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「ん……えっと、ここは……?」
アインハルトが目覚めた時、太陽が真上にあった。
今いる場所が屋外だということだということだけは分かったが、それ以外はさっぱり。
横になっていたのは、石畳の上だった。それが、前後左右どこまでも続いている。
見渡す限り、どこまでも。いくら目を凝らそうと果ては見えず、青い空と白い地面だけが続いていた。
「どういうことでしょう? ヴィヴィオ?」
恋人の名を叫んでも、返事はない。それどころか自分の声の反響すら返ってこなかった。
その結果はアインハルトがこの空間に一人でいることを再認識させるには充分すぎた。
「まず、状況を整理しましょう。私は確か……あれ?」
アインハルトはあることに気付いた。
この何もない場所で目覚める寸前の記憶だけが、丸く切り取られたかのようになくなっていた。
確か、ユーノの書斎でヴィヴィオと一緒に本を見ていたはずだ。
論理的に考えれば、書斎で何かが発生し、一人だけこの場所に来てしまったのだろう。
しかし肝心の『何か』が思い出せない。
「手がかりのひとつでも見つかればいいのですが……」
この場所には青と白、空と地面しかない。空は太陽のほかに何もない。雲ひとつない空は不自然なほど青かった。
一方地面は、白く果てのない石畳。正方形のタイル状の石が、綺麗な格子模様を描いている。
ここに留まっている限り、手がかりになりそうなものは見当たらない。
仕方なく、アインハルトは手がかりを探すため歩くことを決意した。
しかし、どこを見ても同じ光景が広がるだけで、行き先も目印もない。唯一目印になりそうなものは、地面の石畳だけだ。
正しい方角なのか、そもそも『正しい』方角など存在するのかは分からないが、賭けるしかない。
石畳の格子に沿って、アインハルトは歩き始めた。

どのくらい歩いただろう。軽く疲れるまで歩き続けたはずなのに、頭上の太陽は微動だにしていない気がする。
その証拠に、短い影の長さも向きもまったく変わっていない。
じっくりと自分の影を観察しているとき、重大なことに気が付いた。
最初にいた場所では綺麗な格子模様だった石畳が、僅かにずれている。
公園の広場などによくあるタイル模様。
同じ正方形のタイルを敷き詰めて曲線を描くと、必然的に外側と内側でタイルの位置がずれていく──
つまり、真っ直ぐ歩いていたつもりが曲線に沿って歩いていたことになる。
どこまでも同じ風景が続いていると思っていたが、ほんの僅かに違ったのだ。
この石畳がどのような曲線を描いているか、それを突き止めることが手がかりに繋がるかもしれない。
注意深く石畳を観察しながら更に歩き続けていくと、二つの事実が見えてきた。
一つは、曲線はどうやら円を描いているということ。
もうひとつは、短い影は常に曲線と垂直の方向に伸びていること。
改めて空を見上げると、太陽の位置は天頂からほんの僅かにずれている。
「太陽の真下が中心……ということでしょうか」
そこに何があるかは想像もつかない。だが、他に手がかりもない状況では藁にもすがりたい思いだった。
アインハルトは直角に向きを変え、太陽のある方向──円の中心と思われる地点──へと足を進め始めた。

石畳が描く同心円の半径が小さくなるとともに、進む先に何かが見えてきた。
石碑だろうか小屋だろうか、距離感が掴めないためにその大きさは分からない。
自身の推理が的中したことの喜びは大きかったが、アインハルトの体力は徐々に翳りを見せ始めていた。
心なしか気温も上昇しているように感じる。進むべき方角を見失う心配も無くなったことだし、一度休憩を取ろう。
アインハルトは熱を帯びた石畳に腰を下ろし、体力回復に専念するため目を閉じ瞑想に入った。
体内時計で百まで数え、暑さに耐えかねたアインハルトは座り込んだまま太陽に背を向け、そこで愕然とした。
「影が、伸びている……?」
頭上の光源に近づけば、影は短くなるはず。嫌な予感がアインハルトの頭をよぎり、とっさに進んでいた方向を振り返る。
太陽は明らかにその高度を下げていた。
伸びる影、太陽の高度、気温上昇、これらを総合的に考えると、結論は一つしかなかった。
「太陽が、落ちてきている!」
完全に落ち切ったら何が起こるか、見当もつかなかった。しかし向かう先に何かが見えることに間違いはない。
体力の心配をしている場合ではない、そこに辿り着くことが先だ。
アインハルトは覇王モードへと変身し、全力で走り始めた。
地面の同心円から察するに、目的地はかなり近い。見えていた『何か』は、それほど大きくないモノリスのようだった。
太陽の高度も徐々に落ちている。このスピードならギリギリ間に合うだろうか、
そう思ったのも束の間、太陽は一瞬カクン、と止まった後、急激に速度を増して落ち始めた。

「なっ!」
これでは、ただ走るだけでは到底間に合わない。魔法を利用してアインハルト自身も速度を増す。
露出した肌が焼けるように熱い。
ようやく距離感が掴めるところまで近づいたモノリスは人の胸ほどの高さのものだった。
その上に何かが乗っているようだったが、落ちゆく太陽の強い光ではっきりと見えない。
アインハルトは大きくジャンプし、モノリスに跳びかかる。何かが焦げた匂いが鼻をつく.
太陽に髪を焼かれたのだろうか。モノリスの上に乗せられたものを掴むと、そのまま慣性に従い転がった。
直後、爆発音と衝撃波がアインハルトを襲う。太陽がついに墜落したのだ。
急激に周囲が暗くなり、砂埃だけが地に堕ちた太陽に照らされている。
しばらくして視界が開けると、モノリスがあったはずの場所に穴があり、そこから光の筋が上に伸びていた。
太陽は強い光を放っているだけで、こんなにも小さかったんだ、そんなことを考えているうち、更なる異変が発生していた。
太陽の落ちた穴が拡大している。石畳が崩れ始めたのだ。
この世界が崩壊を始めている。逃れる手段は先程掴み取ったものにあるのだろうか、アインハルトはそれに目を落とす。
一冊の古びた本だ。表紙には何も書かれていない。そして、この本には見覚えがある。
「無限書庫でヴィヴィオを手伝っていたときに見た本……」
思い出した。無限書庫でこれと同じ本を見つけ、何気なく開いた瞬間に本が強い光を放ち、
その光に飲まれるようにこの世界に迷い込んだのだった。
「光に飲まれるように? それって、今の状況と同じなのでは?」
石畳は崩壊を続け、光を放つ穴へと飲まれていく。少しでも時間を稼ごうと、穴から逃げるように走り出す。
その間もアインハルトは思考を巡らせていた。
「きっとこれがヒントに違いありません! 本を開いた瞬間に起こる出来事を再現する、それが脱出方法なのでは?」
世界の崩壊は加速度を増す。もう時間がない、そう悟ったアインハルトは抱えた本を思い切って開き──何も起こらなかった。
一瞬パニックを起こしたアインハルトの手から本が滑り落ち、同時に石畳とともに光の穴へと吸い込まれた。
「ここまで辿り着いたのに、このまま終ってしまうなんて……」
諦めかけたアインハルトの脳裏に、一人の少女の姿がよぎる。見間違えるはずのない金髪と、私とは違う色のオッドアイ。
「ヴィヴィオ!」
このまま諦めてしまったら、二度とヴィヴィオに会えないかもしれない。何があっても、脱出するんだ。
数えきれない瓦礫とともに落ちながら、同じように落ちていく本へと必死に手を伸ばす。
右手は何度も宙を泳ぐが、それでも諦めない。
ヴィヴィオに会いたい、その一心で何度も手を伸ばす。
そこにヴィヴィオの手が差し伸べられているかのように、その姿を思い浮かべた。
中指が本に触れた瞬間、脳裏に描いていたヴィヴィオの姿は見知らぬ人ごみにかき消され、アインハルトは意識を失った。

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