ブログ
なのはがその日、大所帯を連れて商店街まで出かけて行ったのは、春の息吹が感じられる夕方のことだった。
まだまだ風は寒いけれど、陽の光は暖かく顔を照らす。
「そっかー、桃子さん今日誕生日だったんだね……早いなあ」
「何がですか?」
皆でわいわいと歩いていく道中、忍がぼそりと喋った。
隣にいた晶が聞き返すと、スラリと伸びた影が振り返る。
「私と高町くんが初めて会ってから、もう二年も経つんだなあ、って」
なのはが見上げるほどに、まだまだ忍の身長は高い。
去年と比べて伸び、同居の二人とは徐々に縮まってきたものの、まだまだこれからだ。
レンと他愛もない会話をしながら、夕暮れの商店街で買い物を続ける。
今日は、一番の秘策を画策しているのだ。

「あ、フィアッセさん? うん、分かった、すぐ行くね」
すぐも何も、翠屋を目の前にしたところまで来た時、忍に電話が掛かってきた。
忍と、珍しく私服姿な那美の二人が抜ける。
「それじゃ、行ってくるわね」
「行ってきます」
表からバタバタ出てきたフィアッセがエプロンを忍に渡して、バトンタッチ。
ノエルは一礼をして忍を見送った。彼女も今日は、別件で動いてもらわねばならないのだ。
中を見ると、もう殆ど満員で、桃子はもちろんのこと、恭也と美由希だけでなく、臨時のバイトまで雇っているようだった。
「この季節、卒業式とかでもう春休みに突入しちゃった高校生が多いのよねぇ」
顔だけでもしっかり笑っていられるのは、フィアッセの強いところだ。
なのはは体力もおぼつかないため、こんな日に駆り出されると疲れがよく見えてしまうらしい。
「ごめんね、忍、那美。もうすぐ閉店──っていうか在庫切れだから、それまで頑張ってね」
「頑張ります」
「はい、分かりました!」
出がけに、久遠を撫でてやる那美。
妖狐は嬉しそうに一鳴きして、那美の肩からなのはの肩に飛び移った。
「いい子にしててね」
「くぅん!」

中に戻っていったフィアッセは厨房へ入っていく。
手に持った紙切れが気になったが、多分伝票か何かだろう。
何でわざわざ厨房まで戻るのか、という変な疑問は、ホールに恭也の姿が見えないことから予想がついた。
「おにーちゃんに挨拶して来るんだ」
いわゆるアレである、『行ってきますのちゅー』である。
時々いたずらっぽいところのあるフィアッセだ、きっと今頃最愛の兄は顔を真っ赤にしているところだろう。
「あっ、おししょー出てきはりましたよ。……顔が真っ赤や。あれはどうみても、アレですな」
「ああ、きっとアレだな」
「好きな人にはとことん甘いからな、おししょーも」
「それ、言えてるな」

珍しく晶とレンが意気投合している。喧嘩がないことはいいことだ。
ちょっぴり那美のドジっ娘っぷりが心配だったが、みんながきっとフォローしてくれるだろう。
また出てきたフィアッセと一緒に、車に乗り込む。
買ってきた色んな材料はノエルが顔色一つ変えずに積み込んでくれた。本当に頼もしい。
「それじゃ、行くわよー」
全員がギリギリで乗り込む。あと一人多かったら──
「お前がトランク入れや、おさる!」
「何だと! ドンガメは籠の中に入ってるのがお似合いだ!」
とかなっていたことだろう。
「お世話になります、フィアッセ様」
「別にいいのよ、ノエルさん。わたしの愛車なんですもの」
手入れのされている心地良いエンジン音を轟かせて、五人の車は一路高町家へと向かった。

到着した一同は、買い込んだ荷物を全部下ろして、早速準備に取り掛かる。
ノエルとフィアッセ、そしてレンが手分けして材料を切ったり焼いたり煮たりしている間、なのはと晶はリビングで飾りつけだ。
モールを渡したり、小さいけど垂れ幕に色をつけたり、やることは沢山だ。
「なのちゃん」
電飾をモールに絡ませながら、晶が聞いてきた。
椅子の一台でかなりのバランスを誇っている辺り、結構凄い。
「お母さんのこと、好き?」
調子はあくまで楽しそう。
なのはは晶の顔をまっすぐに見つめて、天真爛漫に答えた。
「うん!!」
晶は「そっか」と微笑んで、また作業に戻る。
ニコニコと笑いながら、次のモールに手を伸ばす。
「俺も、桃子さんのこと、大好きだよ」
「んー、晶ちゃんよりなのはの方がもっともっと大好きだよ!!」
言い切ると、晶は目をぱちくりさせてなのはを見た。
そして、「そうだね、なんといってもなのちゃんのママだもんね」
「そうだよ! わたしの一番大切なおかーさんだもん」
二人は顔を見合わせて笑いあった。そして、それぞれの作業に戻る。
しばらく、なのはと晶の間には、心地良い沈黙が横たわっていた。

一方、キッチンでは。
「フィアッセさん、桃子ちゃんのことどう思います?」
妙に改まった質問を、レンはフィアッセにぶつけていた。
晶もまた似たり寄ったりの質問をしていたことを、お互いに知らない。
フィアッセはしばらく、おたま片手に考え込んでいたが、やがてニッコリと笑顔になった。
「優しいお姑さん♪」
「……あかん、余計なことに口出ししてもうた」
後悔してももう遅い。
フィアッセは桃子をどれだけ尊敬しているか話し始め、いつの間にか恭也との話にずれ込んでいった。
ただ、幸せそうに話してくれるのがレンも嬉しいのは大いに認めるところ。
レンは静かに耳を傾けながら、火加減を確かめていた。
「素晴らしい師を持たれたのですね」
ノエルが感慨深げに言う。彼女もまた、忍という存在があったからこそ、今ここに立っていられるのだ。
フィアッセはまた天使の微笑を浮かべ、こくりと首を縦に振った。
「ええ。わたしの誇りよ、桃子は。時々、歌もおかしいところとか直してくれるし」
いつになく上機嫌で料理を作っているフィアッセ。きっと、何よりも美味しい逸品ができあがることだろう。
レンもまた、負けていられないと気合を入れ直し、目の前の鍋に取り掛かった。

***

十六夜の月が昇ってしばらく、翠屋組の五人が帰ってきた。
美由希はクタクタになっていたが、何故か一番忙しいはずの桃子はまだピンピンしている。
自分の誕生日パーティーが行われるなど露知らず、リビングのドアを開けると、

「おかーさん、誕生日おめでとう!!」
「桃子、誕生日おめでとう」
リビングの中にいた五人がクラッカーを鳴らし、後ろにいた四人は拍手で迎える。
なのはとフィアッセが桃子の手を引いて、ソファに座らせる。
テーブルの上には、大きな苺のホールケーキがクリームたっぷりに構えられていて、
他にもタンドリーチキンやシチューなど、見ているだけで涎が出てきそうな、豪華な料理が所狭しと並んでいた。
ぽんと桃子の肩に手を置いた恭也が、全てを悟った顔で告げる。
「母さん、自分の誕生日忘れてただろ?」
「……あはは、そうね、すっかり」
全員が部屋の中に入った丁度のタイミングで、チャイムが鳴った。
恭也が出てみると、そこにはいるはずのない二人が──エリスと美沙斗が立っていた。
「これでも覚えてるわよ、桃子さんの誕生日くらい」
「右に同じく」
二人とも海外にいたはずなのに、よくまあ時間が作れたものだ。
招き入れてやると、フィアッセと美由希は大喜びしていた。
「久しぶり! 元気だった、エリス?」
「ああ、ぼちぼちだ」
「久しぶり、母さん」
「美由希も、大分成長したみたいだね。眼で判る」
あまりに皆が集まりすぎたものだから、桃子は目尻に涙を溜め始めた。
恭也が軽くたしなめると、今度こそ涙腺が崩壊し、感涙に咽た。
「だって……こんな、嬉しいんだもの……皆でお祝いに来てくれるだなんて、しかもこんなにいっぱい料理まで……」
「おいおい、かーさん。料理だけがプレゼントだと思っちゃ困るよ」

え、と顔を上げる桃子に、全員からプレゼントが贈られた。
ぬいぐるみに新しい電子レンジ、そして恭也に到っては、一枚の紙切れだった。
「何、これ?」
「実はな、母さん。よく聞いてくれ……」
恭也は立ち上がるとフィアッセの肩を抱き、その左手を見せた。
その薬指には、白銀の指環。
「俺たち、結婚することにした」

「……えぇーっ!?」
一番驚いたのはレンである。晶も忍も、ぽかーんとした顔で二人の顔を交互に見やる。
さっきフィアッセが翠屋に戻った本当の理由とは……
「ちょう待って、さっきの『お姑』って、単なるノロケやなくてホンマやったんか!?」
「フィアッセに言われたよ、『いつまでも一緒にいよう』って。俺から言おうと思ってたんだけどな」
あくまでも仏頂面で答えた恭也だが、その奥に気恥ずかしさが見え隠れしているのがバレバレだ。
考えうる限り最も幸せな吉報を貰って、また桃子は泣いた。
ノエルが持ってきたグラスを持たせ、なのはが静々とワインを注ぐ。
「おかーさん、お疲れ様。今日は楽しんでね」
桃子はハンカチで目元を拭いながら、なのはの頭を撫でた。
涙を流しながら満面に広げている笑顔は、幸せそのものだ。
「それじゃ、乾杯と行きましょう、桃子?」
フィアッセは恭也の肩を離れて、忍にワインを注いでもらう。
なのはにはジュースを注ぎ──「大人になったら一緒に飲みましょ?」──皆に向かってグラスを高く掲げた。
エリスにウィンクすると、顔を紅くしてそっぽを向かれた。
全員に飲み物が行き渡っていることを確認して、フィアッセは乾杯の音頭を取った。
「それでは、高町家の大黒柱、高町桃子の誕生日を祝って……」

「かんぱーい!!」

小説ページへ

inserted by FC2 system