ブログ
平穏な日々を取り戻した機動六課でのこと。
きっかけは、スバルの唐突な一言だった。
「スターズとライトニングに分かれて訓練すること多いからさ、明日の自主トレでコンビ変えてみない?」
ティアは真っ先に溜め息をつく。
スバルのことだ、どうせ理由なんて「なんとなく思い付いたから」とかに違いない。
皆も同じように呆れているのだろうと見渡したが、それはどうやらティア一人のようだった。
エリオとキャロは期待と不安の入り混じった顔をしている。これではスバルを諦めさせる切り札にはならない。
こうなれば残るは隊長陣の判断のみだ。ティアが期待を込めて隊長たちを見ると、
「まー任務で出動することも滅多になくなって退屈してたとこだしな」
「ああ、丁度いい刺激になるだろう」
両副隊長のお墨付きを得てしまっては、付き合うしかなかった。

翌日の朝。通常の訓練は休みだったため、フォワード四人だけが訓練場所に集まる。
「スバルさん、コンビ替えって言っても、どうやって決めるんですか?」
昨日から敢えて口にしなかった疑問を、エリオがぶつける。
言うまでもなく、スバルがどう反応するかを見るためだ。
「そういえば、どうやって決めようか?」
──予想通り。
「えっと、じゃんけんとかどうでしょう!」
キャロなりに全力の提案が飛び出し、もはやトレーニング前とは思えない脱力ぶりだ。
スバルたちの議論は「じゃんけんをどう利用してコンビを決めるか」で停滞していた。
まったく、あたしがまとめないとダメか。
「じゃあ、スターズとライトニングが同時にじゃんけんして、勝ったほう同士、負けたほう同士で組むわよ」
「エリオ君、わ、私はパーを出しますっ」
ライトニングでは、結果の目に見えている心理戦が繰り広げられていた。
「あたしたちも行くわよスバル、じゃーんけーん、ぽん!」
ティアの手はグー、スバルの手はパー。
「ありゃ勝った。じゃあたしはエリオとだね」
「やっぱりスバルもそう思う?」
その直後、キャロは宣言通りパーを、エリオもその宣言に従ってチョキを出していた。
「勝敗自体に意味はないんだから、エリオも別に勝つ必要ないのに」
ティアとスバルは顔を見合せて笑った。
「ちょうどミッド式とベルカ式で分かれたね」
「トレーニングには丁度いいかもね」
そう言うと、ティアはスバルの正面に立ち、少し悲しそうな表情を貼り付ける。
「三年半のコンビ生活、悪くはなかったわよ」
勝手にコンビ解散しないでよぉ、と喚くいつも通りのスバルに対し、
「ティアさん、スバルさんとコンビ解消しちゃうんですか?」
キャロが額面通りに受け取っていた。絵に描いたような天然ぶりに、思わず吹き出してしまう。
「まあ、少なくともあと半年は解散の心配なんてする必要はないから安心しなさい」
ティアは背を向けると、首を回し視線だけをエリオとスバルに向ける。
「エリオ、ちょっとの間キャロを借りるわよ。スバルをよろしく」

久しぶりのミッド式同士の訓練。訓練生時代が懐かしく思える。
召喚と支援魔法中心だったキャロも射撃魔法を使いこなすようになり、ティアの幻影魔法を相手に善戦していた。
「こうやってティアさんと二人でいると、お姉ちゃんができたみたいです」
キャロの感慨深そうな呟きに、ティアは不思議な感覚に囚われた。
フォワードのリーダーかつ最年長という自覚こそあったが、自身のことは「兄の背中を追う妹」とばかり思っていた。
まさか自分が『姉』と呼ばれるとは思っていなかったのだ。
「こんなこと言っては失礼なんですが、初めて会った頃のティアさん、少し怖いイメージがあったんです」
「そういえば、スバルも初めて会ったときはそう思ってたみたいよ」
え、あのスバルさんが? といった表情のキャロに、ティアは自嘲気味に笑った。
「あたしはずっと一人で意地張って、スバルを振り回して、なのはさんや副隊長たちに叱られて」
自嘲の表情は消え、微笑みに変わる。
「でも、それも今はいい思い出よ。あの頃みたいな我が儘言ってたらセンターガードとしてチームをまとめられない」
「やっぱりティアさんはみんなを守ってくれる、強くて優しいお姉ちゃんです」
『お姉ちゃん』なんて──ティアは慣れない呼び名に赤面していた。
「みんなを支援して守るのはフルバックのキャロのほうでしょ?」
「でもお姉ちゃんはお姉ちゃんです!」
話題転換も空振り、ティアはキャロの天然さを改めて思い知った。
でも実際のところ、戦闘中のキャロは支援と防御で仲間を守るポジションだが、
エリオと二カ月差とはいえメンバー中最年少。
『危なっかしい妹』という表現がぴったりだ。
戦闘中だけでなく、日常生活においても「守ってやりたい」という想いがどこからか湧き上がってくる。
「ああもう、分かったわよ!」
仕方なく、ティアは諦めの叫びを上げる。
キャロに対して折れたのではない、自身の感情に対しての諦めだった。
「今日だけはあんたの『お姉ちゃん』になってあげるわ。今日だけよ!」

***

スバルたちには「少しだけコンビ続投よ」と手短に伝えると、ティアはヴァイス陸曹を訪ねた。
もちろん、バイクを借りるためだ。
「またスバルとお出かけか?」
「いえ、今日はちょっと違うんです」
その直後、「お待たせしましたー」と高い声が響く。
「こりゃ意外な組み合わせだな」
「まあその、一時的な姉妹ってところです」
その言葉で一瞬、ヴァイス陸曹の表情が変わったのをティアは見逃さなかった。
事件が一段落したあと、陸曹から一通りの話は聞いていたから、その意味はすぐに分かった。
「……ちゃんとキャロを守ってやれよ。お前なら心配ないと思うけどな」
──「かつて妹を傷つけた兄」なりの気遣いだろう。
「もちろんです、私が決めたことですから。キャロ、しっかり掴まってなさい」
キャロが細い腕を腰に回したことを確認すると、ティアはハンドルを握り直し、スロットルを捻った。

「スバル以外を乗せて走るのは初めてかもね」
クラナガンへの道を走りながら、キャロに語りかける。
「スバルさんとはこうしてよく出掛けてたんですか?」
「うん、訓練生時代はよく行ってたけど、六課に入ってからは一度だけね」
馬鹿力のスバルとなら心配せずにもう少し無茶なスピードも出せたが、今日は少し控えめだ。
「で、キャロはどこか行きたいところはある?」
「えっと……ティアさんとならどこでも……」
急にか細くなるキャロの声に、ティアは小さく笑った。本当に『妹』だ。
「そうね、じゃあいつもスバルと行くところを紹介するわ」
「はい、楽しみです!」
少しだけ、バイクのスピードが増した気がした。

まずはスバルお気に入りのアイス屋で、スバルがいつも何を注文するかをキャロに教える。
てっきり驚くか呆れるかの二択だと思っていたが、キャロは力強く頷いていた。
「その気持ち分かります。だってどれも美味しそうですから」
まさか本当にスバルと同じようにアイスの玉を五つも乗せたりしないだろうか。
この小さな体であれだけの大食いだ、この子ならやりかねない。
ヒヤヒヤしていたティアだったが、いたって常識的な玉の数に胸を撫で下ろす。
「で、こうやって食べるの。かんぱーい!」
アイスの先端を軽く合わせ、二人は同時にアイスを頬張る。
「んーっ、ふめはーい!」
「当り前でしょ、アイスなんだから」
スバルに対してだったら呆れたような口調になるはずが、キャロに対してのそれは全く違うものだった。
親友と見る風景と、妹と見る風景は、こんなにも違うものなのか。
「でも、スバルと行くところって、ゲームセンターとか遊園地の絶叫マシンとかばっかりだからなぁ」
アイスを食べながら考えていた時、妙案が浮かんだ。
「そうだ、あのときのエリオとのデートコースでも辿ってみる?」
するとキャロの顔がみるみる紅潮していく。
「付き合ってるんなら、ちゃんとお姉ちゃんにも紹介しなさい」
「あの、付き合ってるとかじゃなくて、その、エリオ君とは……」
スバルへの軽口のようには行かず、キャロはまたしても言葉通りに捉えていた。
「少なくとも、あんたとエリオはお似合いのカップルよ」
「それを言うならティアさんだって、スバルさんとお似合いですっ!」
キャロの力説に押され、キャロはスバルの姿を思い描いてみる。
性格も体力も男勝りだし、セクハラしまくりだし、不意に優しい一面を見せるし──
プッ。ティアは盛大に吹き出した。どう見ても「お嫁さんをもらう側」だ。
「だからティアさんとスバルさんはお似合いのカップルなんです」
「……カップル? あたしと、スバルが?」
キャロは「はい!」と強く肯定する。
ティアの思考はもつれて混乱し、徐々にひとつの結論に辿り着く。
──それって、スバルはあたしの『彼氏』ってこと?

「えっとキャロ、一つずつ教えていくわ。カップルってのは普通、男女のことを指すのよ」
「でもティアさんとスバルさんは女同士のカップルです」
まさかキャロにそんな目で見られていたのか、スバルにセクハラされてるところを見られて勘違いしたか、あるいは──
「一応聞くけど、コンビとカップルの違いって分かる?」
「えっ、仲のいい二人という意味ではないんですか?」
ティアは今度こそ安堵の溜め息をついた。
エリオの話になると赤面するあたり、本来の意味でのカップルに相応しい。
とはいえこの様子では、それを教えるのはまだ時期尚早だろう。
「カップルってのは、限られた人としかなれない、親友以上の関係のことよ」
必要最小限の説明に、「あたしとスバルは親友止まりだけどね」と苦笑いを付け加える。
「そうなんですか、じゃあもしエリオ君とそうなれたら、ティアさ…お姉ちゃんに真っ先に報告します!」
うん、と優しく頷くとティアは立ち上がり、まだアイスを食べ終わっていないキャロの頭にポンと手を乗せる。
その拍子にキャロのピンク色の髪がふわりとなびいた。
「やっぱりデートコース辿りは中止。あの時もエリオと途中までしか回れなかったでしょ、だから」
目を丸くしたままのキャロに向かい合い、ティアは言葉を押し出した──できるだけ姉らしく見えるように。
「キャロはエリオと二人でゴールを目指しなさい」
少しだけ考えるように宙を見つめ、キャロは笑顔で大きく頷いた。


小説ページへ

inserted by FC2 system