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「ルーちゃん! 久しぶり」
「キャロこそ久しぶり!」
次元航行をすること、数時間。
カルナージで暮らしているルーテシアの元へ、例によって休みを取らされたエリオとキャロが遊びに行っていた。
少女は長いストレートを振って二人の顔をしげしげと眺め、その疲れた顔を見て溜め息を付いた。
いつも、この星で一泊二泊してようやく人心地ついたような顔をするのだ、誰だって仕事疲れなことくらい分かる。
「あなたたち、そろそろワーカーホリックは止めにしたら? そりゃ、フェイトを見て育ってればそうなるのも分かるけど……」
「私は、動物たちと触れ合うのが好きなの。だからつい、その、休暇を溜め込んじゃいまして」
「僕はキャロと一緒に仕事ができればそれでいいから」
ノロケにも聞こえるが、ただの仕事バカにも聞こえる。
要するに、このまま放っては置けないタイプの二人なのだ。

「……ねぇ、ところで」
「どうしたの?」
ルーテシアはキャロの全身をじっと見て、次いで自分自身の身体を見下ろした。
連絡はよく取り合っていたが、実際に会ったのは半年振りか。
すらりと伸びたスレンダーなボディに、人並みよりもやや大きいバスト。
目の前にいるキャロと見比べて、ルーテシアは一つの疑問を抱いた。
「キャロ、ひょっとして背、縮んだ?」
「縮んでないよ! ルーちゃんが勝手に大きくなっただけだよ!! 私だってちょっとは伸びたんだから」
「へぇ、どれくらい?」
「えっと、それは──」
言葉に詰まるキャロ。帽子をきゅっと深く被り、追求をかわそうとしているのがありありと分かった。
この、小動物にも似た可愛らしさに、ルーテシアは悪戯心が沸いてきた。
もう一つの質問を、ニヤニヤ顔たっぷりに呟く。その攻撃力や、いかに。
「ぺったんこ」
「ふぇ!?」
「ぺったんこ」
「ぺ、ぺったんこって言うなぁ!」
「ぺったんこ」
「うわーん!」
キレ始めた。このままからかっても良かったのだが、せっかく久しぶりに顔を合わせたというのにケンカではぞっとしない。
どうやって場を畳もうか考えていると、キャロはバッとエリオの方を向いた。
そこには、何かもう鬼気迫るオーラが漂っていた。どうやら不味いポイントをつついてしまったらしい。
「エリオ君! 手出さないでね!」
「えっ、えっ?」

ずいと一歩前に出たキャロは──あろうことかルーテシアの胸をむんずと掴んだ。
「なっ、キャロ何するの!」
「ルーちゃん……知ってる? おっぱいって脂肪で出来てるんだよ?」
ルーテシアは驚愕に目を見開いた。鋭い気配は身を潜め、逆にそこに誰もいないかのようだった。
明らかに違うのは、その視線。キャロの頭はルーテシアの首までしかない。
上目遣いに見上げられる瞳からは、いつの間にかハイライトが消えていた。
「肩は凝るし走るのは遅くなるし年取ったら垂れるし、百害あって一利なしだよ」
もにゅもにゅと胸を揉み続けるキャロ。
軽い恐怖にルーテシアの背筋は凍り、額からは嫌な汗が流れた。
「大体、私の胸が小さいのは、エリオ君に夢を与えてたからだよ。
大きなおっぱいに夢が詰まってるなんて都市伝説。詰まってるのは、し・ぼ・う」
論理が破綻しているのが滅茶苦茶に怖い。
抑揚がゼロで機械のように無機質な声が、キャロの喉から絞り出される。
流石に不味いと思ったルーテシアは謝り、何とか場を収めようとしたが、もう手遅れだった。
「いいよ、別に……ふふふ、だってエリオ君はちっちゃなおっぱいの方が好きだもん。
おっぱいが大きくなっちゃったルーちゃんはもう、エリオ君の眼中にないもん」
言いたい放題。エリオの方を見たら目を逸らされた。
介入したくない気まずさと、ずばり趣味を暴露された恥ずかしさがカオスに入り乱れていた。
「それじゃいこ、エリオ君」
「キャ、キャロ!? ごめんなさ──」
エリオの手を取って、ルーテシアの横をすり抜けて行くキャロ。
慌てて追おうと腕を伸ばしたが、掠めただけでキャロを掴むことはできなかった。
丘の上に備えられたコテージへ、二人は歩いていく──というか、エリオを連れ込みかけている。
呆然と立ち尽くしていると、丘に立ったキャロが振り向いた。
その顔は妙に綻んでいる。

「貧乳はステータスだもん! 希少価値だもん!!」

さっきのは演技だったのか、それとも本気だったのか。
今となってはもう分からない。
でも、一つだけ言えることがある。
キャロは、もう許してくれたのだ。
「ありがとう、キャロ!!」
急いで、ルーテシアも丘を駆け上がった。
二人の親友と、沢山お話しすることがあるのだ。
「キャロ、エリオ、待ってよー!」

三人の鬼ごっこが、唐突に始まった。
誰が鬼なのかも、もう分からなかった。

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