「そういえば、昨日セインが覇王っ子がどうだとか言ってたんですが、覇王というのはあの覇王のコトですか?」
「そーですよ。覇王イングヴェルトの記憶を受け継いだ女の子です。今度、時間を見つけて紹介しますね」
「その時を楽しみにしています」
今を生きる王がもう一人。
かつての戦乱を記憶しながらも、今この時代を過ごす覇王。
彼女が何を思い、何を考えて今の時代を生きているのか――イクスは聞いてみたいと思った。そして何より……ヴィヴィオと同じように、友達になりたいと。
「でもヴィヴィオ」
「はい?」
「何で教えてくれなかったんですか?」
「えへへ……ちょっと、タイミングが無くって」
ペロリと舌を出すこの愛らしい聖王は、明るく無邪気ながらも、思慮と思いやりの深い子だ。
タイミングが無かったのではなく、タイミングを計っていたのではないだろうか――その覇王の子に、戦乱の記憶があるというのならなおさらだろう。
その辺りのことは敢えて聞き出そうとはせず、イクスは仕方がない人ですねと笑って流す。
「とりあえず、ここから行きましょう」
そんなやり取りをしながら歩いていると、どうやら目的地に到着したらしい。
何でもヴィヴィオが母君と時々買い物に来るお店なのだそうだ。
「何件か回るつもりですから、無理にココで決める必要ないですからねー」
「は、はい」
普段イクスが身につけている衣服は、自分の世話をしてくれているシスター達や、ヴィヴィオを筆頭にした友人達が見立てて持ってきてくれているものだ。
自分でこういうお店に入って選ぶのは初めてである。
「こ……この時代の方達はこういう場所で、衣服や装飾品を買われるのですよね?」
「そーですけど……?」
「そ、そうですよね……」
「?」
つまり、このお店の中で行われることは全て、この時代の常識なのだ。
今まで行って来た場所は、食事をする場所であったり、食料を買ったりと、古代ベルカ時代と見た目は変われど、形はあまり変わっていない場所であったり、あるいはゲームセンターのような初めての人が居てもおかしくない場所だった。
だが、この場所は違う。
ここはこの時代の一般常識が詰まった場所だ。ここで買い物する人達の一挙手一投足が全てマナーや常識の塊なのだ。
(こ、ここでおかしなコトをすると、ヴィヴィオにまで恥ずかしい思いをさせてしまいますっ!)
色々と矛盾と勘違いに満ちた思考と結論であるが、テンパっているので冥王様は気付かない。
ましてや口にも出さないので、聖王様が気付くワケもなく――
「入りましょう。イクス」
「は、はい……なんだかドキドキです」
「大げさだなぁ」
苦笑しながらイクスの手を引いて、自動ドアである入口の前に立つ。
その時、
「イクス」
背後から声を掛けられて、二人は訝しみながらも振り返った。
そこに居たのは長身の女性。
ヴィヴィオにもイクスにも見覚えはないが、それでも、それが誰であるかは、二人はすぐに理解した。
「マリアー……ジュ?」
「はい。イクス」



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