに主人に出会えた子犬みたいに泣き出す。
理樹は鈴を振り向き、ただ一言「ごめん」と言った。
それ以上、何か余計な装飾をするのは、似つかわしくないし、相応しくないし、
何より、何を言っても鈴に失礼を働くことになるだろうと思ったからだった。
「……うん。さっきも言っただろ、あたしはお前の幼馴染で、友達だ。それ以上じゃなくなった、それだけだ。
理樹を、理樹を幸せにしろよ……っ!!」
テーブルの上に置いてあったジュースを飲み干すと、鈴はサンタクロースの姿をしたままで部屋を飛び出していった。
行く先はあるのか、そもそも着替えはどうするのか、そんなことを考えていると、葉留佳に頬擦りされた。
「あぅ、理樹くんの匂いが、こんな近くに……今ほぼイきかけちゃったよ」
「あ、あはは……」
しばらく、二人で見つめ合っていた。
沈黙は沈黙だったが、それはとても心地よく、楽しいものだった。
「鈴は、大丈夫かな?」
「あぁ、あの娘なら多分大丈夫だよ。だって、姉御の居場所知ってるはずだもん」
「え?」
今ここで唯湖の名前が出てくる理由が分からない。頭を捻っていると、葉留佳が事情を教えてくれた。
それは理樹が知っているものよりも詳しく、また向こうの状況もよく分かった。
「姉御と恭介さん、クリスマス中止デモやってるはずだし。花火持って街中練り歩いて、
『今年のクリスマスは中止になりました』って怪文書めいたビラ配ってるらしいよ。
そろそろ戻ってくる頃だし、分からなくたって電話一本すれば繋がると思うよ」
「そ、そうなんだ……」
「だから、ね?」
ポッと頬を朱に染めて、唇を突き出す。それに応えて、理樹が葉留佳の肩を抱き寄せた。
短いファーストキスは、すぐに二人を沸騰させた。
残っていた酒精の魔力と、部屋の薄暗さも、その一因だろう。
何よりも、葉留佳のすぐ側には理樹のベッドがある。雪崩れ込むな、という方が無理だった。
「ね、ねえ、理樹くん」
「何?」
努めて冷静に、理樹は聞いた。未来が予知出来るのか、今、理樹の頭は明晰に鋭く、全てを見透かせそうな気がした。
葉留佳は衣装のボタンに手を掛けながら、ベッドを指差した。
「私、もっと理樹くんを感じたいよ……優しくして?」
潤んだ瞳で見つめられて、ノックアウトしない男などこの世にいない。
理樹も中性的な容姿でありながらやはり男である訳で、もう一度だけキスを重ねると、少女の手を引いた。

***

「うんうん、鈴君にも遂にこの日が来てしまったか。痛いよな、失恋というのは」
「……ひぐっ、えぐっ、うぅっ……うわぁぁぁぁぁーん!!」
一方、鈴は葉留佳の予想通り、唯湖の元にいた。
既に『デモ』は終り、恭介と別れて部屋でゆっくりしていたところだった。ちなみに、真人の行方は杳として知れない。
鈴は訪ねて行った時、唯湖は温かく迎え入れてくれた。
強くいられたのは、理樹の前でだけ。
唯湖に温かく迎え入れられた鈴は、涙腺が決壊して大泣きしていた。
「自棄酒、自棄食い、何でも付き合うぞ。今日はお姉さんの奢りだ」
「うあぁぁーん、くるがや、くるがやぁ……」
「よしよし。鈴君、理樹君の前で涙を見せずに優しく見送ってやったんだから、君は私よりもよっぽど強いんだぞ。
今夜ばかりは泣きたいだけ泣いて、また明日元気に顔を合わせられるようになろうな」
「うん、うん……ひっく、えっく……」

鈴は、決して弱くない。そして今日、また一歩強くなったのだった。
「しかし、理樹君が葉留佳君派だったとは、私も見抜けなかったな……何という才能だ」
唯湖は一人、至極冷静に現状を分析していた。

小説ページへ


















































ありそであったえち続編

inserted by FC2 system