「好きな人かぁ。私は……恭也さんかな」
「えっ、お兄ちゃん?」
「好きな人っていうか、憧れのお兄さんって感じかな。お姉ちゃんいつも楽しそうだし」
一瞬だけ見せたすずかの寂しそうな表情は、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「お父さんもお母さんもいないから、本当の家族になれたらなって思うよ」
──兄。家族。
その単語が、フェイトの表情を曇らせる。

「なのはのお父さんもカッコイイよねぇ。優しくて運動神経も抜群だし、才色兼備な私には理想の男性よ」
アリサが胸を張る。
「うーん、確かにいいお父さんだけど……」
「あんなにいい家族なんだから、急に居なくなって心配かけたりしちゃダメよ」
なのはが申し訳なさそうに目を伏せる。
フェイトは「家族」というものを実感したことはなかった。
プレシアから告げられた真実。
『お前は娘ではない、お前など必要ない』
母を慕っていたのはアリシアの記憶であって、フェイト自身が体験したものではない。
だからこそ、リンディとクロノが家族になるということに躊躇いを覚えていた。
家族というものがどんなものなのか、知るのが恐ろしかった。

「……フェイトちゃん?」
なのはの呼びかけに我に返る。
心配そうな表情。きっとなのはは察しているのだろう。
母から捨てられたことも、リンディから養子の話を持ちかけられたことも、なのはは知っている。
だから、家族についての話を聞かせるのは酷だ、と思ったに違いない。
「ねえ、私の家族の話じゃないでしょ。好きな子の話でしょ」
フェイトを庇い、強引に話を戻すなのは。
「私とすずかは答えたから、次はなのはの番だよ」
「えっ……?」
言い出した本人が槍玉に挙げられていた。
「そういえばなのは、あのフェレットのこと『ユーノ君』って呼んでるよね。あの子って男の子なの?」
アリサの予想外の質問に、なのはが戸惑う。
「確かにいつも『君』付けで呼んでるよね。槙原先生に調べてもらったんじゃない?」
意地悪な質問に対するフォローのようでいて、すずかはアリサと共になのはを挟み撃ちにする。
みるみる赤く染まっていくなのは。必死でいい訳を紡ぎ出す。
「うぅ……それは……別に調べてもらったとかじゃなくて、なんとなくイメージっていうか……」
必死で堪えていたなのはに、アリサの容赦ない追い討ちが掛かる。
「案外、自分で調べたんじゃない?なのはったら大胆ー」

紅潮しきったなのはを見て、二人の間には信頼関係とは別の感情があることにフェイトは気付いた。
敵として戦っていた頃から、なのはとユーノはずっと一緒だった。
今こうして一緒にお弁当を食べているアリサとすずかも、元々はなのはの親友。
思えば、私の友達や知人は皆、なのはを通じて知り合った人たち。
リンディやクロノと出会ったのも、なのはと戦っていたからだ。
仮に私がハラオウン家に入ることになったら、なのはは私にとっての一体何になるんだろう?
「家族」というものがより一層分からなくなった。
昔からずっと一緒に居たという意味では、フェイトを『作り出した』プレシアは家族であるはずだった。
だがそこには、なのは達が見せるような笑顔は無かった。
どれだけ惨い仕打ちを受けてなお頑なに信じていた自分。
笑顔どころか怒りも悲しみも無い場所。
そこに変化をもたらしたのがアルフとの出会いだった。
一方的に母に虐げられる中、唯一の心の支えとなってくれたアルフ。
その意味では、アルフだけが私にとっての「家族」だ。
今ではそこになのはも加わり、私を支えてくれる。
それならば、なのはも私の家族であるべきではないのか──

見渡すと、当のなのははすっかり茹で上がっていた。
私を打ち負かすほどの魔導師をこれほど簡単に倒すとは、アリサは一体どんな『魔法』を使ったんだろう。
初めて会った頃とは比べ物にならないほど強くなったなのはの最大の弱点、か。
フェイトは小さく微笑んだ。
なのはがユーノに対して抱いている「恋心」。
それもフェイトが経験したことのないものだった。
「親友」や「家族」とはまた違うものなのだろうか?
もし身近に、そんな関係になるような人が居たら──
「そういえば、フェレットで思い出した」
すずかが振り向く。アリサの『魔法』から解放されたなのはも顔を上げる。
「なのはが帰ってきたのと同じ頃、私の家で大きな犬を保護してたよね。あの子って男の子かな?」
思いがけないアリサの言葉に、フェイトはつい想像してしまった。
アルフが男になった姿を。
──好戦的な性格だし、結構似合っている。
『俺はフェイトの側にいると誓ったんだ。だからフェイトは俺が護るっ!』
真剣な台詞であればあるほど、似合いすぎていて可笑しくなる。
今度はフェイトが吹き出しそうになるのを堪える番だった。
しかし妄想は止まらない。止める術も無かった。
『フェイト、その……俺は、お前が……フェイトが好きだっ!』
「ぶっっ!!」
アルフと恋に落ちるという妄想にとどめを刺され、遂にフェイトは盛大に吹き出した。

「ちょっと、どしたのフェイト。ずっと静かだと思ってたら急に笑い出して」
きょとんとしながら、アリサが問いかける。
フェイトは慌てて平常心を取り戻す。
「あ、ううん……なんでもない」
「で、フェイトはこっちに来る前は好きな子とか居たの?」
妄想が再び襲い掛かろうとする。今度はなんとか止めることができた。
「えっと、あんまり家から出なかったから、知ってる人も少ないし……それに知ってる人も女の人ばっかりだし」
自分を落ち着かせるため、あえて「女の人」を強調する。
しかし次にアルフに会ったときに、また思い出さないか心配だ。
「えー、でも一人や二人くらいは居るでしょ?」
とはいえ、フェイトの言葉はあながち嘘ではない。
家を離れること、それは即ち戦いのときだったから、人と知り合う機会など無かった。
──脳裏をひとつの声が閃いた。
「あ、一人だけ……」
常に彼女の傍らにあり続けた、低く頼もしい声。
『Yes, sir』
なのはと出会う前から、そしてなのはを通じてアリサやすずかと親友となった今でも、フェイトと共に戦うデバイス。
もしデバイスに性別があるのなら、バルディッシュは男性なのだろうか。
仮にそうであったとしても、彼女を護ってくれることに変わりはない。
フェイトにとってはアルフと同じ、大切な「家族」だ。
「やっぱり居るんじゃない!どんな子なの?」
アリサとすずかが身を乗り出してくる。
二人はきっと、なのはとユーノのような関係を望んでいるに違いない。
その期待に応えることはできないが、家族として「好き」であることに変わりは無かった。
アルフもバルディッシュも、私は彼らを必要としているし、また彼らも私を必要としている。
そのような関係を築くことができれば、リンディとクロノを「家族」として受け入れられる日も遠くないのだろう。
だから、こう答えた。
「秘密」


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